第7話 軟禁
なんでこうなった。
連れてこられた部屋の椅子に腰かけて、さっきからずっと考えている。
侠舜によると宮殿はいくつかの区画からなるらしい。聞いていたけど難しくてあまり覚えていない。色んな人が仕事をするところと、会議や宴会や儀式をするところ、皇帝の住むところ、後宮というお妃さまが住むところとほかいくつか。最後の二つは塀に囲まれているとか。男の自分は後宮には入れないらしい。
それから、絶対に皇帝の住む区画からでるなと言い含められた。
今いるのはその皇帝の住む宮の一室で、部屋は皇帝のものに比べれば狭くはあったが、庶民の自分からしたら十分に広いものだった。二間続きで隣の部屋が寝室だった。ここは仮住まい用の客間で、数日中には引っ越すとかなんとか。こんな部屋がいくつもあるなんて。
十分華美と言える調度品に囲まれて、大きな円卓に腰かけているととても落ち着かない。ここと比べると自分の小さい部屋は部屋とさえ呼べない代物かもしれない。
ここまで案内をしてくれた侠舜は今は部屋をでていた。廊下に通じる扉の前には護衛が一人たっているとかいないとか。
信じられない。まるで重要人物みたいだ…。庶民なのに。
いや、今はそんなことはどうでもいいのだ。帰れないというのは本当だろうか。いつまで?まさか死ぬまでなんてことはないと信じたい。
伯母夫婦のところに帰りたい。せめて挨拶くらいはしたい。帰りたい。
あぁ、まずい。泣きそう。
寵愛とかよくわからないけど、迷惑はなはだしいのではないだろうか?僕はそんなもの欲しくない。寝てる間にされたことと関係があるのかな?酒を飲もうと誘われただけなのに?嘘ついてたってことだろうか……。騙された?
わからない。
いやでも貧乏人の自分を騙しても何の得もないはずだ、きっと。死んだ両親がどこぞの金持ちだとか貴族だったとかでもない限り。
こっそり逃げ出したらどうなるだろうか……。本当に殺されたりしちゃうんだろうか。誘拐される?そんなこと怖すぎる。
寵愛ってなんだろう。愛してるってなんだっけ?好き?あの男が自分を?まさか。あんなに恰好いいのだ。自分を好きになるはずがない。女の子にすごくもてるって侠舜がいっていた。好きってなんだ、恥ずかしい。やばい。なんかどきどきしてきた。
そういえば僕ってどういう立場なんだろ。女だったらお妃様。じゃあ男の俺は?よくわからない。
初恋もまだなのにこんなことになるなんて。というか、男同士ってのがそもそもおかしい。聞いたこと無いぞ。僕をからかってる、なんてことないだろうか。ないだろうなぁ。
自分は女の子が好きだから、なんていうか、応えられないと思うんだけど。たぶん女の子が好きだと思う。小さいころはよく遊んだ漣花とか花屋の香姐とかかわいいと思うし。
ところで侠舜戻るの遅いなぁ。
すごい良い服を着せられてるけど、これ買ったらいくらくらいになるんだろう。汚したらまずいかなと思うと目の前のお茶と菓子に手が出せない。
どれくらいで帰れるのかは絶対に聞かないと。
「理不尽だという気持ちはわかります。」
しばらくして戻ってきた侠舜を捕まえて、僕は、帰れないのはおかしいのではないかと言ってみた。朝食での会話はあまりに突飛すぎて理解がおいつかなかったのだが、冷静になって考えてみると異常だ。ここで文句を言わなければ、言うのが難しくなるかもしれないと思った。
「ですが、主上があなたに飽きるまではここにいてもらいます。」
飽きるっていつごろだ。
「昨日も申し上げた通り、あなたは現状、よからぬことを考えるものにとって利用価値があるのです。ですから、すぐに帰して差しあげることはできません。あなたの何を主上が気に入ってしまわれたのかはわかりかねますが、主上が一夜の遊び以外で、後宮の妃以外の人と閨を共にされたのはあなたが初めてなのです。」
憐れむような目で僕をみている。
「昨日まで自由だったのに、急に不自由を強いられて納得できないでしょう。ですがもうどうしようもないのです。昨日あなたは多くの官僚軍人貴族たちに主上と一緒に退出するところをみられています。主上は、酔っていたとは言えうかつだったと思います。こちらに非があると非難することは至極当然です。」
「だったら……。」
「私もできることならあなたを帰してあげたいと思います。明らかにそのほうがあなたの幸せだということが想像できるからです。でも今すぐには無理なのです。しばらくはここで暮らしてください。全てをなかったことにはできません。だからこそ主上はあなたの不自由をできるだけ取り除こうとお心を砕いていらっしゃいます。あなたの身の安全を確保し、少しでも快適に暮らせるよう準備をしてくださっています。あなたにしてみれば迷惑でしかないかもしれませんが。今手配している部屋もそうです。主上の私室から近くできるだけ人が立ち寄らない区画にある部屋を手配してくださっています。未成年のあなたが家族から離れて暮らすことになってしまった責任を全うしようとなさっています。そこはご理解いただけないでしょうか。」
そういって僕の目をまっすぐに見る。
「それに、もし一時のきまぐれであったなら、数年で帰れる可能性もあります。もし帰るということになれば、主上から平民として一生暮らしていけるだけの慰労金が送られるはずです。」
「それでも数年は長すぎます……。家族に会えないのは辛いです。おばさんは体が弱いから僕がいないとだめなんです。」
親の居ない僕を、わざわざ引き取って育ててくれたおば夫婦の顔が思い出された。
「いいですか。よく考えてみてください。本来ならたった一度の過ちを犯しただけの平民相手にここまでする必要はないのです。捨て置けばいいだけなのですから。ですが、主上はそうしようとはなさいませんでした。これだけでも寛大にすぎる待遇なのですよ。」
僕は何も言えずに黙り込んでしまう。確かにその通りなのだ。本来貴族は平民のことをただの労働力としか見ていない。人間としてすら見ていない者もいると聞いたことがあった。
「本当にお嫌であるならば、逃げてもいいです。ただし、もし何かあったときには勝手に死んでください。主上に決して迷惑をかけるような真似はしないでください。逃げるのなら助けを求めないでください。きっと主上は困ったあなたを助けようとなさると思います。ですが、この宮で働くだれもあなたを助けません。皇帝という唯一無二の地位にあるお方と、ただの平民であるあなたでは命の重さが、責任の重さが違うからです。」
きつい言葉に僕は言葉を失ってしまう。僕はぎゅっと目を閉じた。そうしていないと泣いてしまいそうだった。
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