第30話 後宮にて

※※注意※※

この30話はBLカテゴリーにも関わらず、まるまる女性とのえちちな話となっております。

ストーリーの大筋にはあまり関わらないため、そういったシーンが苦手という方は30話は飛ばして31話へお進みください。

BL読者さまの中にはそういったシーンを忌避される方もいらっしゃると思います。本当にすみません。

これ以降、こういった話はおそらくないと思います。今回だけはどうぞご容赦ください。





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 甘い香りが漂っている。初めて嗅ぐ香りだった。実家から取り寄せたのだろう。

 荒い息がかすかに部屋に拡散し消えていく。

 しばらく見ないうちに部屋の雰囲気が変わっている。家具もほとんどが見たことのない物ばかりだった。ただ、どれも品の良い物ばかりで、嫌らしい感じはしない。部屋の主の趣味が良いのだ。

 目の前のことに意識を戻す。

 広がった美しい金の髪が艶めかしい。白く柔らかな肉体が汗ばんでいる。豊満な胸を掴み、首筋に舌を這わせると嬌声が上がる。

 肢体に沿って指を走らせながら別のことを考えている。

 背に手を差し込み、玲梨子の弱いところを責める。

 延紅花と過ごした夜が思い出される。あれはいつも子供らのことばかりだ。数日前もまた二人の子供の話を延々聞かされた。

 子供らの体調が気がかりなのは私も同じだ。特に昨年末から、体調が安定していなかった。紅花も床に伏せることがたびたびあった。けれど、最近はもうすっかり良くなったことを、繰り返し、そして心底嬉しそうに話す。自分の甲斐甲斐しい世話のおかげで、あわや命を落とすかもしれないというところまでいったが、無事に恢復したともう何度も聞かされた。もちろん誇張していることは知っているが、いちいちそれを指摘するような野暮なことはしない。

 紅花の心労のことを思うと、私はだまって相槌を打ち、体調が良くなったことを喜び、献身的に子供らの世話をした紅花の苦労を労う以外なかった。


 優しく髪を梳き、額に口づける。おざなりな愛撫と思われないよう、そのまま手を下へと移動させていく。

 紅花の最大の関心毎はいつも子供と実家のことだ。私はじっと紅花の話に耳を傾けていた。


 豊かな乳房に口を寄せる。肉付きの良い背に手を回して抱きしめると、梨子の細い体が僅かに反らされる。

 紅花との会話が頭の中で繰り返される。琉偉が一人前の食事を食べられるようになったこと、梓萌が乳離れをしたこと。琉偉が転んでも泣かなかったこと、梓萌が雪玉を食べてしまったこと。子供らの成長は著しく、会うたび違う様子を聞かせてくれる。


 梨子の白い優美な手を捕まえる。こんなに小さかっただろうか。

 私はその指や手の甲や手首に口づけを落とす。

 今度は徐雪華に顔を見せにいったときのことを思い出す。

 私の民への施策が上手くいっていることを褒めていた。情報の早いことだ。さらに諸侯や官僚たちが上前をはねたりしないように策を練っているかまで確認された。私は考えられる事態とそれに対する措置について答えた。

 雪華はそれを黙って聞いて、いくつかの質問をしてきた。それに答える。あれと話をしているといつも思いもしなかったことに気付かされる。見ているところが私とは違うのだ。それから今後の私の予定の確認と、後宮の行事についての打ち合わせを二三しもした。

 紅花とは違い雪華はあまり子供の話を自分からはしない。先日体調が恢復したことを聞いたのが最後だった。だからいつも、私の方から聞く形になる。私が最近の様子を尋ねると、事細かにそしてしっかりと筋道だてて聞かせてくれる。あちこちに話が飛び回る紅花とは違うのが面白い。けれど、やはり、雪華も子供の話をするときは母親の顔をする。

 あれは女にしておくのが惜しいほどに聡明だ。


 抱きしめながら首筋にかみつくと、私の首に細腕が巻きついた。

 息が荒くなってきたのを合図に私は梨子の足の間に体を割り込ませる。持ち上げた太腿に口づける。

 李麗君が飽きもせずに子をねだる。遠回しに、しかし確かにそれとわかる風に私を誘う。それがあれの仕事であるし、私の仕事ではあるが。

 最近少し執拗に過ぎる気がする。どうしたものだろうか。

 私があれを蔑ろに等していないというのを見せなくてはならない。何か贈り物をしてやるのが良いだろう。麗君は着飾るのをことのほか好む。新しい着物に、宝石の類をいくつか……。

 ふとつい先日の賢英の顔が思い浮かんだ。

 何か贈ろうと言ってもいらないと言われる。少しばかり物分かりが良すぎるのではないかと、急に不安になった。どうしようか。

 あれの元に行くのはまたしばらく間が開いてしまう。以前は十日に一度は通っていたが、最近は半月に一度くらいになってしまっている。それなのに今は儀式の準備や会合などやらなくてはならないことが重なっている。

