第6話 ここに来た理由
精霊のナビゲートを受け、ヒナヤが道を示す。敵との遭遇は目に見えて減ったが、代償にとてつもない悪路を行くことを強いられていた。
鋭い枝が刺さったり、木の根に足をとられて転んだり、挙げ句の果てには樹上に溜まっていた腐った水を頭からかぶったり、その厄介さはもはや天然のトラップの中を進んでいるといってもいい。
「ひぃっ!」
わたしの前を歩くニサが何度目になるかわからない悲鳴をあげた。
原因は言われずともわかっていたので、わたしも、最後尾のアリーチェも、黙々と歩く。
唯一、反応したのは先頭のヒナヤだ。
「ニサちゃん、だいじょうぶ?」
「ご、ごめんなさい。虫がいただけです」
ニサは虫がかなり苦手なようだ。
モンスター相手でも血を見るのが苦手だったりと、今までの様子を見る限りとても探索者に向いている性格とは思えない。
そんな彼女が探索者を目指す理由はなんなのか、ふと気になった。
「ねえ、ニサはどうしてこの試験を受けたの?」
「お金がほしかったからです。探索者って、その、けっこう儲かるって聞いたので」
「あー、ね。たしかに有名探索者はそうらしいね」
迷宮にはさまざまな財宝が眠る。発見した財宝次第では一攫千金も夢ではないだろう。さらに言えば、ネットで多くのファンができれば財宝など見つからずともそれだけで生計を立てることもできる。
「あの、エイシャさんはどうなんですか? 探索者になろうとした理由って」
「わたしは……成り行きかな。アリーチェの付き添いみたいな」
「ちょっと! 違うわよね!」
冗談めかしたら、後ろからアリーチェに怒られてしまった。
「『いっしょに行こう』って言ったのはエイシャの方でしょ!」
「いやまあ、それはそうなんだけどさ。世間的な注目とか、実力とかで言ったら、やっぱりわたしはアリーチェのおまけだし」
「はぁー?」
振り向かずともアリーチェの憤慨する顔が目に浮かぶ。
どうしたものかと悩むわたしに、助け船を出してくれたのはニサだ。
「あ、あの、えーっと……じゃあ、アリーチェさんの理由はどうなんですか」
「アタシ? アタシは昔から探索者に憧れていただけよ。探索実況動画を見て、いいなあ、なりたいなあって」
「へえ、ちなみに誰の動画が好きでした?」
興味深そうにあいづちをうつニサに、アリーチェの声が弾む。
「やっぱ外せないのは
アリーチェは途切れることなく話していたが、しばらくして自分がずっとしゃべっていることに気づいたようだ。恥ずかしくなったのか、その声は途中から尻すぼみになっていった。
「ま、まあ、アタシの話はこれくらいでいいとして、ヒナヤはどうなのよ?」
「え? ええー、あたし!?」
アリーチェからの唐突な会話のパスに、ヒナヤがすっとんきょうな声をあげた。
「そうよ、アタシたち全員話したんだから、次はヒナヤの番よ」
「えーっと、ヒナヤはね。約束したからかな」
「約束?」
「いっしょに冒険しようねって、約束した人がいるんだ」
「……そう、それは叶うといいわね」
誰かとの約束のため。その言葉はとても他人事に思えなかった。わたしの理由だって、アリーチェと交わした約束みたいなものだ。
どんな人なのか、いつ約束したのか、そんなことを尋ねることもできたけど、これ以上聞くのも無粋に思えてわたしは口を閉じたままでいた。
アリーチェも思うところがあったのだろう。すっかり黙りこんでしまった。
静かな空気を破ったのはニサだった。
「えっと、みなさんすごいですね。私は探索がここまで大変だとは思っていませんでした。力には自信があったので、なんとかなるかなぁって思ったんですけど……あはは、甘かったかもしれません」
ニサの乾いた声が響く。
後ろを歩くわたしには、ニサの表情は見えなかった。
「でもでも、ヒナヤはニサちゃんもすごいなーって思ったよ。だって大きな盾も簡単に振り回しちゃうんだもん。ヒナヤにはそんなこと絶対できないから、すごいよ」
「……ヒナヤさん」
ヒナヤの言うとおり、ニサの体格とパワーには目を見張るものがある。
「ヒナヤもご飯たくさん食べたりすれば、ニサちゃんみたいにおおきくなれるかな」
「それは……どうなんでしょう。私が大きくなったのは薬のせいなので」
「ご飯をたくさん食べたからじゃないってこと?」
「そうですね。むしろ私、それまではヒナヤさんと同じくらい小さかったんですよ」
「えぇー!?」「まじか」「えっウソよね?」
