第25話 「……言われなくても、わかってますよ」
タンポポの種は、落下傘を広げ、大空をゆっくりと散歩する。
ヤシの実は、潮の流れに身を任せ、浜から浜へと渡り歩く。
アケビの種子は、熟れた果実で野鳥を呼び寄せ、新天地へと旅立つ。
数多の植物が各々の進化を遂げる中、とある植物は、種子そのものの意識と知能と身体を発達させた。自らの頭で判断し、自らの足で動く。移動能力をもつ種子、それがルクナッツだ。
突如、現れたルクナッツは、わたしたちがあれほど苦戦したゴーレムをこともなげに倒してみせた。
「助けてくれてありがとう。わたしはエイシャ、こっちはシュテリア。……あの、あなたの名前は」
「名前とかどーだってよくねーか?」
「でも、命の恩人だし、名前を知らないと呼び方にも困るし」
名前を尋ねた理由は本当のところは違う。
アリーチェからお金を盗んだ犯人のことが頭をよぎったからだ。
アリーチェの元パーティメンバー、ルクナッツのシーフォ。それが犯人の名だ。
かのルクナッツは街の外へと逃げていった。今、目の前にいる人物は、種族といい、迷宮で出くわしたことといい、それから何よりゴーレムを倒した時の手際の良さといい、一緒に行動していたらしきエントの姿が見えないことを除けば、ほとんど条件は合致している。
「ヘルボルトだ」
偽名の可能性もあるが、さすがに面と向かって問いただす気にはなれなかった。相手は命の恩人なのだし、先ほどの戦闘を見るかぎり、このルクナッツは恐ろしく強い。強引に問い詰めたところで逃げられてしまえば、わたしたちには打つ手がないだろう。
ひとまず、この件は頭から追い払うことにした。
「で、オマエら何者だ。こんな危険な場所にいるとか、死にたがりかよ」
「一応これでも探索者なんだけど」
「だとしても、ゴーレムも満足に倒せないなら死にたがりと同じだろ」
「あー、ね」
返す言葉もない。
パーティ分断は予想外とはいえ、シュテリアと二人きりになった途端このありさま。さすがにアリーチェに頼り過ぎていた自覚はある。
「まあ、いいや。そっちの事情なんざ別に興味ねーし。それよりも、ホラ」
ヘルボルトと名乗ったルクナッツは、わたしの前に手を差し出した。
よくわからないまま手を握ろうとし、その手をぴしゃりと払われる。
「握手じゃねーよ。わかんだろ。金だよ金。オマエらの命を救ってやったんだから、お礼に金をよこせつってんの」
命の恩人とはいえ、なかなか横柄な態度だ。思うところがなくはないが、命には変えられない。
わたしが複雑な面持ちで財布を開く横で、シュテリアが話を切り出した。
「あの、お願いなんですけど……ボクたちを同行させてくれませんか。もちろん、お礼はします」
「なんでオレがそんなことしなきゃいけねーんだよ」
「でも、ボクたちだけだと、またゴーレムに出逢ったらどうしようもないので」
「……知るかよ。探索者なら死ぬ覚悟くらいしとけ」
「お願いします」
情に訴えるようにひたすら頭を下げるシュテリア。わたしも急いで頭を下げた。
「……チッ、わかったよ」
駆け引きもへったくれもないただのゴリ押しだったが、最終的にヘルボルトの協力を取り付けることができた。
考えてみれば、ヘルボルトとしては、金だけが目当てなら、わたしたちがゴーレムに倒された後に死体から回収することもできたはずだ。それをせず、わたしたちを助けてくれたのだから、もとより交渉の余地はあったのだろう。
「先に言っとくけど、オレはまだ帰るつもりはないからな。ついてきてもいいけど、指図は受けねーぞ」
ヘルボルトは吐き捨てると、すぐさま歩き始めた。苛立ちを見せつけるように、わざとらしく足を踏み鳴らす。
「あっ、待ってください」
「なんだよ」
「探索を配信するために、
シュテリアもよくもまあ、めげないものだ。
感心していると、ヘルボルトが勢いよく首を横に振った。
「やめろ。絶対、ダメだ。配信するな」
「どうしてですか」
「どうしてもだ。もし配信するならさっきの話はなし、ここに置いてくからな」
あまりの拒否反応にシュテリアは困惑した様子で手を止める。
「もしかして、配信はしない活動スタイルとかでしたか」
