カグラのプロポーズ

 親父を助けたら、ちゃんとプロポーズをしよう。


 そして、ぼちぼちと舞神の神子の使命を果たしながらいちゃいちゃスローライフ!と考えていたら、俺はなぜか母親に、正座をさせられていた。

 いや、正しくは「カグラくん。ちょっと話があるんだけど、良い?」と言われただけなんだけど、昔からのくせというか。お袋が怖すぎてと言うか。


 実質抗えないなら、させられているに等しいと思うのだ。


「それで、その……何用でしょう?」


「何用じゃないでしょ。……良い子ねあの娘たち」


「うん」


 セラフィもレリアもティールもフィーネルも、いい人たちだ。

 ……正直、盗み聞きしていたことがバレて怒られるのかと思ってたから、この話題を切り出されたのは意外と言えば意外だった。


「プロポーズはいつするの? ……いいえ、どうせカグラくんのことだし、あの人を助けてから、とか考えているんでしょうね」


 なんで知ってるんだろう。

 お袋には人の心を読む加護とかないはずだけど……。


「だから、あえて言うわ。今すぐ、結婚なさい」


「え!?」


「そりゃ、カグラくんも男の子だし。魔王を倒して、格好良くプロポーズしたいってのも解るけど」


「いや、ちょちょちょ、ちょっと待って。別に格好付けたいとかじゃなくて、単純に親父のことで負担を掛けたくないというか、何というか……」


 そこまで言って、流石に俺は気付いてしまった。


 お袋の冷ややかな視線と、正座の緊張感。それが、熱くなっていた俺をどこまでも冷静にさせた。

 ……セラフィたちが、俺の近くに居る以上、もう関係者だ。


 ああして、一緒の住まいに住んで。結婚を前提に、日常を過ごしている時点で、もう負担を掛けないもクソもない。

 俺は、本当にただ、格好付けたかっただけなのかもしれない。


 自分でも気付いていなかった内心に、お袋の言葉で気付かされてしまった。


「カグラくんも、聞いていたみたいだし知ってると思うけど。あの人は、私のせいで魔王に取り込まれてしまったわ」


 ……バレてた。

 しかし、神妙な面持ちで話すお袋に。俺は「そんなことない」の一言がどうしても出てこなかった。


「私は足手まといになってしまった。でも、あの娘たちは違うわ。四人も居て、しかもみんな凄く強いわ」


「うん」


 セラフィもレリアもティールもフィーネルも、みんな。それこそ背中を預けて良いと思えるくらいに強い。

 それに、レンヤや魔王を前にしてもきっと物怖じしない心の強さもある。


「あの人は、魔王に取り込まれた。――あの人を取り込んだ魔王は、きっと歴々代々のどの魔王よりもずっと強い。

 だから、逆に聞くわ。カグラくんは、たった一人で、最強の魔王に挑むつもり?」


 ……親父は強かった。魔王も強い。


 あの時、対峙して。負ける気はしなかったけど、同じくらい勝てそうだとも思えなかった。恐らくあの魔王は普通じゃない。

 普通、神子なんて悪魔にとって劇毒だ。取り込んで生きている。それだけでもう、不自然なのだ。


「もう一度言うけど、あの娘たちは強いわ。それこそ、カグラくんに付き添っても死なないくらいには。だから、あの娘たちを頼りなさい。

 いつまでも、待たせてちゃ、かわいそうよ?」


 お袋から、その言葉が出されたときにはもう。俺はガタッ、とその場を立ち上がって、セラフィたちの元へ向かっていた。




                     ◇




「貴方たちは四人だから、四人なら。お願い。カグラを、支えてあげて頂戴」


 カグラの母親が頭を下げた後。カグラが、照れくささに耐えきれず、盗み聞きを中断し、走り去った後。

 カグラの母は、セラフィたちにこう言った。


「ところで、カグラくんが用があるから。境内で待っててって言ってたわ」


 言ったのだ。


 だから、セラフィたちは今舞神神社の境内に居た。


「(用って、何なんでしょう)」

「(カグラさんが呼び出すなんてっ……)」

「(そろそろかなぁ?)」

「(もしかしたら、悪いことかもしれません……)」


 カグラに呼び出された。


 それだけで、喜びと期待と不安と色んな感情が渦巻いてくる。

 セラフィも、レリアも、ティールも、フィーネルも。どこまでも純粋に、純愛に、カグラに恋をしていた。


 だから心臓がバクバク五月蠅くて、肋骨がきしむように痛んで、胸が苦しかった。


 こんなの初めてだった。


 セラフィもレリアもティールもフィーネルも、生い立ちや育ってきた環境が特殊だった故に、美少女であるにも関わらず、カグラに対してのこれが初恋だったのだ。

 だから、ドキドキする。


「セラフィ、レリア、ティール、フィーネル……」


 カグラが来た。




                    ◇





 格好付けている。


 親父を助けて、魔王との因縁を断ち切って。それからプロポーズしようってのは、やっぱり格好良いと思う。

 でも、セラフィたちに対する負担に関しては掛けないどころか増える。


 きっとセラフィも、レリアもティールも、フィーネルも。


 俺を助けて、魔王やそれに付随する悪魔に狙われる可能性があるのだ。


 ――いや、これも照れ隠しか。


 結局俺は、セラフィたちに「好きだ」と「愛している」と言われたのが嬉しくて、幸せで。そうでなくとも魅力的だと思っていたのに、すっかり俺の方も彼女たちのことが好きになっていたのだ。

 だから。


 お袋に、ああ言われて。あと一歩踏み出せない俺に勇気を与えられて、気付いた。


 何を隠そう、俺も、セラフィとレリアと、ティールと、フィーネルと、早く結婚したいのだ。

 そして、夢のいちゃいちゃスローライフを過ごしたい。


 四人は、そんな俺を待っているかのように境内で、緊張したように待っていた。


「セラフィ、レリア、ティール、フィーネル……」


 ゴクリ、と生唾を飲む。

 胸がドキドキうるさい。膝がガクガク震える。


 少しの怖さと恥ずかしさ、それ以上に緊張。


 ……やっぱり、魔王を倒してからの方が。勇気が、勇気が欲しい。


 そう物怖じして、躊躇う自分が最高に格好悪い。


「好きです!! ……俺で良ければ、結婚してください!!!」


 台詞だって、格好悪い。


 でも……


「はい」

「喜んで」

「勿論ですっ」

「宜しくお願いします」


 セラフィもレリアもティールもフィーネルも、了承してくれた。


 みんな涙ぐんで、泣きそうで。俺も、断られなかった安堵と嬉しさで久々に号泣しそうだった。

 ――流石に、格好悪いプロポーズの後に泣くのは格好悪すぎるから我慢するけど。


「カグラ様!!」

「カグラくん!!」

「カグラさんっ!!」

「カグラ様っ!!」


 セラフィがレリアがティールがフィーネルが、俺に抱きついてくる。


 俺も抱きしめ還す。


「好きだ――」


「「「「私も(です)!!」」」」


 こうして俺たちは結婚した。

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