第22話 歳の瀬と新年

※嘘だらけです。日中折衷です。歴史大好きな人ごめんなさい。


 主上が出ていったあと、自室にいったん戻って着替えると、雲嵐に連れられて、朝食を主上と摂るために移動した。

 席に着くと慌ただしく主上が入ってきたので、簡単に挨拶する。

 雲嵐に給仕されながらゆっくり食事をしていると、主上からこれから明日の昼近くまで皇都の南にある御苑へ行くと言われた。今日は何かあったかなと首を捻っていると、侠舜が冬至祭天だと教えてくれた。

 しばらく前に、侠舜から特に重要な主上の予定の一つだと聞かされていたことを思い出す。言われるまで主上の予定を思い出せないなんて、お側に控える者として失格だ。

 僕は、未成年を理由に僕の唯一の仕事……、あー、責務を猶予されている状況なのだ。勉強も仕事だと言われているけれどこれは自分のためにすべきことだから、本来の仕事とは呼べない。そうなると、僕は今何一つ自分の責務を全うしていない状態である。

 それなのに、自分の悩みにかまけて主上のお仕事のことを失念していたことを猛省した。これは呆れられても致し方ない失態だ。しかも一年に一度の祭天である。忘れる方がどうかしているというほどの重要な儀式だ。

 僕はすぐに主上にすみませんと頭を深く下げて謝ると、快く謝罪を受け入れてもらえた。その上落ち込む僕は、未成年のお前はまだ儀式に参加する必要もないのだから気にするなと慰められてしまった。叱って欲しかった。

 冬至祭天は天帝に一年の安寧を祈願する重要な年中行事だ。幼子ですら知っている。毎年壮大な行列が南の宮に向かって列をなすのをみてきたのだ。

 さすがにこればかりは有耶無耶にできるような失態ではないと感じたし申し訳ない気持ちでいっぱいになって、僕は主上の外出前にお目通りが叶うか打診しておいた。きちんと謝っておきたかった。

 一番に考えるべき相手を蔑ろにするなんて。

 午前の授業が終わってすぐに私室を訪れると、主上は朝の政務が終わり、ちょうどお召し替えの最中だった。侠舜のほかに数人の官が衣装や装身具を手に持ち、手際よく着せていく。儀式用の冠に黒地に玄武紋の刺繍のされた冕服と翡翠や黒瑪瑙と金の装身具が落ち着いた雰囲気だった。

 みたこともない儀式用の衣装に身を包んだ主上は格好良かった。

 僕がぼんやり見ていると、官に退出の合図をした主上が僕に口づけて悪戯っぽい笑みを浮かべた。僕はすぐに我を取り戻すと、今朝の失態を詫びに伺った旨を伝えた。

「これから、都の南側にある御苑に行ってくる。儀式そのものは明日冬至の早朝に行うのだが、その御苑にある宮で明日のためにこれから行って準備をしなくてはならないのだ。到着し次第断食と禊で身を清めた後、宮に籠る。宮にこもっている間私は他人との接触を禁じられてしまう。何か困ったことがあったらすぐに侠舜に相談するのだ。いいな。」

「はい、わかりました。ところで、儀式では何をなさるんですか?私は主上が天帝に祈りをささげるという話しか聞いたことがありません。授業でも冬至の日に一年の安寧を祈る重要な儀式であるとしか教わっていないのです。実際に何をしているかまでは習いませんでした。」

「まぁ、そうだろうな。前日から離宮に籠り身を清めるために禊と断食をして一晩を過ごす。翌日、つまり冬至の当日、早朝から供物のささげられた天壇に祖先の位牌を携えて上って、天帝と祖先に祈りをささげるのだ。一年に一度しか行わないため、こう言ってはなんだが、冬至の祝詞が全く覚えられない。」

 にやりと主上が笑って見せた。

「儀式の最中は、天壇までの石畳の道の両脇に道士たちがずらりと並んで歌を捧げるのだ。見物する者のない地味な儀式の割に人手が多い。それに腹が減る。儀式までは水と酒しか口にできない上に寒い。」

「そのように大変な儀式なのに忘れていたなんて、お恥ずかしい限りです。」

「あまり気にすることでもないが、そう思うなら後で侠舜に頼んで儀式について復讐でもしてもらうと良い。大晦日や元日にも大きな儀式が控えている。お前が初めて参加する宴についても確認しておくと良いだろう。」