「うるせーな。イヤなもんはイヤなんだよ。そもそも、オレは探索者じゃねえ」
「えっ、探索者じゃない」
「んだよ。わりーかよ」
シュテリアが驚嘆するのも無理ない。かくいうわたしも驚いていた。
迷宮に足を運ぶ人は、そのほとんどが探索者だ。それ以外が立ち入れないわけではないが、こんな危険な場所にわざわざ来る理由は普通はない。
ずかずかと迷宮を進むヘルボルトの後ろ姿を見つめながら、ふと考えないようにしていたシーフォのことを思い出す。
アリーチェの元パーティメンバーということは、シーフォも選抜試験には合格していない。つまり、もしそのままなら、シーフォも探索者ではないはずだ。
「…………」
どうにも不信感が
ヘルボルトへのスタンスを決めかねていると、隣でシュテリアが小声で囁いた。
「やっぱり怪しいですか」
「まあ、偽名の可能性もあるし」
「それはないと思いますよ。名乗っていた時、不自然な感じはしなかったので」
「そう?」
「間違いないです」
「……そう」
シュテリアがそう言うのなら、気にしないことにしよう。
ヘルボルトを加えた探索は実に順調だった。
ゴーレムが道を塞ぐたびに、ヘルボルトが一瞬で無力化し、その後ろをわたしたちはカルガモ親子のごとくついていく。アリーチェが見たら、緊迫感に欠けるだとか、探索が台無しだとか言いそうだが、わたしからすればこれほど楽なことはない。
しかし、いつまでもそうしていられるはずもなく、ゴーレム以外のモンスターの出現で状況は変わった。
「虫か。パスだな」
「ちょ、ヘルボルト!?」
通路に広がるヨーウィーの群れ。
トカゲと虫を掛け合わせたようなモンスターを前に、ヘルボルトはさっさと後方へとさがっていった。
ゴーレム相手の時とは打って変わった及び腰。シュテリアが困惑気味で声をかけた。
「どうしたんですか」
「どうしたも何も、相手したくないヤツからは逃げるんだよ」
「逃げるって、あれ、ヨーウィーですよ」
恐れるほどの相手ではない。そう言わんばかりのシュテリアに、ヘルボルトは苛立ちを隠そうともせず言い返す。
「うるせーな。ゴーレム以外は相手しねえって決めてんだ」
「そんな、どうして――」
「楽に倒せねーから。文句あるか?」
少なくともわたしには文句はない。
戦わずにすむなら越したことはないし、逃げてすむならさっさと尻尾を巻いて逃げてしまえばいい。
「では、ボクたちで倒しましょう」
「……え?」
「ボクが突撃するので、エイシャは援護お願いします」
「あー、や、でもわざわざ戦わなくても」
口を濁すわたしに、シュテリアがきっぱりと首を振る。
「実践なくして成長はありえません」
「それは、まあね」
「では行きましょう」
その熱意は果たしてどこから来るのか。
果敢に突撃していくシュテリアの後方、わたしはため息混じりに
「……あー、しんど……もう、戦いたくない」
「思ったよりも強かったですが……なんとか、勝てましたね」
ヨーウィーの群れを掃討したわたしたちは背中合わせで、へたり込んでいた。
舐めてかかった割には、ヨーウィーは厄介な相手だった。
トカゲに似たただの虫かと思いきや、まさか口から火を吹いてくるとは。
「へぇ、どうやらオマエら、まったく戦えないってわけでもなさそうだな」
「……少しは手伝ってくれてもいいのに」
「ゴーレム以外は相手しねえつっただろ。何度も言わせんな」
「楽に倒せないから、だっけ?」
「ああ、そうだ」
ヘルボルトはうなずいたが、わたしにはどうにも納得できなかった。
「面倒な相手を避けるのはわかるよ。でも、ゴーレムの方が虫よりも遥かに『楽に倒せない』と思うんだけど」
「わかってねーな」
ヘルボルトはニヤリと笑みを浮かべると、一枚の葉っぱを取り出した。
最近、どこかで同じようなものを見た気がする。
「それって、ゴーレムの首元の?」
「なんだ、知ってんのか。そう、ゴーレムの
「くすねるだけ……」
口で言うほど簡単なこととは思えないが、このルクナッツは実際にそれを何度もやってのけた。こうして、タネを明かされなければ、あの早業が何だったのか気づくこともなかっただろう。その手際の良さは、探索者というよりも、盗賊や手品師だと言われた方がしっくりくる。
