七話 琥珀色に溶けた夢
日が
ケインもまた、一人酒場に安酒を
迷宮から帰ってきたあの後、どうにも
そこらにいる医術師に金を払って治してもらうのも金が
疲労したケインの頭は、酒精で痛みを
がやがやと
濃厚な酒精と肉の脂の匂いが充満していて、既に
カツンと硬質な音を立てて打ち合わせられる酒杯と、波打ち返る泡立った黄金の麦酒。
ケインはそれを尻目に、運ばれたばかりの自分の飯を手に取りだした。
手元に有るのは使い古された安物の酒杯に、
今のケインに必要なのは、麦酒の
ケインは火酒を手に取った。ヒリヒリと香るその匂いは、容赦無く脳裏を焼いてくる。一息に火酒を飲み干した。鋭い痛みが
ふぅと、溜まった息を吐き出して、平パンと
少し強めに付けられた塩気と、肉汁とが、口の中にボソボソと含まれていたパンの中に
これを
長剣に鉄の円盾。
明らかにケイン達よりも上等な装備を持っているその男は、達人とまでは行かないものの、それなりの腕をもった探索者なのだろう。
「よう新米! 調子は良、くは無さそうだな。だが、まだ生きていられるってのは良い事だ」
男はひょうきんに話しかけると、そのままケインの前に酒杯をかざした。乾杯だ、と言っているのだろう。
ケインはおずおずと飲みかけの酒杯を前に突き出して、男の酒杯との間に控えめな音を出して見せた。
「ああ、そうだろうな。これだけ怪我をしても生きてるってのは、運が良いほうなんだろう」
「その通りだな!俺はヨーム。酒場でお前のような新米に
「俺はケイン、お手
ヨームが右手を出てきたので、ケインも握手をしようとする。すると右手はプラりと垂れ下がっているだけなので、そういえば右手は動かないんだ、とから笑いした。
ヨームはすまないと謝りつつ左手を出して、今度こそケインも左手を合わせ、互いにグッと握手をする。
そうしたらヨームはニヤリと笑ってみせて、そりゃ上々よ、と
「最近迷宮がきなくせぇだろ?それもあって初めて見かけた奴には声
「なるほど」
「あの
はぁっ、と深くため息をついて、ヨームは近くの
「全く、ただの怪物に殺されるようならそいつはしょうがないんだろうが。でも今回みてぇに不自然な存在に
「俺も、あの汚泥と出会ってこの有様なんだ。アレはかなりの数が居たりするのか?」
ケインはついさっきの戦闘を思い出して、体の
あのような汚泥共が迷宮の中を荒らし回っているのだとしたら、それはどれほど恐ろしい事か。
四匹相手するだけでも精一杯だったのに、行く所行く所に汚泥が
「汚泥共は、場所によってマチマチなんだ。探索者の死体の数が、奴らの数に影響してっからな。問題は、奴らの親玉なんだよ」
汚泥を帯びしもの。
黒き戦士。
泥濘の騎士。
黒き泥濘の鎧を
右手に握られしは存在自体が
左手に握られしは汚泥に
殺した者を汚泥へと変え、その汚泥が探索者を殺し数を増やしていく。神代の世に名を
ヨーム達はそれを止めるべく、
結果は、汚泥がまだ
「奴はな、こっちのが強ぇと分かったらすぐ逃げやがんだ。下手に馬鹿力の奴よりゃうんと
つまり、新米だけが殺され続けているのはそういう事だ。
ただその階層に対して強い敵が生まれただけなら、もっと強い探索者を集めてざっくばらんと斬り殺してしまえばいい。
そういう事ができない場合はより被害が拡大していく。そしてその被害の内訳には、ケイン達だって入りかねないのだ。
はぁっと、ケインの口からは酒精を
「まぁ、せいぜい死なないように
酒杯の底に残っていた火酒をグイッと飲み干すと、それももうどうでもいい様に思えてきて。
ケインのような、
それなら
「まぁ、そうだなぁ!せいぜい
「頼るような事が無いと良いんだが」
「確かにな」
ヨームも残った麦酒を全て飲み干し、また会おう、と言い残して去っていく。
「それじゃ、幸運を」
「幸運を」
肉汁と麦の味を最後の一欠片まで流し込んで、少しの間余
右腕の痛みなど
酒精で
……
百合の花が咲き
新緑の若草の上に広がる一面の花畑は、まるで白の
