第9話 夜伽の勉強と公開処刑

 僕が客間から自分に宛がわれた部屋に引っ越したのは、客間で暮らすよう言い渡されてから二十日が過ぎたあたりだった。

 最初は数日で移ることができると聞かされていたのだけれど、なんでも僕が使う予定の部屋の家具が質素すぎるという理由で、急遽主上が新しく家具を全て作らせたために遅くなったらしい。

 お金の無駄ではないのか、なんなら質素な家具のほうが落ち着くと侠舜に伝えたところ、それは認められないのだそうだ。

 人は家具の程度、身に着けている物の程度、言葉遣いや立ち居振る舞いを驚くほどよく見ているのだそうだ。皇帝の手付きになったものが質素な家具の部屋に住んでいるなどと知れたら、僕自身が、僕の世話をする者から軽んじられるのだと説明された。

 皇帝の寵愛を受けている者が軽んじられるということは、言い換えれば皇帝もまた軽んじられるということだ。だからそれは許されないと。

 そういわれてしまうと、もっと地味で安くて動きやすい服にして欲しいというお願いも言えなくなってしまった。

 今きている服は絹の生地におそろしいほどびっしり刺繍がほどこされた服で、着ている僕がかすんでしまって、服に着られている感じだった。うっすら化粧をされるのも嫌だった。

 宮城に棲むようになって七日たったあたりで伯母夫婦から手紙が届いた。ここからでることは許されていないけれど、手紙のやり取りは大丈夫なのだそうだ。

 手紙には懐かしい大きな字で、簡単な近況報告と宮城からの使いが突然きて、生きた心地がしなかったこと、僕が主上に召し上げられて宮殿に住むことになったと知らされて、とても驚いたというようなことがつらつらと書かれていた。さらに、なんと伯母の病気のことは主上のご厚意で治療費をだしてもらえることになった旨が記載されていた。これにはほっとしたし、主上の優しさに感動してしまった。

 けれどそのあとの部分で、心から僕の幸せを願っていると祝福されてしまった。なぜだ。寂しいとか、いつでも帰っておいでというような感動的な手紙を想像していたのに、予想外なことに送り出されてしまった。

 伯母夫婦と離れたくないと思っていたのは自分だけなのかと落ち込んでいたら、手紙の最後の最後のところに、僕の部屋はいつ戻ってきてもいいようにずっとそのままにしておくと添えられていた。ちょっと泣いてしまった。



 長い、脳みそが溶けだしそうな日々をついに脱して、今日から僕のこの虚無の生活に勉強というお仕事が組み込まれることになった。僕がここで暮らすことが決まった日から既に教師の選定が始まっており、引っ越しを機に教育が開始されることがずっと前から決まっていたそうだ。

 僕自身は伯母夫婦の店を手伝うために読み書きと計算を私塾で習っていたので、問題ないと思っていたけれど、それだけが勉強ではないと言われた。

 僕の勉強は、行儀作法、言葉遣い、礼儀作法など宮殿内での日常生活に関するもの、歴史や法律、地理や思想、古典に宗教などの国に関する知識、詩歌や舞や音楽に書道など芸術方面の稽古事、弓と馬術の稽古などがぎっしり詰め込まれている。貴族ってこんなに勉強してるんだ……。そりゃあ威張り散らすはずだ。

 はっきりいってやったことのないものばかりだったし、自分は貴族として生きるわけではないから不要だと言ってみたが、僕が最低限のことすらできないと主上が笑われるのだと言われて口を噤む。

 しかも僕は最低限ではだめなのだそうだ。平民に求めすぎではないだろうかと不満が顔を出す。けれど基本的に僕は長いものには巻かれる主義なので、強く侠舜に言われて、つい頑張りますと頷いてしまった。僕の馬鹿。

 実は、この授業が開始するに先立って、無知な僕のために閨の特別講義が組まれていた。主上たっての希望だそうで、早々に授業が行われた。しかも毎回教師が違うのだ。男の人だけでなく女の人もいた。

 ものすごく気まずい授業だった。僕がいちいち赤面して委縮するのに、そんなことには構わずに担当の教師が平然と講義し、時に臨場感あふるる説明で、時に絵で事細かに図解し、質問に答えないと叱責がくるのだ。いや、恥ずかしすぎるでしょう……。脱いであそこを見せろとかちょっと大きくしてみせろとか、さらには成長には個人差があるから落ち込まないように慰められたりもしたのだ。何回目なんだこれは。

 男の教師たちからは男の機能とか精通だとかから始まり、子供を作る手順と病気、避妊について。それから腰の使い方とか種々の体勢などを習った。やはり僕は平均よりもあそこの成長が遅いらしいが、十五歳を過ぎてからの例もあると分かって安心した。何がとは言わないが、十五までには大人になりたい。頼むぞ僕のあそこ。

 主上のためでは決してなく、僕の沽券の問題だ。股間の問題なだけに……。

 それから女の教師からは、上品な閨の誘い方や相手に恥をかかせない断り方と誉めそやし方。手や口の使い方からさらにはまんねりを防止するための道具の使用法なんてのも教えられた。

 主上は僕に何を求めているんだ。いや、十分理解させられたけど。ここにきてやっと僕はあの日何をされたのかを理解して頭を抱えてしまった。



 そんなこんながあって閨の特別講義という名の公開処刑が無事に終わり、自室で僕専属の家庭教師が呼ばれ顔合わせの日になった。男女比では男がずっと多い。女の先生は詩と行儀作法と書道の三人だけだった。ちなみに侠舜が僕の言葉遣いと礼儀作法の先生なのだそうだ。今から既に憂鬱な気持ちになる。

 ほとんどが僕よりもずっと年齢が上の教師たちの中にあって、馬術だけは主上より少し若いかなという感じの男の人で、親しみやすそうな雰囲気をもっていた。さわやかな好青年という感じで、近所に住んでいたらあこがれただろうなという感じだった。

 歴史や法律と舞の先生が厳しそうな感じだったのと、弓の先生はこの人教師ではなくて軍人だよね、という出で立ちだった。

 お互いに自己紹介をしあった後で解散すると、本日のお勉強は侠舜先生による礼儀作法だった。儀式や会議、夜会に晩餐など公的な催事には絶対に間違いが許されないのだときつく脅された。

 ただひたすら礼の練習をして一日目が終わった。それだけ?



 なんだかんだで主上とはあまり会えていない。朝食は比較的一緒に摂ることが多いけれど、視察などで外出されるときは朝からいない場合もあったし、後宮に止まった日の翌日は向こうで家族で朝食を摂っていた。

 侠舜が教えてくれるのだが、主上は子持ちの四人の妃の元に満遍なく訪れているようだった。残りの四人についてはほんとうに少ない。

 それでいいのかと尋ねると、後宮内の勢力図、政治的均衡の観点からこれでいいのだと言われた。残りの四人は位も低く影響力が小さい上に、主上が通いすぎると、彼女たちの身が危険になる場合もあるのだとか。怖い。

 それにその四人のうち二人については近々下賜することが決定しているのだそうだ。何も考えずに通って子供ができても問題が生じるために、下手に待遇の改善を図ることもできないらしい。

 子供ができるようなことをしなければいいのではと言ったら、そういうわけにもいかないのだそうだ。皇帝はそれも仕事のうちなのだと言われてしまった。皇帝は大変なんだなぁ。

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