君を殺すまでの物語
森野 のら
葉山と四月一日
第1話
______学校の怪談とはきっとこういう風に生まれるのだろう。
屋上へ続く扉の前で、女が膝を抱えて泣いている。
すすり泣く声は階段を上る最中から聞こえてきたが、たとえどんなに理由があったとしても私のお気に入りの場所を奪っていい口実にはならない。
扉に背をつけて泣いている女の前に立つと、女はようやくアクションを起こした。
ジトっと、膝につけた腕でしっかり隠していた、泣き腫らした赤い目でこちらを睨んでくる。
あぁ。あいつか。
綺麗な黒髪をツインテールにした小柄な女、その特徴的な気の強そうなツリ目、いつもはぼんやりと半透明な記憶の中の顔ぶれに思い当たる人間がいた。
同じクラスで隣の席の
姿は見たことないが特定の男とよくつるんでいるらしく、悪い意味で浮いてるやつ。
……まぁどうでもいい。
私は小さく鼻を鳴らすと、未だ離れない視線を横目に隣に腰掛けて、菓子パンを取り出す。
スマホで動画サイトを開くと、昼休み用と書かれたリストを最初から再生しようと、ポケットからワイヤレスイヤホンを取り出そうとする。
___ねぇ。
だがそれは幼さの残る声によって止められた。
「なに?」
「あんた無神経とか頭おかしいとか言われない?」
「言われるほど人と関わってないからな」
「そう、寂しいのね」
無神経さならば私とタメ張れるぐらいにはこいつも無神経だろう。
あいにくと私はそんな言葉で傷つくほど純粋でもない。
「そこは私の特等席だから泣くなら別の場所に行ってくれ」
「嫌よ。私が先にいたんだもん」
「じゃあ、ここで飯食うから文句言うなよ?」
「ジコチューめ……あんた一年?名前なんて言うの?」
まぁ、さっきの反応から分かってはいたけどやっぱり覚えていないか。
同じクラスの顔ぐらい嫌でも覚えると思うが……いや、私も全然覚えてないけど。
「
「まじ?」
「まじ」
葉山は、んーっと首を捻ってやっぱ覚えていないと小さく笑う。
何が面白いんだ。
割引シールが貼られた惣菜パンを取り出すと、隣でぼーっとしていた葉山が口を開く。
「四月一日は、なんでみんなとご飯食べないの?」
「一人が好きだから」
「その無駄に伸びた前髪を切るか止めるかすれば友だちの一人や二人できそうだけどね。なんか怖いし」
「お前、人の話聞かねえだろ」
「よく言われる」
まぁ、確かに。髪は伸びてる。
それは誤魔化しようがない事実だ。
……美容室が苦手な身としては切るのは最低限にしたいんだがそろそろ指導が入りそうだし切らないと。
「髪留め貸そうか?前、見にくいでしょ?」
「……要らない」
「えー、した方が絶対良いよ!」
「お前に何か貸しを作るのが嫌すぎる」
「いいじゃん。こっちは泣きべそかいてる姿見られてんだし」
「何がいんだよ」
ポケットから髪留めを取り出した葉山は、小さな手で私の髪に触れる。
抵抗する暇もなく、人の手の感触が、少しくすぐったくて身を捩ってしまった。
「ん、できたよ」
その言葉に、瞑っていた目を開く。
少し開けた視界で見えるのは、美醜逆転した世界でなければ間違いなく美人に振り分けられるだろう女だ。
そんな女が間抜け面で、ぽかんと口を開けている。
少し滑稽だ。
「……あんた、顔良いわね」
「は?頭だけじゃなくて目もダメになったか?」
「あんた、口悪すぎでしょ。友達できないわよ」
「お前にだけは言われたくない」
「あはは、たしかにそうかも」
興味なんて持つつもりはなかった。
だけど会話を続けてしまい、普段から何も考えていない脳みそが口から勝手に物事を吐き出す。
「で、そんな友達ができない女はなんで泣いてたんだ?」
口から出た言葉は取り消せない。
だから訂正しようと口をパクパクとさせるが、直ぐにかぶりを振って「なんでもない」と顔を逸らして呟く。
葉山はそんな私に苦笑いを浮かべて小さく呟いた。
「フラれたのよ」
その言葉にギョッとなる。
あんなに泣いてた理由がそれ……?
