夢の焦げる音(焼くだけは料理といえるのか)

春嵐

01.

 料理教室。最初の一回目。


 この中で未婚は、わたしだけ。


「では、みなさん、どれぐらいの料理ができるのか知りたいので、お好きな料理をひとつ、作ってみてください。なんでも大丈夫です」


 来た。


 話に聞いていたのと同じ。おくさまがた。一斉に取りかかり始めた。この最初の料理の出来で、おくさまがたの順位が決まる。この料理教室の、上下間系が。


 ぎすぎすしてるなあ。未婚の私には、なんの関係もないけど。


 わたしだけ、他のひとと目的が違う。


 料理教室の、オーナー。優しい顔の男性。


 このひとが好きだった。だから、未婚だけど、ここにいる。


 ちなみに料理はできない。なにひとつ。作ってもらうのがほとんど。


 でも。


 ひとつだけ。生まれてからずっと続けていて、上手いものがある。


 おくさまがた。手の込んだ料理を作ろうとしておられる。しかし、料理教室を必要とする方々なので、めちゃくちゃ凄まじいものはできないだろう。せいぜい肉じゃがやポテトサラダぐらい。


 わたしの料理は。そんなものよりも上に来る。


 さっき寄ってきたスーパーの袋。


 取り出す。


 食パン。買いたてのやつ。プライベートブランドだけど、ほんのすこしだけ高いやつ。今日は6枚切が安かったので、6枚切。


「よし」


 食パンの袋。開ける。


 トースター。持ってくる。


 隣のおくさまが、耐えきれず、わらいだしている。


 表示を見て、電圧と、焼き上がりの時間を確認する。


 よし。


 いける。うちのやつと同じタイプのトースター。というか、ほぼ、うちのやつ。傷の付きかたも使い込みの感じも、ほぼうちのやつ。瓜二つ。これなら、かなり良いところまでいける。


 トースターの電源を入れて。


 スイッチを入れて。


 食パンを投入する。


 おくさまがたのひそひそも、隣の人のくすくす笑いも。聞こえなく、なっていく。


 食パンの焼ける音。


 表面の焦げる音。


 それだけに、全神経を集中する。


 いつもの音。いつもの感覚。


 この瞬間は、人生で二番目に楽しい。


 食パン。トースターのなか。美味しそうな匂い。


 待った。まだ。まだ。もう少し。


「ここだっ」


 トースターのスイッチを切って、食パンを取り出して。お皿に乗せて。机の上に置いて確認する。焼き加減。表面の焦げ具合。


 完璧。


 ふう。


 つかれた。


 気が抜けて、気がつく。おくさまがたの視線と笑いが少し大きい。


「あっ」


 わたし。いまさっき、ここだって言っちゃった。そこそこ大きな声で。はずかしい。


「すいません。つい。癖で」


「お、できましたか?」


 オーナー。わたしの好きなひと。近付いてくる。


「はい。いつも通りに」


「それはそれは。さすがです」


 オーナー。


 わたしの食パンを取って。


「あちち」


 少し熱さと格闘しながら、少しだけちぎって。


 食べる。


「おいしい。さすがです。あなたのトーストは、どんな料理よりも素晴らしい。料理教室要らずですね」


「いやいやいや」


 料理教室に来る理由を剥奪しないでください。


「みなさんも、料理が少し落ち着いたら、火を止めて、こちらに。このトーストを少し食べてみてください」


 あ。おくさまがたも食べるの。


「もう何枚か、焼けますか?」


「いけます」


 好きなひとのためなら。


 何枚だって焼きます。



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