勇者の残滓(瞬殺されます)

 骸骨のような、硫酸で顔面をドロドロに溶かされてしまったような。醜い容姿と、薄らと見える黒い靄。

 ぼんやりと着ている装備はどこか、勇者の面影があった。


「……レンヤの残滓か」


 俺は、悪魔と戦うのが嫌いだ。


 神様の加護があって、舞神の神子で、元聖騎士で。対悪魔の戦闘に関してはかなり自信がある方だ。

 でも、悪魔は狡猾で人の形をしていて。

 倒しても、倒し損ねても気分が悪くなる。


 その上で覚悟して、気分の悪さに耐えながら祓っても。残滓として、悪魔の倒された無念が怨念が、新たな悪魔となってどこか近くで再び発生するのだ。


 それに、この国は国自体を覆うほどの大きな舞神の結界が張り巡らされている。


 この国で悪魔の姿を保てたのは、後にも先にもレンヤしかいないのだ。


「武闘神楽『剣の舞』」


 流々と、舞いながら。スペアのやはり練習用の銅剣を悪魔に向けて踊るように。斬撃を向ける。

 この悪魔は飛べない悪魔のようだ。


 じりじりと後ずさるように躱して、そして俺に反撃しようとする。


「カグラァ、ヨクモォォオオォ」


 この悪魔はレンヤではない。生まれ関わったわけではない。

 悪魔は人間の恐怖や怨念、思念などを受け取って自然発生する災害だ。

 これは、レンヤの恨みや恐怖や怨念が、生み出しただけの、ただの悪魔なのだ。


 こいつはレンヤではない。


 だけど……


「お前はもう、いい加減。眠れ!!」


 瞬歩。


 一山を一歩で越える速度で、レンヤを斬り裂いた。


 聖刻十字斬りでも、真一文字斬りでもない。ただの太刀で。

 破魔の舞いだって舞っていない。


 それでも、その悪魔は切り口が。神の気に浸食されて、溶けるように燃えるように消滅していく。

 生まれたばかりの悪魔は弱い。


 悪魔は生まれ、人々に恐怖を与えて強くなるのだ。


 そして、生まれたばかりの悪魔の思念も弱い。

 だから、この悪魔を殺した残滓が生まれても。今よりも、もっと、もっと弱くなっていく。

 そして、生まれてくる悪魔を殺して、殺し続けて。


 ようやく、残滓を生み出さないほどに弱くなったら。そこで完全に祓えるのだ。


「お前も、勇者だったんだから。恨みなんか忘れて、成仏してくれ」


 せめて、来世の幸運を願いつつ。冥福を祈りつつ、俺は舞神大社に戻った。






                      ◇





 不穏な気配。悪魔の気配。


 セラフィたちがそれを感じ取った時には既に、カグラの姿は遠く彼方へと過ぎていってしまっていた。

 瞬歩の圧倒的な速度。


 そして、グテーレス戦やレンヤ戦で見せた、対悪魔に関しては世界最強といっても過言ではない戦闘力。

 その上で、この間新たに取得した、転移の舞による圧倒的な機動力。


 カグラはまさしく、歴代最強の舞神の神子だ。


 少なくとも、カグラの母はそう思っている。

 セラフィたちも、カグラの強さが並大抵でないことくらいは心底理解していた。


 カグラが去った、舞神の境内。

 巫女服を着ているセラフィたち四人に、カグラの母は問う。


「ところで、誰がカグラくんのお嫁さんになるの?」


 その一言が、凍り付くような緊張感で場を支配した。


 セラフィは、レリアは、ティールは、フィーネルは確信した。

「試されている」と。


 本音を言えば誰もが「私です」と答えたいし、お嫁さんになるのだって。カグラに愛して貰うのだって、自分一人だけが良いと、一様に思っている。

 でも、それ以上に誰もが自分ではカグラに釣り合わない、と理解していた。


 少なくとも、一人では。自分がカグラの足かせになるほどに弱いことを誰もが理解していた。

 だから……


「「「「全員です」」」」


 一呼吸置いて、同じタイミングで。四人はそう答えた。


