パンとミシンとひとりごと

依田一馬

ホットサンド(というより、ホットサンドメーカー)

 私はパンが好きだ。

 独り立ちしてからもう何年も経つが、新しく住む家を決めるときの基準には「パン屋が近くにあること」という項目があるし、なんならそれは「風呂トイレ別」だとか「オートロック付き」だとか、そういう生活に直結する基準を上回っていたりする。焼きたてのパンは人の心を豊かにするのだ。私はそう信じている。


 さて、この自粛期間中、食料や日用品の買い物くらいしか堂々と外に出られる機会がなかったこともあり、私の身体はすっかりパンに飢えていた。なにせ、近所のパン屋が休業しているのだ。私は件のウイルスを呪った。私の幸せを返してほしい。自分で焼くのではだめなのだ、私はプロが焼いたパンが食べたいのだ。


 そんな我が家に彗星のごとく登場したのが、ホットサンドメーカーであった。ちょうど仕事が立て込んでいてむしゃくしゃしており、ノリと勢いで買ってしまった、というのが正直なところである。

 理由がノリと勢いのくせに、ちゃっかり自分の愛する某北欧キャラクター柄の焼き目がつく仕様を選んでいたので、そういう意味では冷静だった気がする。だってかわいいから。かわいいは正義だから。結局自分で焼いているだろう、という突っ込みも無視だ。だって! かわいいから!


 自宅に届いた日は嬉しくて、濃い目の味付けがされたポテトサラダとモッツァレラチーズを挟んで、そりゃあもうしこたま食べた。加減が分からず蓋が閉まらないくらい具を詰め込んだりしたが、それもまた楽しかった。


 いろいろ試して、私は「ハムとチーズ」「サーモンとツナ缶」「スクランブルエッグと野菜」このあたりの具材が気に入った。一度気に入ったらそればかり食べる人なので、週五日くらいの頻度で食べた。オンライン飲み会をした際に友人にその話をしたところ、彼女らも食べたくなったそうで、翌日友人のSNSには美しい断面のホットサンド写真が掲載されていた。ホットサンドの魅力は断面にある。そう言っても過言ではない。


 また、購入したホットサンドメーカーはプレートが外せるタイプのものだったので、別売りの魚型プレートを買い足し鯛焼きを山のように作ったりした。一度の材料で十二匹くらい焼けたので、文字通りの大漁である。大きな皿に山積みになった鯛焼きを見て、なぜかやり切ったようなスッキリとした気持ちになったのを覚えている。


 そんなホットサンドメーカーと仲睦まじく過ごしていたある日のこと、事件は起こった。


 いつものように具材を挟んだところ、派手な音がして、目の真横を何かが掠めていった。一拍置いて、からからと乾いた音がする。

 え? 今の、なに?

 音がしたほうへ目を向けると、見慣れた色をした四角い物体が転がっている。

 すぐに正体は判明した。


 留め具だ。ホットサンドメーカーの留め具!


 どうやら本体から発する熱でプラスチックが割れやすくなっており、たまたま今日、このタイミングで留め具が破損・ばねの如く部品がすっとんだ……ということらしかった。


 正直「お前使いすぎだろ」と言われる程度に酷使したのは事実だが、釈然としない。熱を発する道具なのに肝心の留め具が熱に弱いってどういうことだ。そして、この焼く前の微妙な状態になっている具材はどうしたらいいのだ。

 あまりの出来事に、呆然としたまま、しばらくキッチンに立ち尽くしてしまう私であった。


 そういう訳で、私とホットサンドメーカーの暮らしはあっけなく幕を閉じたのである。


 ちなみに、留め具がないだけで機能的にはまったく問題がないので、どうしてもホットサンドが食べたいときは五分間人間が手で機械を押さえることにしている。だってかわいいから……。

 そのせいだろうか。最近、握力が妙に鍛えられているような気がしてならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る