衝撃的な発言に、ヒナヤだけでなく、わたしとアリーチェまで驚きの声をあげていた。みんなの反応にたじろぎながらも、ニサは事の経緯を語る。
「じつは私、治験のバイトをしたことがあるんですけど……あ、まず治験ってわかります?」
「ちけん?」「なによそれ」
首を傾げる二人に代わって、わたしが答える。
「薬の効果を確かめる臨床試験のボランティアだっけ? わたしは経験ないけど」
「そうです。治験ってけっこうお金が貰えるんですよ。それで、その……八つほど掛け持ちしたことがあるんですけど」
「治験って掛け持ちできるんだ」
「いえ、もちろんダメです。ダメなんですけど、その、つい魔が差しちゃって、バレないようにいろいろと」
ニサは「えへへ」と笑いながら頭をかいた。
「あー、ね。気持ちはわかるけど」
しかし、魔が差したにしても一つや二つではなく一度に八つとは、意外と度胸がある。
「ずいぶん、ガッツリいったね」
「はい、ガッツリいっちゃいました」
ニサは悪びれることなく言い切った。
「いろんな薬をいっぺんに摂取したら、薬同士で化学反応?が起きたみたいで、なんか体が急に大きくなっちゃったんです」
「……そんな食い合わせが悪かったみたいなノリで」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことだった。
◆
審査室では試験官たちが静かな盛り上がりを見せていた。
「おいおい、あのエルフがいて、ここまで脱落者のないパーティって何年振りだ」
死人のように蒼い顔の女が嬉々として語る。視線は画面に映る四人の少女へと向けられていた。
『ヒナヤとパーティを組むと試験に落ちる』
一般試験の受験者の間で広まっている言い伝えだ。
これは噂でもなんでもなく事実であることを、試験官たちはベテランであればあるほどよく理解していた。
敵に当たらないどころか味方の背中を射抜く、壊滅的な弓の腕前。
異常なまでにモンスターを引き寄せる体質。
なぜか頻発するトラブル。
ついた異名は『歩く事故物件』。
今回もその異名に恥じない足の引っ張りぶりを見せていたが、それでも画面越しに見える四人の少女は、一人も欠けていない。それどころか険悪な空気が漂うこともなく、会話も弾んでいる。
これまでヒナヤのいるパーティがたどった末路、それを知っていればいるほど、この状況は信じられないものであった。
「やっぱり、選抜試験の首席候補は格がちがうな」
「アリーチェ・トスカーニ。赤紫の
「そう、そいつだ。なにより
このパーティでも、ヒナヤは何度も誤射している。
しかし、矢の向かった先が
「ほかの二人の動きもなかなかいいですし、これは期待できる人材じゃないですか」
「ああ、だからこそ……惜しいな」
死人のように蒼い顔の女は、悔しそうに顔をしかめた。
「惜しい、ですか……なにかありましたか?」
「あったというか、これからある。このパーティはこっからが正念場だ。ほら、あっちの画面見てみろ」
死人のように蒼い顔の女が指さした画面では、全く別のパーティが映し出されていた。それはとても戦闘と呼べる光景ではない。一方的に蹂躙される受験者たちの姿だった。
「おい! そこの映像の班……えーっと、たしか第七班だったか? 今、どんな感じだ」
「迷宮の主と交戦中。すでに三人脱落しており、壊滅状態。生存者はシュテリア・ポストロス、一名のみです」
迷宮とは一つの世界だ。そこには生態系のヒエラルキーが存在し、頂点に君臨する者は「迷宮の主」と呼ばれる。
『幻影の森』は試験会場に選ばれるほど規模が小さく、小迷宮と呼ばれているが、それでも間違いなく迷宮だ。
経験を積んだ
敵味方の戦力差を理解し、勝てない相手には決して挑まない。そういった冷静な視点を持ち生き残ることができるか。
それは審査する項目のひとつでもあった。
「そっちの第七班とこっちの事故物件、位置関係はどうなってる?」
迷宮の主と交戦中の第七班。
敵を避けて道なき道を進むヒナヤたち。
二つのパーティは非常に近い位置にあった。
「へっ、ビンゴじゃねえか。あの事故物件がいるのに途中からなぜか敵が寄ってこねえと思ったら、やっぱり縄張りに入ってやがったか」
モンスターですら恐れる迷宮の主、その領域にヒナヤたちはすでに足を踏み入れていた。
迷宮の主は何者にも容赦しない。
「さて、生き残れるかどうか、お手並み拝見だな」
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