セント・ルーナでの攻防戦 前編

 セント・ルーナの中央に聳え立つ壮大で荘厳な大聖堂。


 ルーナ教の総本山であるその教会の天辺には、年始になると神への祈りを響かせる神聖で巨大な鐘が着いている。


「あれを、壊せば良いのか」


 確かに、ルーナの大聖堂には腕利きの聖騎士が何人も駐在している。

 剣だけなら、祈りだけなら――聖騎士時代のカグラをも凌ぐ実力者揃いだ。


 それらが何人、何組と鐘を護れば如何に勇者と言えど突破は難しい。


 ――勇者なら、だ。


 レンヤはもう、勇者じゃない。魔王と契約した魔人なのである。


「はぁぁぁあああっ!!!」


 レンヤは両手を合わせ、背中を力ませる。

 殻を破る感覚。今まで存在しなかった部位に神経が形が与えられる、奇妙な感覚。次の瞬間、勇者の額には二本の角が。

 そして、背中にはコウモリの皮膜のような二枚の翼が生えていた。


 人型の悪魔。魔人。


「あ、悪魔……悪魔だ!!!」


 目撃した、街の人たちが一斉に騒ぎ出し。一目散に、逃げ惑う。


 レンヤは圧倒的な力に慢心して、敢えて目立つ街中で新しい姿をお披露目した。


「今の俺なら、飛んで行けるんだよ!!!」


 レンヤは一直線に、ルーナの大聖堂の天辺にある鐘に向かって飛翔し。そのまま、どす黒く染まった聖剣を振るって、叩き付ける。


 小さな小屋ほどある大きな鐘が、勇者のかつて聖剣だった剣の一振りによって、切られ砕かれ、破片が大聖堂の三角屋根でグォーン、ガラガラ、ゴローン、ゴローンと音を縦ながらばらばらに墜ちていった。