その中央に、彼女は居た。
彼女は俺を見て
「──」
雑音。
彼女の姿も思い出せない。
彼女の方を見るけれども、黒い
それでも彼女の目はこちらを見続けているような気がする。
彼女の手が差し出された。
薄れて消えそうな彼女の手に、思わず手を伸ばす。
……
目が覚めると、ケインは宿屋の自室に居た。
今までよりうんと軽くなった体を
そしてまず、
道
そうでなくても酔った探索者などただの歩く財布のようなものなのだから。無事ここに居る事に感謝すると同時に、自身の体調管理の甘さに顔から火が出るような思いを感じる。
そうやって反省を終えた後は、自分の体を確かめ始めた。例えば
昨晩かなり酒が回っていたというのに、
そして折れてぐちゃぐちゃになっていたはずの右腕を見ると、案の定しっかりと治って元の通りだった。
「これならまた探索できるな」
しばらく腕の感覚を試してみるけれども、おかしい所もどこにもなくて、ケインの中に残っていた少しだけの不安も消え失せる。
だが問題は、鎧の方だ。鎧立てに立て
右腕は全損、左腕も中央から先は欠けている。
……本当は未鑑定の胸甲を鑑定してから身に着けようと、ケインは思っていたのだが、そう甘い話があるはず無かった。
ベットリとこびり付いていた
胸甲はケインの肩を通り抜けて、ケインの足元でカランカランと音を鳴らしていた。
エイベルの体格にはちょうど良かったので、無駄になったという訳ではないのだが。
という事で、どうにかして革鎧を修理しようという結論になった。
そして昨日までは何とか修理しようと考えていたケインは、改めて見たこの
これなら新しく
一応下半身は無事だから、上半身だけ調達するだけならまだ
ちょうどエイベルの盾だって新しくするのだ。そこに革鎧やらが加わったって変わりはない。
「そうとなれば
と、ケインがそう言うや
探索者の体は燃費が悪い。迷宮に入っているでも無ければ
その
ケインは食堂に向かい、普段の二倍をも超える麦
けふ、と腹に
俺とエイベルの装備は言わずもがな、ドナの
──ちょうど良かった。装備を買うのに二人も呼ぼうと思ってたんだった。
装備を買い
ケインが二人の側に寄ると、麦
ドナは構わず食べ続けているけれども、エイベルは口の中の物を飲み込んで話し始める。
「よう、ケイン。こんな朝から何の用だ?」
「ああ、俺の円盾と革鎧が修理できないから買い直そうと思ってな。それならお前とドナを連れていったほうが、調達も手っ取り早いだろ」
「ああ、そうだな」
エイベルはそう言うと、残った麦
「ドナ、お前もとっとと食っちまえよ」
「ん」
エイベルの言葉に、ドナは気だるげそうに返事をする。なぜ皆に食事の速さを合わせねばならないのだと言わんばかりに。
そしてそれまでと同じように、ゆっくりと
……宿屋を
普段よりも
「いつもここは混んでるよな」
エイベルは匂いを鼻に取り込みつつ、流れていく人の波を見てそう言った。
「ああ、迷宮と居住区とを繋ぐ動線でもあるからな」
ケインは人々が
だから人混みが無いよりかは人混みに押されてしまう方がうんとマシだ。
「こんなに人が多いとウンザリしますよ。毎日毎日押し流されて」
だがドナはそうは思っていないようで、日々ここを通って行く事に疲れ果てている。
戦士のように体力が有り余っているならともかく、貧弱な
「ま、目的地はすぐ近くだ。そのくらいなら俺とエイベルとで押しのけて道を作ってやるから」
「はぁ……。まあ良いですけどね」
二人が流れに逆らうように道を開いていく中、ドナは
目指すは商店、場所はすぐそこ。それでもドナはこの上ないほど
……
『古びた日記の紙片』
広がりゆく赤色の平野、
それを見ると、私の手すらも赤く
私は時々恐ろしくなるのです。
彼らが獣のように
抑えきれない征服欲が
ああ、私は恐ろしくて
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