そして、謝られた

 レミバーンにて、魔王軍の四天王だという悪魔を倒したり。勇者と一悶着あったりして。舞神神社に帰ってきた次の日。

 いつもなら(まだ二回しかないけど)寝て起きたらすぐに鴉が鳴くのに。正午を過ぎても鴉は鳴かない。


 これまでの頻度が異常だったのか、それとも今がレアケースなのかは解らないが。


 昼食の後、日向ぼっこしながらぼーっとしていても誰にも咎められないくらいには平和だった。


「カグラ様、お茶です」


「ありがとう」


 お茶を受け取って一口飲む。

 セラフィは、俺の隣に座って「お菓子も如何ですか?」と切られた羊羹をあーんと食べさせてくる。


「え、いや自分で……」


「あーん」


 あむ。……まぁ、気恥ずかしいけど。抵抗するほどのことでもないか。

 俺は、気恥ずかしさを誤魔化すように茶を啜った。古い茶葉の味がする。


 後で、街に買いに行くか。


 そんなことを考えながら、未だ高い日を眺めた。

 思い返せば、聖騎士になる以前。祈祷師としての修行をしていた頃から、こんなにものんびり出来る時間は中々なかった。

 幸せだ。でも、ちょっと退屈だな。


 そんなことを思い始めた頃合いだった。


「その、カグラ様。先日のことなんですけど……」


 セラフィは緊張したように、ふぅと息を吐いてから。

 徐に、俺の前に歩いて。俺に対面するように、正座をした。


 襦袢の上に、赤い羽織を羽織った金髪の美少女が。背筋を伸ばした、ほれぼれするほどに美しくぺこりと頭を下げる。

 土下座だった。


 ……土下座なんて、卑しくて屈辱的で恥ずかしい。そんなイメージがあるけれど、本当に気高い人間がすれば、こうも美しく気品のあるものになるのか。

 思わず、魅入ってしまう。


「ごめんなさい!! 私が勇者の挑発に乗ってしまったばっかりに、カグラ様に大変なご迷惑をお掛けしました!!」


「って言うか、土下座?! 良いから、あ、頭を上げてくれない?」


 普通に魅入ってたけど、冷静になってみれば女の子に土下座させてるなんて、とんでもない絵面だった。

 こうも畏まって謝られると、戸惑ってしまう。


 俺は、あたふたしながらセラフィが謝ってる原因を考えていた。


 ご迷惑? 勇者、先日……あぁ!

 セラフィたちの身柄を賭けるとか言う、勇者との決闘を受けたのはセラフィだったことを思い出した。


「い、いや。別に良いよ。その、セラフィは俺のために怒ってくれたんだし」


 実際、勇者との決闘自体は面倒だったし乗り気じゃなかったものの。

 セラフィが怒ってくれたことも。俺が負けたら、勇者の奴隷になるのに。俺を信じてくれたことも、光栄だし、嬉しかった。


 それに寧ろ――


「謝るとしたら、俺の方だよ。……勇者パーティに居たとき、いや。聖騎士時代からずっと、力を隠すような真似してごめん」


 俺は、セラフィに倣ってその場で土下座をした。


「あ、頭をお上げくださいカグラ様。こんな、じ、地べたで!!」


「じゃあ、セラフィも頭上げてよ」


 そう良いながら、頭を上げて俺はまた縁側に座り直した。

 セラフィはそれを見てから立ち上がって、また俺の隣に座り直す。


 俺はお茶を啜って、羊羹を一口かじってからもう一度頭を下げた。


「で、でも! 聖騎士時代も、勇者パーティに居たときも手抜きしたことは本当に、ないから!!」


「ふふっ、知ってましたよ。ずっと。カグラ様がルーナ様じゃない神様を信奉していることも。なにか他の力があることも。

 そして、誰よりも信心深くて、努力家で、器の大きい人だってことを。だからその悪いだなんて、思わないでください。聖騎士のときのカグラ様も、今のカグラ様も、私は貴方のことが好きなのですから」