 賢英との約束の件は忘れてはならない。まだ一月以上も先のことだが、私の予定を空けられるよう、今から調整しておかなくてはならない。折角のお願いだ。かなえてやりたい。滅多にないことであるし、それに、賢英をがっかりさせたくはない。



 思いのほか私は考え事に集中しすぎていたようだ。梨子が私の顔を覗き込んでいる。自分の手が止まっていたことに気付いた。

「何を考えていらっしゃいましたの?」

「いや、何も。」

「うそ。」

「本当だ。」

「他の女のこと?私と一緒にいるのに、酷い人ね。」

「違う。最近忙しくて疲れているようだ。ついぼんやりしてしまった。悪かった。」

「だといいのだけれど。」

 納得していない顔で、梨子がそう言った。

 私は煩い口をふさぐ意味を込めて乳首を吸う。梨子が嬌声を上げる。

 女たちは男の機微に敏い。少しでも普段と違うところがあるとすぐに気づく。

 私はお座なりにならないよう気を引き締める。優しく愛撫を繰り返す。けれどいっかな自身は反応する様子を見せなかった。どうも集中できていない。

 梨子の様子を窺いながら私は考える。

 首筋に、肩口に、腕に、手の甲に、口づける。

 賢英のことを思い出す。

 一緒に馬の名づけをした日のことを繰り返し。

 頬を上気させ、嬉しそうに言葉を弾ませる。他愛もないただの会話なのに楽しそうに笑う。

 握った手の温かさを思い出す。その印象よりも大きな手のひらを。


 再び香の匂いが鼻を掠める。

 賢英からは女たちのような香りがしないことに唐突に思い至る。そうだ、何か私から贈ろうか。どんな匂いが似合うのかと、一瞬考えた。

 けれど、思いとどまる。賢英はあのままでいい。何もつけていない。その匂いが私は好きだった。一緒に布団で横になるとき、鼻につかない自然な匂い。細い体。すべらかな肌。

「誰のことを考えていますの?」

 再度梨子がこちらを見ている。

「全然乗り気じゃなかったのに、急に大きくなって。後宮の誰かのせいかしら?」

 私は内心舌打ちをする。自分の体の正直さが恨めしい。

「お前のこと以外考えてはいないよ。お前は今日も美しい。」

「うそ。さっきまで上の空だったのに。誰かしら。」

 私は再度黙らせるために指を滑り込ませる。

「ごまかされないわ。もしかして、あの子のことかしら?」

 いたずらっぽい笑みで私を見上げてきた。

「あの子とは?」

「あなたが囲っている男の子。この前の宴のときに初めて見たわ。かわいい子ね。」

「お前ほどではないよ。梨子」

「あらお上手。」

「ほんとうだ。あれはただの酔狂だ。閨もともにはしていない。私の周りにはいない種類の者で話をしていると面白いから傍に置いているだけだ。私が愛しているのはお前たちだけだ。」

「初心な子ね。きっと可愛らしくあなたを誘うのかしら。手元に置いて毎夜あの子を啼かせているの?どんな風に?今してるみたいに?」

「やめろ。」

 再び私の体が私を裏切る。

「でも体は正直だわ。さっきよりも熱くなってる。そんなにあの子のこと気に入っているのね。好きなのかしら?」

 そこに血が集まるのは自分でもわかった。ごまかすように私は続けるしかなかった。

「そんなことはない。お前がますます綺麗になったからだ。それにこの香も初めて嗅ぐ。いい香だ。」

 そういって中へ押し入る。小さく声が上がった。

「お前がやきもちとは珍しい。あの者のことなどお前が気に掛けるまででもないだろうに。」

「これはやきもちなのかしら?ううん、私はあの子を気に入っているのよ。かわいくて初心で世間知らずで。また会いたいわ。」

「お前とは話は合わないと思うが。それにきっと退屈だろう。庶民の出の上に男だ。考え方も常識も違う。」

「けれどあなたとは気が合うようだわ。宴の時は本当に仲が良くて。」

「そうだっただろうか。男同士だから気が合うというのはあるだろうが。」

「また会いたいの。」

「お前がそういうのなら、考えておこう……。」

 少しずつ腰の動きを早くする。息遣いが荒くなる。梨子の声がとぎれとぎれになっていく。

「きっとよ。仲良くなりたいわ。もっと話ができたらいいのだけど。男の人が後宮に入れないというのも、こういう時は不便ね。あなたが連れてきてくださったらよいのに。」

「馬鹿なことを言うな。それに、男子禁制なのは私の妻たちに他の男たちが手出しできないようにするためだ。こんなに美しく優しい女たちを守らなければならないだろう?」

 そう言えば雪華も賢英のことを話していた。一言だけであったが。元気かと。

 しかし、すぐに頭を切り替えると、私はこれ以上余計な話をさせないよう行為に集中する。

 声は徐々に高く熱くなっていく。梨子の終わりが近いのがわかる。私は体勢を変えつつ動きを速くしていく。

 今はできるだけ余計なことを考えず目の前のことだけに集中しなくてはならない。梨子の両腕に力が籠められる。私を放さないというように。

 果てる瞬間、脳裏に浮かんだ顔のことは意識の底に沈めた。

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