第42話 夢の終わり

「私はせめてこの国を立ち直らせたかった」



「私にできるのはそれくらいだと思った。あの人が好き勝手をして疲弊させた民を助けたかった。私を支えてくれた侠舜や泰然たちに報いたかった。皇族の一人として、贅沢をしてきた分だけ民に返そうと思ってここまで来た。無駄に終わるだけだとしても、より良い状態で次へ繋ぎたかった。そうしたら、私がいた意味も少しはあったのだと思える気がした」

 主上が喋る。ぽつぽつと。

「これまで私は自分に出来得る限りのことはしてきたつもりだった。貴族の、官への推薦枠などという不正と堕落の温床となっている制度を変えたくて、しかし変えられず、せめて科挙を通して貴族とは関係のない役人の数が増えるよう取り計らってきた。

 私の不甲斐なさで失った領土を一年前やっと取り返すこともできた。

 今年の冬、市井における死者の数を減らすこともできた。

 まぁそのせいで私の自由にできる金はもうほとんどなくなってしまったが、どうでもよいことだ。

 この宮で働く者の数が十分でないことにはもうお前たちも気づいていただろう。どの家の者の息も掛かっていない者を集めようとした結果がこの有様だ。黄茉莉を始めとして庶家から娘を後宮に迎え入れたのは、交易商人の保護と関係強化、さらにそれによる私の目減りした収入の確保という意図があった。あれらも全員後宮から出すことができた」



「私はもう疲れてしまった。どんなに頑張っても結局、私のしたことは無意味に帰すだろうと思うと、底知れぬ空虚が私を苛んだ。大切な者がいなくなる度、私の心は疲弊していった」

 侠舜と泰然が僅かに身じろぎした。

「今や四家はその勢力を各々が好き勝手に拡大している。どんなに頑張っても、結局は私が徐々に権力の座から切り離され、ただの置物になる未来しかないのは分かっていた。今の地位に執着があるわけでもない。後継が決まったら私はどうなっても良いと思っていたし、きっとそうなる。どの家の手になるかは分からないが。そして、権力争いが起こり、また国は荒れるだろう」

「……ご自分で統治を続けようとは考えないのですか?どうして自分が弑されると考えるのですか?」

「先程も述べたように私は先帝の実子ではない。仮に私が統治を続けられたとして、私の政治は権力を望む者たちにとって喜ばしいものではないだろう。もし私が先帝の直系でないと知れたら、国が割れる可能性すらある。いくつかの諸侯が私を追い出し自分が皇帝となろうと画策する可能性もある。そうなる前に引かなければならない。……私自身がこの国にとっての獅子身中の虫なのだ。もちろん、つけ入れられる可能性は私の息子たちにもあるが、やはり私は自分が偽物であるという気持ちを拭い去れなかった。王は王たる意識を持たなければ、人の上に立てない。そんな気がしていた。

 それに、あの四家を後宮に招いた段階で、既に未来は決まってしまっていた。もはやどうにもならないと思っていた。全て私の不明が招いたのだ。……お前のことも、あんな事件が起きる前に解放してやるつもりだった」



「そう、思っていた」



 主上が僕の方をまっすぐに見た。その目は明るく輝いて見えた。

「だが今は、この国の王として、できる限りのことをやってみようと思っている。皆と私自身の幸せな未来のために。私にもやりたいことがきっとある」

 侠舜と泰然が顔を上げる。

「もうあらゆることが後手に回ってしまっているだろう。だが、まだやれることはあるはずだ」

 力強い言葉。

「私は、死んでいった者のために、投げ出すわけにはいかない」

「どこを目指されるのですか?」

 雲嵐が尋ねる。

「もちろん自身の蒔いた種を刈り取ることだ。うまくこの状況を収めること。そしていつか私の地位と皆の国を、穏便に問題なく、次の統治者へと引き継ぐことだ。過去の皇帝たちがしてきたように」

「できるでしょうか?」

 初めて泰然が口を挟んだ。

「やってみせるさ。手伝ってくれるだろう?」

「勿論です」

 侠舜が答えた。

 主上が頭をぐるりと巡らせ力強く頷いて見せた。



 僕は思い出す。

 この一年を。

 それは、主上が辛い現実を必死に覆い隠して僕に見せてくれた平和な後宮という夢。そしてそれはきっと、主上が見たいと願った夢だった。

 幸せな夢だった。



 ここにきて初めて、本当の主上の顔を見たと思った。


※慈蓉が結局どうなったのかを入れ忘れたことに気付いてしまった……。別のところでいれます

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