「はい。今度はしっかり勉強して主上を送り出しますね。」

 僕がそう言うと主上は静かに笑った。

「お風邪を召されませんようお気を付けください。お帰りをお待ちいたしております。」

 そういって深々礼をすると腕の中に抱き込まれた。

 皇都はもう雪に覆われている。移動だけでも大変だろう。何せ皇帝の移動である。例年通りならば相当数の警備の者や道士、官が付き従うはずだ。

 僕は、成人もしていない上に官でもないため、主上の儀式の姿を見られないのはちょっと残念だと思ったが、こうして凛々しいお姿を間近に見られて良かったと思った。



 そして、無事に冬至祭天が終わり、大晦日の大祓、元日の誕辰祭も終わった。僕自身は参加できないので特に忙しさはなかったけれど、宮殿内がいつにないほどに慌ただしかったのは肌で感じていた。侠舜ですら、いつもの余裕がその表情から消え失せていた。

 主上の渡りも絶え、顔を会わせる回数も極端に減ったけれど、儀式の前には僕はお顔を見に伺った。侠舜から行ってあげて欲しいと言われたからでもあるけれど、僕はいつもと違う主上に一目会いたかったから。主上から着替えのときなら問題ないとも言ってもらえた。


 新年が明け、ついに僕が後宮の宴に呼ばれる日が来た。

 この日のために毎日必死に二胡の練習をした。自分でも驚くほどに上達し、ほんの数曲ではあるが、人前で披露しても差し支えない練度にまでなった。根気よく指導してくれた音楽の楊先生には頭が下がる思いだ。

 宴で弾く曲目は、主上に言い渡されてからすぐに先生と相談し、月夜の美しさを称える曲にした。お目出たい席での楽曲なので、よりふさわしい曲もあったが、後宮の女性たちが何を弾くのかわからなかったので、曲目が重なってしまうのを避けるために、選ばれる可能性の低い曲を選んだ結果だった。また、曲自体の難度も僕に合っていた。

 それに、序列から言って僕が一番最後の演奏になるのは確定しているので、演目が重なった場合僕が譲らなくてはならないのだ。

 そうした事態はどうしても避けたかった。

 主上は琵琶が得意なのだそうだ。本人曰く授業を逃げ続けたせいでそれしか満足に扱えないとのことだったけれど、僕は楽しみだった。曲目も事前にお互いに伝えあっていた。主上の弾く曲は僕のものと難易度的にはほぼ同じようなもので、春の訪れを寿ぐ有名な曲だった。

 主上の場合は一番最初の演奏となるので、僕とは異なり誰かと演奏する曲が同じになるなどとは心配する必要もないという。


 当日は朝から体中を磨かれ、さらに全身くまなく香油で揉み解されることになった。まさか自分がこんな施術を施されるような日がくるとは思わなかった。

 それから、数か月前から手配していた真新しい礼服に初めて袖を通した。臙脂に黒の差し色の落ち着いた雰囲気の上下で僕は気に入っていた。侠舜からは地味すぎると言われたけれど、緻密な竜の意匠の刺繍もあるし袖口や裾襟周りは金糸で縁取られている。僕にはこれでも十分すぎるほどだと思った。

 竜の図案は問題ないのかと訊くと、皇帝を表す四本爪でなければ問題ないのだそうだ。

 鏡を見ながら、完全に衣装に着られているような気がしたけれど、僕は何も言わなかった。丁寧に髪を結いあげてくれて、薄く化粧を施してくれた女官に申し訳ないと思ったから。

 僕の髪は随分伸びた。

 今日の宴は、天階の節会という年が明けて最初の満月を祝う年中行事なのだそうだ。神話にちなんで、篝火をそこかしこに焚き、雪庭に花を模した無数の小さな色紙を散らして、天上の花園を模した庭を望みながら催しが進行していくらしい。

 主上と僕以外の男は宴の参加者とはなれないが、弓や舞などを主上や妃たちの御前で奉納するためにその道の名手が呼ばれているとのことだ。その中に、侠舜と暁明も含まれている。

 天階の節会が執り行われる場所は、広大な宮殿の西側にある。何代も前の皇帝がこの日のためだけに建てさせた珊瑚宮で、名前のごとく建物が淡い赤色で塗りこめられた美しい宮なのだという。現在では天階の節会以外の行事でも、そこは使用されていると言われた。

 会場は大広間の中庭に面した一面を開け放ち、庭を眺めながら祝う。篝火や火鉢を配し、三方は壁に囲まれているとはいえ、寒くないのだろうか。

 昔は後宮に妃が数十人もいた時代があったため、当時はとても賑やかな催しだったようだ。それほどの人数なら一面を開け放してもきっと寒くはなかったのだろうけれど、主上が即位されてからその人数は大きく減らされている。

 たった八人のための宴。

 僕は侠舜に連れられて初めて主上の宮から出た。

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