どうやら相容れることのできないメルヘン王国の住人だったらしい。
私の表情を見て、葉山は不貞腐れたように顔を逸らした。
「どうせくだらないって思ってるんでしょ」
「せいかい」
「ふん。いいのよ別に。分かって貰えなくても。ただ私はそういう人間なの。自分のこともよくわからなくて結局、曖昧なものに依存することしかできない」
「それが分かってるならいいんじゃねえの」
人間なんて何かに縋らないと生きてはいけない。依存は結局のところ、知性だけが肥大化してしまった人間の性だ。
「自分でちゃんと分かってるならいつか変われるって、少なくとも私は思うよ」
……少し偉そうだったか?と横目で葉山を見るとぽかんと口を開けてアホ面を晒していた。
そして直ぐに神妙な顔で、顎に手を当てる。
「……ねえ、四月一日の下の名前ってなんて言うの?」
「急になんだ?」
「いいから」
「……
「瑠璃ね、似合ってるね。ちなみに私は
「っぽい名前……」
「ねえ、瑠璃」
「いきなり呼び捨てかよ。なに?」
「私が友だちになってあげようか?」
袖を掴んで、そう笑う葉山。
まるで私が友だちが欲しいみたいな口ぶりだ。
どうやって断ろうかと、思案していると、その表情が少し曇る。
「……なって、くれないの?」
上目遣いで、本当に悲しそうに小首を傾げる葉山は、悔しいが本当に可愛い。
モデルと言われても納得してしまうぐらいには。
詳細を言うと、面食いの私にはクリティカルヒットだった。
「はぁ。別にいいけど私みたいなのと一緒にいると不良だと思われるぞ」
「別に不良ってわけじゃないでしょ?口は悪いしブレザーの下にパーカー着てるけど」
「指導入らないしいいだろ」
「一応結構な進学校なんだからそんなことしてるの一部だけだよ」
「んなこと言われても楽だし」
葉山は大げさにため息をついて、八重歯をむき出しにして笑った。
「まあいいか。そういうところに惹かれたわけだし……ってそろそろ昼休みが終わるじゃん」
「……昼飯食いっぱぐれた」
「それはごめんね。今度、埋め合わせするから、教室に戻ろう」
「一緒に?」
「もちろん」
葉山が楽しそうに階段を下りていく。
さっきまで泣きべそかいてたやつとは到底思えない。
時折振り返って私がいるか確認する葉山に少し肩を落とすと、少し足を早めてその後を追ったのだった。
葉山が教室の扉を開けると、教室の視線が葉山に集中する。
女子や男子の一部は何やらヒソヒソと話し合っているような感じだ。
葉山は一瞬怯んだように肩を跳ねさせて、俯きがちにそのまま席に戻っていく。
ここまで噂が広まるのが早いとは思わなかった。私が昼飯を食いっぱぐれていた時に何があったのやら。
続いて私が入っていく。
髪を留めているからいつもより人の顔が見える。
そんな私にも不躾な視線が向けられて気分が悪い。
目を細めて視線を返すと直ぐに逸らされてしまった。
葉山が窓際の席に座り、私もその隣の席に座る。
五限目が始まるまで10分か……
にしても腹が減った。それは昼飯も食べないで泣いていた葉山も同じだろう。
軽くなっていない袋から惣菜パンを二つ取り出す。一つはタマゴ、もう一つはツナマヨが挟まっている少し大きめのホットサンド。
とっくに冷めてしまっているが。
「腹減ってねえの?」
「ん?あー、少し……」
「ツナマヨかハムタマゴ、どっちかやるよ。10分じゃ2つ食べれないだろうし」
「いいの?」
きょとん、とアホ面の葉山に私は茶目っ気十分に軽く笑みを浮かべてこう返してやる。
「友だちなんだろ?」
「……似合わないよ?」
「うっさい」
くすくす、と小さく笑いながらツナマヨを受け取る葉山。それを横目にハムタマゴを食べる。
それから会話はなく、不躾な視線を受けながら黙々と食事を続けたのだった。
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