 なんか、こう。面と向かって好きって言われるのはスゴく気恥ずかしくって。


 信心深いとか、努力家とか、器が大きいとか。底なしに褒められてしまうと、少しばかり恐縮してしまう。

 俺は、そんな形容しがたい感情――いや、普通に『照れ』てるんだ。俺。


 俺は赤面する顔を誤魔化すようにそっぽを向いて、話題を逸らす。


「る、ルーナ教の聖女的には。異教徒が聖騎士をやってることに、嫌悪感みたいのはなかったのか?」


「お恥ずかしながら、最初の頃は多少、ありましたね。でも、真摯なカグラ様を見ていると祈る神様は違えども、信じる気持ちは一緒だなって思いまして。

 ほら、哀しいじゃないですか。神を信じるもの同士が、祈る神が違うってだけでいがみ合うのは」


「そうだね」


 実際、みんながそう言う考えなら宗教戦争なんて不毛な戦いはなくなるのかもしれない。

 でも、ルーナ教の人たちもそうだし。俺の両親もそうだったし。


 神に仕える人間は、なんでか解らないけど他の神に仕える人間と相容れないのだ。


 そんなことを考えたり。セラフィと話したり。そんなことをしてのんびりしてる間に、日も結構傾いてきた。


「そうだ。街で茶葉買ってこようと思うんだけど、他に何か買うものある?」


「え? いえ、買い物なら私が行きますよ! カグラ様はゆっくりしててください」


「いや、俺は瞬歩ですぐに着くし。それに街は山脈を越えないと行けないよ?」


 ティールやレリアなら兎も角、セラフィは祈り特化の聖職者だ。

 何千メートルとある山脈を往復するには、何日もかかるだろう。


「え、だ、だったら、ティールとかに行かせます!!」


「……まぁ、今日は動いてないし、鈍っちゃうから。散歩がてらってことで」


「そ、それなら、その……新鮮な野菜と魚――とりあえず、大根とネギとショウガとブリを買ってきていただけると助かります」


 お、今日の献立はブリ大根か。




                     ◇




 舞神の神子は、報酬を受け取らない。

 ……俺は受け取ろうとしたけど、鴉に止められた。


 それでも生活に困らないのは


「おや、舞神の神子さん。大きくなって、四年ぶりくらいかい? 当主様は元気?」


「今、当主は俺が引き継いだんですけど。親父は肩の荷が下りたーとか言って、すぐ新婚旅行に行っちゃったので多分元気だと思います」


「そうかい。ときが経つのは早いねぇ。ほれ、ネギと大根とショウガ。あと、シイタケが立派なのが出来たから持って行ってくれ。お代はいらないよ」


「あ、ありがとうございます。いつもすみません」


「なんてことないさ。舞神の神子さんは、何千年も前から無償で私たちを天災から守ってくれるし。持ちつ持たれつってやつさ」


 ……こんな感じで、祈祷服を着て買い物をすると、大抵の品物が無料で手に入るからである。ただ、無料で貰うってのもそれはそれで心苦しいし。やっぱり普通に、お金で買いたいとは思うけど。

 鴉が受け取らせてくれないから、致し方なし。


 そんなこんなで、茶葉とブリを買って。瞬歩で舞神大社に戻る。




                    ◇




 鴉が鳴かないまま、四日の時が流れた。


 屋根のある寝床。三食出される、作りたての温かいご飯。毎日三十分でも一時間でも入れるお風呂。

 極楽浄土は、極楽浄土はここに存在したのか!?


 そんな錯覚さえ覚える、本当に幸せな四日間だった。


 もしかしたら鴉は、俺の「出来れば一週間くらい鳴かなくて良い」という心の呟きを聞いて、休暇をくれてるのかもしれない。

 だとしたらあと三日、残された休暇を満喫――


『ガァァァ!! ミルナスが不作で飢えている!! 至急ミルナスへ向かえ!! 至急ミルナスへ向かえ!!!』


 ――出来るはずもなく。


 まぁ、この四日間はただの気まぐれ。もしくは偶々なのだろう。

 そんなことを思いながら、俺は祈祷服を身に纏った。


「さて、舞神の神子のつとめを果たしますかね」

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