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 いきなり口火を切ったのはウエストだった。獣のような声を喉から出しながら数歩前にいた生っ白い白人の若い奴の左頬を右手でブチ殴った。蹄鉄を握っているとは言え人間の顔はあんなことになるものなのだろうか? ウエストの拳はそいつの左頬を突き抜けて口の内側を通過して血と肉片を飛び散らせながら右頬の外まで貫通した。顎はばっこりと外れ眼球は飛び出し白人の若い奴はビックリ人形みたいな顔になった。ばつん。ウエストの拳が顔面を横ざまに貫通したその音が合図だった。俺はすかさず銃を抜いて右側にいた2人の男の額と胸を撃ち抜いた。2人とも自分が死んだことにも気づかなかったように仲良く膝をついて前に倒れた。額を撃ち抜いた奴の真後ろにいた3人は後頭部から抜けた脳髄と血液をモロに浴びて目を潰された。そのうちの1人は腰に拳銃を下げていたが子供みたいに両手で目をこすって血を拭き取ろうとした。とんだバカだ。俺はそいつに一歩近づいて喉を撃った。目を拭ききれないまま顎の真下をやられたそのバカはピューピュー血が吹き出る首を押さえながら床に倒れこんで痙攣して死んだ。さてもう2人をと目をやればブロンドが長い足で一人を蹴り飛ばしながらもう一人を射殺していた。蹴り飛ばされた男はすぐ脇にいた4人ばかりを巻き込んで倒れ伏した。そこにかかっていったのはトゥコだった。ちびの体に似合わぬでかいナイフを2本両手に持っていて左手ので倒れている奴2人の首と首をかっ切ってほぼ即死させてから右手の1本を身を起こそうとしている奴の腹に突き立てて「よっ」と叫びながら横に引き割いた。モゾモゾした腸が腹からあふれてきてそいつは「え? え?」と混乱したままそれを中に戻そうとしたが死の方が早くやって来た。トゥコから一番遠かった野郎は身を起こしていたが駆け寄ったトゥコの左手のナイフが顎の真下から脳天にかけてブッ刺されて意味のある言葉を吐く前に白目を剥いてこと切れた。ブロンドが蹴り飛ばした当の本人が皮肉にも5人の中では一番長生きできたがブロンドが発射した弾丸が首の後ろから喉を突っ切ってくたばった。先陣を切ったはいいがウエストは最初の白人の若い奴の顎に右腕を引っかけちまってそれが抜けず男と女が踊るみたいに自分の身体とビックリ人形になった顔を中心にグルグルと回転していた。顔面が崩壊したにも関わらず白人の若いのはまだ生きていたしウエストの腕を握ってどうにかしようとしていた。「チッ」ウエストが舌打ちして空いた左手で外れたそいつの顎を握った。回る勢いを利用して顔から下顎を丸ごとぶちぶちと引きちぎった。白人の若いのは一言うめいてから四つん這いになった。下からウエストの爪先が刺さってずるずるにヤワになっていたそいつの顔面が完全に破壊された。

 この30秒ほどで勝敗はほとんど決したと言ってよかった。見知らぬ男どもがバーに入ってきて出入口をふさぎ挨拶もなしに目の前の10人を残酷に無惨にぶち殺したのだ。ほとんどが生ぬるい泥棒風情でせいぜいが人を殴ったことがあるくらい。銃を持ってる奴だって20人もいないであろう甘ちゃんだらけのジョー・レアル団加入志願者どもはこの殺戮で完全なパニックに陥って統率が取れない状態になった。悲鳴、悲鳴、悲鳴。生まれてはじめて修羅場に遭遇した腰抜けどもが混乱し逃げ回りはじめた。窓に駆け寄って逃げようとした馬鹿が3人ばかりいたので狙ったが一瞬のうちに頭を撃ち抜かれていた。見上げれば「どっちだか」の階段をあがって2階宿泊室へと伸びた廊下に人影があった。モーティマーだった。格子状になった手すりにうまく隠れている。あの位置とこの混乱の中なら狙撃手の存在が知られることは相当にあとだろう。ほぼ全員が死んで最後に仰向けに倒れた野郎が最後に見るのがモーティマーの姿かもしれない。

