入れ違いと殺す覚悟
『ガァァァ、セント・ルーナに悪魔が現れた。至急向かうベシ! セント・ルーナに悪魔が現れた。至急向かうベシ!!』
目覚ましアラームが、八咫烏の鳴き声だと軽く殺意を覚えるようになったこの頃。しかし今日に限っては殺意より、驚きの方が大きかった。
「セント・ルーナに悪魔が現れた!? ……その悪魔、セント・ルーナに張り巡らされている、あの教皇が張った結界を破ったのか?」
『詳細は解らない。タダ、セント・ルーナから祈りが届いタ!』
もし、悪魔が本当にセント・ルーナに張り巡らされた――魔王が全ての幹部を引き連れて壊しに掛かっても壊れないくらいに強固な結界を破ったというのなら、その強さは上級の邪神に匹敵する。
だとしたら『アレ』を出すしかないが……いや、アレは邪神じゃなかったとき出したら完全な裏目になる。
普通に悪魔だったら。『アレ』は邪神を倒せる可能性はあっても、悪魔は絶対に倒せない代物だ。
それに八咫烏は悪魔、と確かに言った。
それでもなお、邪神一点読みでアレを出してしまうのはリスクが高すぎる。
「……神降ろし、くらいは覚悟しないとな」
ただ、アレはアレで代償を持って行かれるから使いたくないのだ。
俺は大急ぎで、いつもの祈祷服に着替えいつも通りの儀式用の剣を腰に携える。
最悪、邪神だったら改めて『アレ』を取りに帰ってこよう。タイムロスが大きいけど、セント・ルーナには腕利きの聖騎士も、なんなら教皇も居る。
万が一はないはずだ。
「カグラ様、ちょっと待ってください。すぐに着替えてきますから」
俺のお供は、セラフィの番だったのか。
なんで着いてきたいのかは、やはり解らないけれど。それでも、今日がセラフィの番というのは丁度良かったかもしれない。
いや、良くないか。
肩に乗るほどのサイズだった八咫烏が、小屋程度の大きさにまで大きくなる。
何度見ても、不条理な光景だなぁと思いながら俺は、鴉の背中に乗ってセラフィを待った。
五分ほどして、セラフィが出てくる。
「鴉の鳴き声が聞こえたので、急いでお弁当詰めちゃいました。道中、一緒に食べましょう」
「ピクニックじゃないんだから……」
「すみません。カグラ様と一緒に居られるのが楽しみで」
そう言って笑うセラフィはかわいかった。
俺の心の中に渦巻いていた危機感や不安。それに伴う、心労を招くほどの緊張が少し和らぐのを感じる。
「それで、今日はどちらに?」
「セント・ルーナ。悪魔が出たって」
サッ、と。照れかテンションが高いのか顔が赤かったセラフィが、血の気の引くように青ざめさせた。
セント・ルーナに悪魔が出た。
結界を張られた。地震や疫病はあり得ても、悪魔は絶対に通れないあのセント・ルーナで悪魔が出た。
その衝撃が、先ほどの俺のように。否、セント・ルーナはセラフィの故郷でもあるのだ。俺以上にショックを受けている様子だった。
「乗って」
「は、はい。解りました」
あるいは、セント・ルーナじゃない適当な都市で悪魔が出たというのであれば。それこそ本当にピクニックだったかもしれない。
でも、そうはいかないのだ。
俺たちは、未知の悪魔が現れたという。セント・ルーナまで飛んで向かった。
◇
一、二月ぶりのセント・ルーナには、悪魔の気配なんて微塵もありやしなかった。
変わらぬ結界。変わらぬ城壁。変わらぬ街の人たち。
鴉が鳴き、邪神クラスの悪魔を警戒したのが肩すかしだったかのように、平和な様子だった。
大聖堂の鐘が無くなっていることを除いて。
別に、あの大聖堂の天辺に着いている鐘自体は所詮飾りに過ぎない。