「ま、人には誰でも向き不向きがあるんだから、勝てる試合にだけ挑めってことだ」
「ゴーレム以外の相手は不向きだから、戦わないと」
「そうだな」
できることはやる。できないことはやらない。そういう割り切った考え方は嫌いではない。
「向き不向きでいうと、エイシャ、オマエは意外と強いけど、探索者には向いてなさそうだな」
「へえ、どうして?」
「すっげえつまらなさそうに戦う」
「あー、ね」
自覚はある。迷宮探索の楽しさが、わたしにはいまいちピンとこないままだ。
こればかりは仕方ない気もするが、初対面の相手にすら見抜かれるほど態度に出ているのはマズいかもしれない。
「そんなにつまんねーなら、他のことに目を向けてみろよ。自分に向いてないことしても碌なことにならねーぜ」
「それは体験談?」
「……まあな」
語って聞かせたいものではないのだろう。ヘルボルトは言葉を濁しながらうなずいた。
「……でも、挑戦しないままではいつまでたっても勝てない相手には勝てません。できないこともできないままです。ずっと」
背後からどこか険のある物言いが飛ぶ。
振り向くと、シュテリアのジト目気味の単眼と視線が合った。
「んだよ、オレへの当てつけか? それとも自分への慰めか?」
「っ!」
「オマエ、エイシャの援護がなかったら、さっきの戦闘で火だるまになって転がってるぜ。その自覚はあるのかよ」
「それは――」
口ごもるシュテリアにかわり、わたしは口を挟んだ。
「あー、わたしたちパーティで戦っているわけだからね。援護があるのは当然だし、そこが無かった場合の話をしても仕方ないんじゃないかな」
口論が白熱しないようなだめたつもりだったが、逆効果だったかもしれない。
「じゃあ、もっとはっきりわかりやすく言ってやろうか。シュテリア、オマエも探索者に向いてねえよ。オマエの場合はエイシャと違って、単純に戦闘のセンスがない」
「……」
「敵を強引に食い破る突破力も、味方を守り抜く鉄壁の護りも、死んでも敵を倒すような気迫も、何も感じねえ。どれもそこそこで飛び抜けたものがない。パッとしないんだよ」
容赦ないヘルボルトの発言に、わたしは無言で頭を抱えた。
ここは迷宮の中。わたしたちはヘルボルトに置いていかれたら、生き残る術がない。それでなくともパーティ間の不仲は、容易く壊滅につながるだろう。いくら突発的な臨時パーティとはいえ、仲違いは避けたかった。
「……言われなくても、わかってますよ」
シュテリアも言い争うつもりはないのか、それ以上、言い返すことはなかった。
口を開くことすら億劫な微妙な空気が漂う。
はたして、どうこの場をおさめたものか。
わたしが頭をひねっていると、突然、場違いなまでに明るい声が遠くから聞こえてきた。
「おーい! エイシャちゃーん! シュテリアちゃーん! 会いたかったよー!」
両手をブンブン振りながらこちらへ近づく金髪のエルフの少女。そのすぐ側には赤紫の
気づかないうちに、意外と近くまで来ていたようだ。
安堵に胸をなでおろすわたしの横から、唖然としたどこか間の抜けた声が聞こえた。
「……は?」
それはヘルボルトだった。
その目は吸い込まれるように、アリーチェへと向けられている。
そこからの流れは全て一瞬だった。
ヘルボルトは瞬く間に体を反転し、駆け出した。突然の展開について行けず、棒立ちになるわたし。その横で、シュテリアがヘルボルトの行く手に立ち塞がった。
「くそっ、どけっ!」
「お断りします!」
両手でつかみ掛かるシュテリアだったが、ヘルボルトはそれを事もなくスルリとかい潜る。ルクナッツの小柄な体格を活かした見事な身のこなしだ。
「うぅ、このっ!」
「へっ、じゃあな!」
ヘルボルトは、ジト目で睨みつけるシュテリアを鼻で笑い、何かを地面へと叩きつけた。途端、あたりに煙が充満する。
煙が消える頃にはルクナッツの姿は消えていた。
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