 俺は逃げまどう輩の中から一番太った奴の後頭部をぶち抜いて倒して障害物にした。思った通り走る奴らの中にはその障害物に蹴つまずいて倒れる奴が幾人もいた。一人目はモーティマーの格好の餌食となって背中越しに心臓をやられた。二人目はおっとっとと前のめりに転びかけた目の前にブロンドがいたのでそのままの体勢でいやというほどの膝蹴りを顔面にお見舞いされそのまま首を掴まれてねじるように折られた。三人目は仰向けに倒れた脇腹にウエストの爪先が突き込まれうめいて仰向けになったところに今度は靴の裏が顔面を横ざまに直撃し首のつけ根あたりからポッキリ音がして天国に旅立った。

 そこでようやっと俺のでもブロンドのでもモーティマーのでもない銃声が一発響いた。しかしそれは誰にも当たらなかったらしい。おそらくそれはハニーや取り巻きの撃った弾丸ではなかった。どこぞの臆病者がヤケでぶっぱなしたやつだ。視線を数秒向こうに投げればハニーは店の一番奥の席にいて、ゴチャゴチャにからまった糸みたいな喧騒を前にしながらつとめて冷静に「落ち着くんだみんな! 逃げちゃダメだ! まとまるんだ!」と叫んでいた。毅然とした姿勢で立派だったがその声は周囲の仲間に聞こえているだけで他の阿呆どもには聞こえていなかった。そいつらは偉いものでガッチリと壁を作るように副長のハニーを囲んでじりじりと店の奥へ奥へカウンターの方へと退避していく様子だった。廊下のほぼ真下なのでモーティマーにも狙えない。だがハニーもこのゴチャゴチャの中では俺たちを狙うことは不可能だった。無差別に撃って志願者を殺すことはしたくないのだろう。お優しいことだ。つまりしばらくは俺たちの雑草刈りを見ているしかないということだ。

 トゥコは酒をイライラしているこういう時だけおそろしく素早い。刃物をひらめかせながら腰と膝を曲げて目で追えるギリギリの速度で5人の隙間を縫って駆けた。その5人が悲鳴を上げながら床にくずおれた。太ももやふくらはぎからどぼどぼと大量に出血している。俺は5人のうちの2人のこめかみと額に2発撃ち込んでから3秒で弾を装填した。その3秒間で勇気を出した愚か者が俺の頭に椅子を叩きつけようとしたがモーティマーの狙撃で額の右をやられて顔の左下から赤い花を咲かせて倒れ伏した。再装填や意外な苦戦を解決するためにモーティマーは2階にいて的確に状況を把握しているのだ。

 完全な月の目になったウエストは太ももから血を流している奴のその傷口に右手の指を四本差し込んで握りしめた。 数十人がドタドタ走り回るバーに豚の断末魔みたいな声が響いたが蹄鉄を握りしめたウエストの左のストレートが喉仏を潰したので男はお陀仏になった。ブロンドは二人の足首を両手で握ってそのまま逆さに倒した。一瞬の後に右側の奴を射殺したあとで左側の奴の顔面をブーツで踏み潰した。どれほどの脚力なのかは知らないが三踏み目で相手の顔面はトマトを潰したようにペシャッと平らになった。ブロンドから5歩ほど離れた位置にいた太めの野郎が確かめるように拳銃を握ってホルスターから出したので俺はそいつのでかい左胸を狙って一発。相手は急に恋に落ちたみたいに胸を押さえて前に倒れた。

 トゥコはひときわ背の高い奴の背中に飛びついてその肩をサクサク刺した。そいつが痛みにふらついてぐるぐる回るのに合わせて腕を伸ばし周囲にいた4人の首をスッパリ切ったり首の脇にナイフを突き刺して抜いてみたり眼球から脳まで穴をあけてみたりとやりたい放題を繰り広げた。最後はそのノッポの脳天にお礼とばかりにナイフを1本突き立てて背中から降りた。もう1本のナイフを背中から取り出したがこれがまたどうやってしまっていたのかわからないくらいの大物で大人の肘から手首くらいまでの長さがあった。