「そう、良かったわ。もし、誰か一人だって言われたら、どうしようかと思っていたもの」


 安心したように、カグラの母はそう言って。場の緊張は氷解した。


「と言うのもね。……舞神の妻は、歴々代々。当主の足かせになっちゃってるから。――私含めて。カグラくんには直接話しづらいし、丁度今話すわ。

 あの人が、カグラくんの父親が魔王になった理由を……」




                   ◇




「舞神の当主はね、歴々代々。決まって不幸な最期になってきたの」


 カグラの母親は見たこともないくらいに神妙な面持ちで、独白するように。悲痛そうに、言葉を漏らしていた。


「不幸な最期……」


「そう。舞神のご先祖様も、あの人も。カグラも、みんなスゴく強いの。それこそ、魔王なんかに遅れを取るなんてこと、絶対にないくらいに」


 でも、親父は……。

 勇者の残滓を倒して、帰ってきたカグラは、こんな空気なものだから、入りづらくなってしまって、盗み聞きしてしまう感じになる。


 そこに罪悪感を感じないでもないけど、それ以上にカグラはその先のお袋の言葉を予想して胸が苦しくなった。

 なおさら出て行けないと思った。


「――なのに、カグラ様のお父様は」


「魔王になったの。――私のせいで」


「なっ……」


 息が詰まる。緊張が走る。


「舞神の神子はスッゴく強いわ。でも、それと同じくらいに強い敵が現れるの。その時、舞神の神子はみんな一様に同じ形で悪魔に負けてきたわ。

 妻を人質に――私を庇って、あの人は……あの人は……」


 悔しそうに、哀しそうに話す。


 セラフィたちも思いあたることはあった。

 フィーネルは、レンヤに攫われたし。レリアもティールも、一歩間違えばレンヤに負けていた。カグラの足かせになっていた可能性がある。


 その上。セラフィもレリアもティールもフィーネルも。

 カグラの神子の仕事において、役立てることと言えば、精々カグラ不在の間の大社でのお留守番と掃除や炊事でサポートするくらい。


 そのお留守番だって、かつてのレンヤのような強い相手が現れたら守り切れる自信がなかった。


「……だから。正直、貴方たちが四人、嫁いでくれるって言ってくれた時は安心したの。私は、一人だったから。支えきれなかったけど。

 貴方たちは四人だから、四人なら。お願い。カグラを、支えてあげて頂戴」


 カグラの母親は、そう言って四人に頭を下げた。


「頭を上げてください」

「そうですっ、カグラさんを支えるのは当然のことですっ!」

「右に同じ」

「私もです」


 セラフィは恐縮するように頭を下げて、ティールは安心させるように二つの拳を顔の前でぎゅっと握って見せて。

 レリアとフィーネルは、自分が言うつもりだったのに……と思いながら賛同した。


「(……もう、十分に支えて貰ってると思ってるよ)」


 カグラは、そう思いながら。これ以上は照れくさくって、音を立てずに屋根の上に飛び移って、適当な空き室に向かった。

 カグラからすれば、セラフィもレリアもティールもフィーネルも。

 背中を預けられるくらいに強くて、スゴくかわいくて、魅力的で。しかも、舞神の神子で、忙しくて、負担も強いてるだろうに。尽くしてくれて。


 心の底からありがたいと思っていた。


 だからこそ、必ず応えないととも思う。


「(お袋も、実質認めたし。本当に俺次第だけど)」


 でも、やっぱり親父を助けてから。諸々と解決してからプロポーズしようって決めていた。

 それまで、待っていてください。


 そう内心考えるカグラの背後には


「カグラくん。ちょっと話があるんだけど、良い?」


「あぁ、うん……」


 お袋が立っていた。


 ……なんか? 怒られることしました?

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