結界を強めたり、悪魔を浄化したりなんて大層な効果があるでもなく。ただ、年末年始に、気分をリフレッシュさせるためにセント・ルーナの人たちに鐘の音を届ける――ただそれだけの役目しか無い、普通の大きいだけの鐘なのだ。
しかし、一流の職人が質の良い金属を使って作ったもので。おまけに教皇室の真上にある都合上、壊れることは疎か、錆びたりすることもない。
そんなはずの鐘が壊されていることは、やはり衝撃的だった。
「……どうやら、悪魔は既に去ってしまったみたいですね」
「あぁ。鐘の惨状を見るに、この街に潜伏してるって可能性もなさそうだな」
少なくとも、アレだけ暴れた様子では潜伏も糞も無いだろう。
悪魔は既に去った証拠だ。
でも、冷静に考えればこれが普通なのだ。舞神大社から、セント・ルーナまで約二日。二日も時間があれば、そりゃ悪魔も街の一つや二つ移動できてしまうだろう。
寧ろ、レミバーンで悪魔が暴れる前に始末できた、あの時の方が軌跡なのだ。
「って言うか、結界をすり抜ける悪魔が居ても教皇様もいるし。完全に骨折り損だったね」
「そうですね。まぁ、折角来ましたし教会の皆さんに顔見せだけでもしましょう」
「まぁ、そうだな」
教皇様はスッゴい怖いから苦手だけど、聖騎士とか祈り手には顔見知りも多いし、顔見せくらいはしておきたかった。
特に、俺が聖騎士になりたての頃バディだったフィーネルとか。久々に会いたい。
そんなこんなで、俺たちはルーナの大聖堂に足を踏み入れる。
◇
「フィーネルが攫われた!?」
「うむ。私が居ながら、不甲斐ない」
相変わらずの威圧感に内包された悔しさと怒りの感情。
教皇曰く、フィーネルは悪魔に攫われた。
「教皇様が悪魔に後れを取るなんて」
「すまぬ」
そう言って申し訳なさそうに教皇は頭を下げた。
セラフィは、顔を青ざめさせている。無理も無い話だ。フィーネルは、セラフィの妹なのだから。それに俺も、フィーネルが攫われたと言う事実はショックだった。
俺が聖騎士になりたての頃はバディだったこともあって、一番見知った相手だし。それ故に、不幸に遭ったという知らせは、スゴく心に来る。
「そ、それで。その悪魔って、どんな悪魔だったんですか?」
それ以上に、頭に来ていた俺は見つけ出して殺すつもりで。教皇に悪魔の特徴を聞いた。
「勇者――レンヤが、魔人になっていた。ルーナ神の祈りが奴には効かなかった」
勇者が悪魔になった。
なるほど。あいつは誰よりもルーナ様の寵愛を受けている。例え悪魔に成り下がろうとも、結界に弾かれることも無いだろうし、祈りで消滅することも無い。
鐘が壊され、教皇が後れを取り、フィーネルが攫われた。
そんな事態に陥った理由は解った。得心もいった。勇者がフィーネルにちょっかいを出そうとしていたことを思い出していた。
勇者はかつての仲間だ。
世界を救う使命がある英雄でもある。
だからこそ、以前、レミバーンで決闘を挑まれたときにも大いに手心を加えた。
俺は勇者のことが嫌いじゃ無かったし、今もさして嫌いではない。
……そもそも、舞神の神子は好き嫌いで悪魔を狩っているわけでは無い。
ただ……
「勇者――いや、レンヤ。欲望のために、悪魔にまで身を落とすか」
例えかつての仲間でも。いや、仲間だったからこそ、俺が。俺が、悪魔に墜ちた勇者を殺さねばならない。
狩って、消滅させねばならない。
俺は軽く携えた剣に手を掛けながら、独り言のように誓う。
「レンヤ。次会った時は、お前を確実に殺すときだ―――」
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