魔王の実力
『
教皇が仕込み杖のロッドから刃を抜き、戦神神楽を舞った俺に勝るとも劣らない速度で踏み込んで魔王を上半分と下半分に真っ二つにする。
ルーナ教最強の聖騎士にして、ルーナ教最高峰の祈り手教皇。
相手が悪魔である限り、その再生を許さない圧倒的な剣筋。
「容赦はしない。『聖刻二十字斬り《セイント・ダブル・クロスセイバー》」
圧倒的な速度、研鑽された技量。純粋なパワー。
教皇は、この部屋から出られないと言う制約があるにしても、それでも――恐らく今の俺よりも強い。
流石にご先祖様が惚れ込んだ戦士と言うだけはある。
俺は、親父の姿をした悪魔が教皇に滅多切りにされているところを見ていた。
この戦いで、親父は死ぬのだろうか。
まだ孝行は出来ていないし、後悔もある。助けたいという気持ちもある。でも、それでも俺は舞神の神子としての使命があるから。
悪魔に乗っ取られたのなら、それが親父でも打ち滅ぼさないととも思ってしまう。
故にか。斬られ、血を流す親父の姿を見ても不思議と哀しみは湧いてこなかった。
「はぁっ、はぁっ……この肉体、体力が……少ないな!」
教皇の呼吸が荒くなり始める。剣筋も鈍り始めていた。
筋肉が痙攣しているんだ。でも、大丈夫……アレだけ斬れば如何に魔王と言えども無事では……
「うぐっ……!!」
「ふむ。その剣筋、あの戦士か。我と肉体を乖離して……貴様は随分と弱くなったなぁ」
ニチャリと魔王は厭らしく嗤う。
教皇を思いっきり殴りつけたその魔王は、悪魔であるはずなのに……あれほどまでの、教皇の剣劇を受けてもその肉体には傷一つ付いていなかった。
「カグラ、くん……勘違いするな。魔王は決して悪魔ではない。故に、剣でも祈りでも魔王を倒すことは出来ない」
教皇はボソリと、ボロ雑巾の身体で倒れながら言う。
「でも、カグラ。お前なら、奴を倒せるはずだ。舞神の奥に封印された『アレ』を使えば……」
「アレって……」
もしかして、アレのこと。じゃあ、魔王を倒すために俺はアレを使わなければならないってこと!?
アレは、舞神の神子にとって禁忌とも言える武器。
俺は未だ神子になって日が浅い。だから……反動もそんなに……いや、それでも命くらいは堕とすかもしれない。
「私は、カグラ。お前にアレを使わねばならないと伝えるためにこうして魔王と剣を交えた。頼む。私が不甲斐ないばっかりに。弱いばっかりに。
お前に過酷で残酷な宿命を託さねばならない、私を恨んでくれ。それでも、魔王を――」
それだけ言い残して、教皇は気を失った。
……確かに、あの強さで倒せないなら俺にもゴリ押すことは出来ない。
それに、親父の身体が魔王に乗っ取られた以上放置するという選択肢だって存在していなかった。
でも、でも……
「「カグラ様……!」」
「セラフィ、フィーネル。こっちに来て早々何だけど、舞神大社に帰るわ。……武闘神楽『剣の舞』――祈祷神楽『転移の舞』」
「ふははっ、舞神の神子よ。邪神の領域に足を踏み入れた我に、貴様が及ぶことなど絶対にないのだ!!!」
魔王は高笑いをして、セラフィとフィーネルを伴って――魔王を連れて、俺たちは舞神大社にとんぼ返りした。
◇
静謐で厳かで神聖な――俺の生まれ育った家、故郷。舞神大社。
勇者のような特殊な事例でもない限り、悪魔はここに存在しただけで消滅する。しかし親父の肉体を取り込んだ魔王も最早特殊な事例。
そもそも悪魔ですらないというのだから、弱体化も期待できないだろう。
それでも、
「セラフィ、フィーネル。それとレリア、ティール――帰ってきて早々悪いけど、二分だけそこの魔王を足止めしといてくれない? 取りに行くものがある!!」
嫁たちは、息を呑むばかりで返事をしてくれなかった。
でも、彼女たちは強い。だからきっと、俺がアレを取って帰ってくるまで、持ちこたえてくれるだろう。
◇
「ほぅ。神子が何を取りに行ったかは解らぬが、その間貴様らが我の相手をしてくれるのか?」
「そうですね……カグラ様に頼まれたので」
「全く。信頼してくれてるってことなんだろうけど」
「……期待は裏切りたくないですっ!」
「そうですね」
セラフィもレリアもティールもフィーネルも、目の前の少しカグラの面影があるような気がする悪魔――魔王を相手に勝てる気がしないのは十分解っていた。
思い出されるのはカグラの母親の言葉。
……歴代の舞神の神子は、妻を守るために負けていった。つまり、足手まといになって負けていった。
だから四人で、カグラの足手まといにならないように。
カグラをちゃんと助けられるように。
「それに、たった二分稼げばなんとかしてくれるなんて……」
「「「「流石カグラ様(くん)(さん)ですね!!」」」」
「くはっ、くはははっ。今代の舞神の神子は嫁を四人も侍らせて、しかも慕われているな。では、準備運動がてら遊んでやろうではないか!」
魔王は高笑いすると同時にその姿をブレさせる。
その神速の拳は、辛うじて防御姿勢を取れていたティールの両腕をへし折りながら吹き飛ばす。
「ティールさん! ……ルーナ様、どうか彼女を癒やし給へ『聖癒』」
「ルーナ様、どうか我らの現世の身を護りし加護を与へ給へ『対物結界』」
その瞬間にフィーネルがティールの怪我を癒やしつつ、セラフィは全員に物理攻撃に耐性を付ける加護を付ける。
そして
「お願い、精霊たち……!」
レリアの声によって無数の精霊が魔王の周りを蛍のように飛び交った。
精霊が一匹ずつ爆ぜていく。
全てが破裂した後には、全身の肉がいくつも削げた魔王が立っていた。
「ほぅ。我が身体に傷を付けるとは中々に悪くない強さだ」
しかし、その傷は瞬く間に回復する。
レリアの全力の攻撃――大体クラスの騎士隊くらいなら殲滅できる魔法はいとも容易くいなされてしまった。
その衝撃のままに、魔王はレリア、フィーネル、セラフィを順々に殴り飛ばしていく。
骨が砕ける。内臓がいくつか破ける。そんな感触があった。
何とか、頑張って癒やして致命傷の応急措置は完了させるけど、それでももう立ち上がることすらままならない。
四人はもう、戦う力を失っていた。
「今ので死なぬか。今代の舞神の神子は或いは、多少は楽しめるかもしれぬ」
「ごめんなさい、カグラ様……二分、稼げませんでした」
セラフィは悔しさに涙が零れる。
こんなにも届かないのか。こんなにも、カグラの助けになることが出来ないのか。そんな哀しみに涙が
「ゴメン、遅くなった。帰ってくるのに3分掛っちゃったけど、よく持ちこたえてくれたね。ありがとう」
カグラの声が聞こえた。
その声に、悲しさとは別の涙が零れてくる。
「さぁ、魔王。親父の仇は討たせてもらうぞ」
カグラと魔王の最後の戦いが始まる――
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