 ウエストが自分の怪力を試すように自分と同じ背丈くらいの白人2人をとっ捕まえて喉をガッシリ掴んだ。2人は歯を食いしばって耐えていたがそんなことで耐えられるものではない。ビチビチビチッと音を立てて双方の喉笛が砕かれ引き抜かれた。ヒュウッと俺は口笛を吹くついでにウエストの背後に迫る棒を握った奴の耳の下あたりを撃ち抜いた。昔ブン殴ったジョーの仕事仲間・アーチーに似ていたような気もしたがどうでもよかった。

 ブロンドの真後ろ数歩の位置で震える手で拳銃を握りしめている女が一人いて足元にはその女の足をひっつかんだまま動かない奴がいた。それはさっきトゥコが刺し殺した野郎でどうやら恋人と2人で強盗団に加入しようとしたとんでもないバカだったらしかった。女が引き金を引く前にブロンドが脇の下から後ろに向けてぶっ放した弾丸が右の目のあたりに当たって女は彼氏の上に倒れ伏した。仲のいいことだ。

 バーの中はもはやこんがらがった毛玉よりもひどいありさまになっていた。逃げようとして入口に駆け寄ろうとするバカは俺たちの餌食になる。ふたつある大きな窓から逃げようとするバカは内開きであることに気づかず外に開けようと窓と格闘している間にそらまた2人モーティマーに殺された。俺たちに立ち向かおうという比較的見所のあるバカも計画的に向かってくるのではないから俺たちはハイ一丁上がりってなもんで簡単にあの世へ送れた。あとのバカどもはどこかに逃げ場はないかとか弾に当たりたくないのか店内を早足であちこち動いているばかりでさらに一部のバカはなんにも考えられなくなったのか元の場所に木みたいにつっ立っていた。

 おそろしく冷静に周りを観察できていたが俺だって負けじと数人の命を吹き消した。逃げてきたのか挑んできたのかわからない馬みたいなツラの奴をまず一人射殺した。そのすぐ後ろからよたついた爺さんが迫ってきたので何も言わずに近接用のナイフで胸を刺してやった。そのままくたばった爺さんが俺にもたれかかってきたのが幸を奏した。ちょいと向こうで銃をしっかり握ってしっかり俺の方に狙いをつけている二十歳ばかりの野郎がいたのだ。今までここにいた中ではいちばん悪党らしい面構えで見込みはあったが運がなければここで死ぬことになる。その姿を見た瞬間に俺は爺さんの死体で自分の全身を隠した。しっかり狙っただけあって二十歳の野郎の弾は爺さんの後頭部に命中した。隠してなけりゃあ俺が死んでいたがこの通り俺は生きている。

「爺さんが死んだぞ! 人殺し!!」

 俺はその事実が無性に嬉しくって大声で叫んだ。二十歳の野郎は別人を殺してしまった衝撃で銃を下ろしてしまった。やはりその程度だったかと俺は残念に思いながら一発でそいつの脳天を撃ち抜いてやった。罪悪感で死にたくなる前に殺してやったんだから感謝してほしいくらいだ。

 トゥコががっしりした先住民らしき奴に数秒首を押さえられたが「へっ」と笑ってナイフを握った手を幾度か動かした。先住民の手首が細切れになってだくだく血が吹き出た。両手の平を上に向けて激痛に苦しんだそいつの痛みはトゥコの二刀流のナイフが首の両側に線を1本ずつ入れてやることで取り除いた。

 ハニーと彼女を取り囲んだ6人はとうとうカウンターに背がぶつかる辺りまで移動してしまった。あとは横にずれていってカウンターの滑り入るだけかと考えていたらそこにこの店の太った親父と太ったおかみさんの姿が見えた。下調べの通りここには裏口はないしあの様子だと地下室や逃げ道もないようで俺はほくそ笑んだ。殺せる。ここにいる全員を殺せる。俺たちの手で。

 ウエストは逃げるでもなく戦うでもなくとりあえず早足で移動している類の奴のひとりの顎にL字に曲げた腕を叩きつけた。倒れたそいつの心臓に右手の蹄鉄を思いきり叩き込んだらその男は雷に打たれたように身を反らせてそのまま息絶えた。その様子を見て踵を返して反対方向に逃げようとした40歳絡みの汚い格好で小太りの親父がいた。ウエストはそいつの首の後ろをひっ掴んでそのまま力ずくで引き倒した。後ろにあるのが床だったらよかったがあいにくそこには同時に腰を落としたウエストの膝があったので親父の脊髄は枝でも折るみたいにペキッと音を立ててそれと同時に人生も終わった。