「目的の鐘は壊したし、チョロい初仕事だったな。さて、じゃあ、どの女を持って帰るか」


 レンヤは街を物色するように、見下ろした。


 レンヤの壊した鐘の鳴る音が、ルーナ教に対する宣戦布告のゴングとなった。




                  ◇





「む、ルーナ様の結界を破った――否、すり抜けた悪魔がおる。……この気配、まさか勇者か」


 禍々しい悪魔の気配と、聖神ルーナに愛された勇者。一緒に居る、応戦していると思うよりも、同一個体であると思った方が自然なまでに、不自然に近い二つの気配。

 カグラを追放し、仲間を手籠めにしようとした浅はかな勇者であったが。それでも真っ直ぐで素直な男であった。


「よもや、悪魔。魔人に墜ちる程まで愚かな男だったとは。やはり、早々に始末しておくべきだったか。プラネス、今すぐ戦える者を集めろ!!」


 怒りと失望を同時に顕わにする、教皇の怒気は偶々近くに居たプラネスにもろに向けられる。

 失禁しそうなほどの、圧倒的な怒り。


「(なんで。いつも貧乏くじを引くのは僕だ)」


 そんなことを思いながら、プラネスは伝令の祈りで聖堂内にいる聖騎士に声を届かせる。


『聖騎士たちよ、敵襲です。総員戦闘の用意を』


 その瞬間だった。


 聖堂の天辺から、鐘が崩れ墜ちる音がグォーン、ガラガラ、ゴローン、ゴローンと鳴り響いたのは。

 教皇の怒りが、哀しみが、失望が聖堂の外に居る人にまで伝わるほどびりびりと爆ぜた。

 プラネスは、伝令を伝えるために教皇から距離を取ったはずなのに、震えが止まらなかった。


「勇者、否。レンヤ!! 貴様には失望した!!! ただでは済まさぬ。ただでは殺さぬ。魔王!!!! これは、我らルーナ教への宣戦布告と受け取るぞ!!!!!」


「おぉ、教皇が怒ってる。相変わらず、怖ぇぇ」


 教皇室の天井を突き破って、悪魔の角、悪魔の翼を生やしたレンヤがへらへらと嗤いながら舞い降りてきた。


「貴様、よくも私の目の前に姿を見せられたものだな」


「そうそう。それで、教皇に聞きたいことがあるんだけど、ルーナ教で一番かわいいフィーネルちゃんってどこに居るの?」


「教えると、思うか?」


「言わないなら、用はないや。教皇と戦うのは面倒だし、自分で探すね」


 勇者はひらひらと舞い降りるように飛んで、教皇室の入り口を抜け大聖堂へ入ろうとする。

 教皇は、常に手に持っている自らの身長ほどあるロッドを手に取り。

 その中に仕込まれていた刀を抜いた。


「仕込み杖、知らなかった!!」


「神よ。不届きなレンヤを永久凍土へ誘う、剣の祈りを聞き届けたまへ『聖氷十字斬りセイント・クロス・アブソリュートゼロ


 レンヤの悪魔の翼が、胴の側面が十字に斬り裂かれ、氷結する。


 ルーナ教において、最強の聖騎士は確かにカグラだった。

 祈りも、剣も司教を越える実力を持ち、その二つを両立出来るカグラは対悪魔との戦闘において『聖騎士最強』だったのだ。


 しかし、ルーナ教最強はカグラではなく教皇だ。


 教皇は、聖騎士ではないが。どの聖騎士よりも達者な剣技と強い祈りを扱える。


「うがぁ、い、痛ぇ!!」


 レンヤの翼が肉体が、斬られた箇所からジワジワと全身に氷結が浸食していく感触を明確に感じ取っていた。

 氷結は的確に、悪魔の部分を凍らせ殺しに行っているのだ。


「だけどな。……ルーナ様は、魔人になっても勇者である俺の死を許したりしないんだよ!!」


 シュワシュワと、レンヤを苦しめていた氷結は溶けて蒸発する。

 どす黒く染まっていた聖剣は、いつの間にか元の光り輝く黄金に戻っていて。レンヤの翼も角も、いつの間にか消えていた。


「なんだと……」


「今の俺は、半分悪魔で半分勇者だ。それを俺は自在で切り替えることが出来る。勇者であるときの俺を、ルーナ様は傷つけることを許してくれるのか?」


「ぐぬぬ……」


 生意気に、教皇を挑発する勇者。しかし、それは非常に深刻で厄介な事象だった。


 教皇は苦し紛れに呻いてから、瞬歩で勇者の元へ距離を詰める。


「『聖刻真一文字斬りセイント・スラッシュセイバー』」


「ぐはぁっ!!!」


 レンヤの胴体が、下半身と上半身に真一文字に斬り裂かれた。

 強烈な痛みと、上半身と下半身が離れる衝撃。恐ろしさ。レンヤは聖剣をどす黒く染め、悪魔の羽と角を生やしながら一目散に教皇から逃げ、距離を取る。


「『瞬歩』!! 『瞬歩』!!」


 剣術を学ぶ際に培った移動術と、悪魔の飛行でどうにかこうにか教皇から距離を取る。そんな勇者を教皇は敢えて追うことはしなかった。


「厄介だ。悪魔の際のレンヤを殺す際には祈る必要があるが、勇者に戻れば無効化され。勇者の状態のレンヤを普通に物理で斬り殺そうにも、悪魔に戻られれば持ち前の再生力で瞬く間に再生されてしまう」


 ただ、レンヤが悪魔と勇者そのスイッチを切り替えているだけで教皇の攻撃は実質的に無効化される。

 教皇には、レンヤを殺すための決定打がなかった。


 それに、教皇は例え勇者によって聖騎士や教徒の数人が犠牲になるとしても、教皇室から出たくなかった。


 しかし、レンヤはレンヤで焦っていた。


 確かに、レンヤが悪魔に勇者に切り替えているだけで殺されることはないかもしれない。でも、勇者の身体を斬られるのも、悪魔の身体を祈りで蝕まれるのも痛くて。苦しくて、怖いのだ。


 負けないけど、勝てない。


 新たに得た莫大な力に天狗になって、ちょっかいを出したことを後悔していた。


『レンヤよ。鐘を壊したのであれば、すぐに戻れ。長居は無用だ』


 レンヤの頭の中に、魔王の声が響く。


 確かに、言われたとおり仕事は果たした。

 だが、レンヤの目的は未だ果たしてない。


 しかし、教皇に追いかけられることを考えると、フィーネルを探すなんて悠長な真似は出来ない。

 追いつかれて、また祈りと剣術で痛めつけられるのはご免被りたかった。


『くそっ、じゃあ女は?』


『攫わずとも、サキュバスは器量が良い。望むなら、他にも女奴隷をあてがっても構わぬ。良いから帰ってこい』


 魔王にとってレンヤは、折角手に入れた対舞神の神子最終兵器なのだ。


 セント・ルーナに張られた悪魔払いの結界すらも通過できると知った以上こんなところでみすみす死なれたら堪ったものじゃないのだ。


 しかし、そんな勇者を阻んだのは3人の聖騎士と。お目当てのフィーネル――ルーナ教において、教皇、セラフィに次ぐ凄腕の祈り手だった。


『……フィーネルを、見つけた。五分だけ、待ってくれ』


 勇者は魔王に伝令を飛ばし、舌なめずりをした。

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