第3話 賢英の秘密

 どんどん迷いなく進んでいく背中を追いかける。どれほど奥までいくのだろうと思うほどに宮殿は広かった。いくつかの通路をぬけ建物の外にでて、また建物の中に入った。

 皇帝の住むところとはこれほどに広大なのかと圧倒されながら歩き続ける。目の前を行く主上は付き人と何やらせわしなく話をしている。

 すると突然主上が立ち止まりこちらを振り返った。隣にいる美しい服に身を包んだ美しい男に目配せする。主上が男らしい美しさなら、この人はなんとなく女のような優美さがあると思った。

「侠舜。賢英に湯あみを。全身綺麗にしてやってくれ。それから、私の部屋に酒を。この者と二人きりで語り合うことがある。今夜はもう下がってよい。」

「かしこまりました。」

 そういうとくるりと向きを変えて主上は他のものを引き連れて去っていく。僕は侠舜と呼ばれた男と二人残される。湯あみとはどういうことか。酒を飲むのに体を清めなくてはならない理由があるのだろうか。仕事で汗をかいた体が汚いと暗に言われたのかもしれない。

 僕は気後れしながら恐ろしく顔の整った男に目をやると、こちらを値踏みするような視線に気づいた。粗相があってはいけないと、僕はうつむいて視線を合わせないようにする。

「ではまいりましょう。湯殿はすぐそこです。」

 僕はただはいとだけ返事をして、その背中を追いかけた。

 湯殿には幾人かの男と女がいたが侠舜は全員を下がらせると僕に服を脱ぐように指示した。侠舜もすぐにでていくのだと思ってみていると動こうとする気配がない。まさかと思って、恐る恐るでていかないのかと聞くと、湯あみの世話をするのだと言われた。いや流石に一人で入れるよ……。

 必死に一人ではいれるから大丈夫だと言い募っても聞き入れてはもらえなかった。その代わり早くしろといういらだちを込めた視線で射抜かれる。

 そうなるともう何も言えなくなって、人前で全裸になることに限りない羞恥に耐えながら僕は恐る恐る服を脱ぐ。大事なところを両手で隠して立つと、皇帝の警護上の理由により危険なものをもっていないかを確かめる意味もあると、両手をどけるように指示され、その気まずさで卒倒しそうになった。

 羞恥に顔をうつむけて両手を離して立つ。

 はっと息をのむ声がして顔をあげると、侠舜がわずかに目を見開いている。

「あなたは、剃毛の習慣があるのですか?」

 さきほどまでの張りのある声と打って変わって小さな声で聴かれる。

 ていもう?聞いたことがない。

「なんですか?」

「下の毛は剃る習慣があるのですか?遊郭によく行くような身分には見えませんが。」

「花街にはいったことがないです。下の毛は、その……。」

「なんですか。はっきりおっしゃってください。大事なことです。主上にもしものことがあってはいけませんので。」

「は、はえてないだけです……。剃ってはいません。」

 自分の発育が遅いのは知っていた。体ばかり大きくなっているが他は幼馴染に追い越されている。みな、僕に毛が生えていないことをはやし立て揶揄うのが本当にいやだった。その記憶がよみがえって、この人にも馬鹿にされるのかと思うと全身が羞恥につつまれる。

 しばし無言のまま時間が流れた。そして唐突に目の前の男が声を出す。

「…何歳ですか。」

「十四です。」

 言ってしまってからはっと気づく。本当の年齢をしゃべるのはまずい。年齢を偽って雇われていたことを思い出した。

「まさか…。主上はご存じなのだろうか。いや恐らく……。」

 そういって男はしばし絶句していた。まずいことになった。殺されるだろうか。全裸で死体になるところを一瞬想像して、その想像を頭から追い払う。

「いやしかし……、成長が人より遅いのか。確かに身体に対して小さすぎる。」

 小さすぎるという言葉になけなしの自尊心が傷つけられる。仕方ないだろ子供なんだからと心の中で叫ぶ。早く大人になりたくて近所の祠に度々お詣りに行っていたが、その効用は未だ僕の体には現れてはくれなかった。

「見た目だけなら立派な男なのですが。」

 一人勝手に考え込んだかと思うと、俠舜は表情を切り替えて浴室へと僕を誘った。自分でやるからと再度言ったが聞き入れてもらえず全身を隈なく洗われた。言葉通りに。

 頭を丁寧に洗われ気持ち良さにうっとりしていると次は身体だった。必死に抵抗したが大事なところまで手ずから洗われ、終わりかと思ったら男の細く優美な指が中に侵入してきた。まさか宮殿ではそんなところまで洗うのが普通なのかと驚いたのは一瞬で、すぐに身を捩って逃れようとしたが、意外にも強い力で抵抗を封じられ叱咤された。

 身分の高い人を傷つけたら何をされるかわかったものではないと、頭の片隅では理解していたので、なんとか理性で殴りつけたい衝動を抑えた。

 親にも弄られたことないところまで綺麗にされ、もうどうでも良いと思ったら抵抗する気もなくしてしまった。浴室から出ると、つるつるの生地の白い夜着に着替えさせられる。着替えの最中気遣わしげな顔で見つめられながら、主上に粗相のないよう言い含められる。その声色は驚くほど優しく、子供に言い聞かせる響きがあった。

「何があっても抵抗してはいけません。じっとしていれば終わります。主上も、私の知る限り初めてのことなので、上手くことが運ぶかはわかりませんが、あなたは主上に身を委ねていれば良いです。あんななりですから、女性の扱いには慣れたものです。そうそう無体な真似はなさらないはずです。私は経験がないのですが、聞いた話では、痛くても決して力を込めてはいけないそうです。あなたが辛くなるだけです。いいですね?」

 強い瞳に見つめられて、痛いという言葉に不安しか感じなかった。しかし、握られた指の力強さによく分からないままに僕は頷いた。酒を飲むのではなかったか?

 目の前の男が、まったく信用していないという風の顔を逸らすと、夜着の腰紐が結ばれ、髪の毛が丁寧に拭かれ、会話をしながらなされていた支度が終わる。

 そうして僕は再び廊下を男の後について進み、皇帝の私室に足を踏み入れた。

 皇帝もまた簡素ではあるが素晴らしく上等な夜着を身に纏って椅子に腰掛けていた。

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