 トゥコはいささかくたびれたらしく普通の速度に戻りノソノソ歩きながらすれ違う奴らの胸や腹を流れ作業みたいにサクサク刺していっている。奴の歩いた場所には道を作るように死体が4つ子供が棒でも倒したみたいに並んでいた。

 立ちすくんで何もできない野郎を一人捕まえたブロンドは女にキスでもするように優しくそいつを引き寄せて顎の下に銃口を当ててニッコリ笑った。そいつもつられてニッコリ笑った。銃から弾丸が飛び出て頭骸骨の先っちょから赤い液体が飛び出た。ここでブロンドの背中に椅子が叩きつけられた。俺と同い年くらいの奴が勇気を振り絞りましたってな顔で壊れた椅子の背を持っている。しかし相手が壁みたいな背中のブロンドなのが不運の極みだった。さっきまでニッコリ笑っていたブロンドの顔はたちまち彫刻の悪魔みたいになった。「ほう」といった目をして左手で床に落ちている椅子の木っ端を拾った。それは先が鋭く尖って割れていた。椅子の背を握りしめたまま男は数歩後ずさりをした。ブロンドの「あの顔」をはじめて間近に見ればそうなるに決まっている。あれは怒りの化身の顔だった。身がすくんでどうしようもないままそいつはブロンドに髪の毛をひっつかまれささくれた椅子の破片で喉をぞりぞりと削られた。血液が滝のように流れ落ちて床を汚した。その様子に戦慄して逃げようとした2人が血に滑って転んだがそのまま腰が抜けてしまって力が入らないらしく泳ぐようにうごめいている。俺はそのうちの1人の脳を吹き飛ばしてからまた数秒で弾丸を5発再装填してあとの1人に狙いをつけた。

「許してください」

 まだ十代に見えるそいつは全身を血まみれにして俺の顔を見つめあわれっぽい目でそう言ったが許すも何もお前は悪いことなんてしてないから許す必要もなくそのまま死ぬだけだと思いつつそのまま引き金を引いた。

 もはやイカれちまったらしい青年ひとりが穴でも開けようというのか窓もドアもない壁を爪でがりがり削って指先を血みどろにしていたのをウエストが後ろから近づいていってまず肝臓のあたりを殴り悶絶させてから右腕をとって右膝の裏を踏んで床に倒した。胴を踏んでから列車の切り替えポイントみたいに右腕を倒してはいけない方向に倒した。青年の絶叫が店内に響いたか響かなかったかのうちにウエストはそいつの後頭部を5度ばかり踏みつけて引きちぎれんばかりに首を伸ばしてやった。

 またもや窓を外向きに開けようとしていたアホ2人をモーティマーが撃ち殺した。ウエストがもったいないとばかりにさっきののっぽの脳天にブッ刺さったでかいナイフを抜いて目の前で背中を向けて立っていた野郎の脇腹をざっくりやったが振り向いたその顔は中年の黒人だった。黒人は「どうして」とウエストに尋ねたがそれが奴の怒りに油を注いだ。「ギゼンシャ!」と叫んだウエストはそいつの顎に拳を叩き込んだ。顎も顔の下半分も砕けて黒人はそのまま倒れた。ウエストはその怒りのまま腰を抜かして這いつくばっている若い白人女の背中に跨がって両手で首を思いきり持ち上げた。首は180度から270度の角度に曲がって女は死んだ。ウエストの右腕を弾丸がかすめた。10歩と離れていない場所にいた引きしまった体の若いガンマンらしい優男が額から脂汗を垂らしていた。銃口から煙が立ち上っていた。二発目をすぐに撃つべきだと俺は思った。モーティマーが狙っているしそれじゃなくても相手はあのウエストだ。12歩の距離をふた足で縮めるやつだとそう思ったが早いかウエストは身をひるがえし怪物の咆哮を上げながら若いガンマンに飛びかかっていった。狙った黒人の速度のすさまじさに驚愕したらしいガンマンは呆然と迫り来るその姿をただ見ているだけだった。ガンマン失格がまたひとり。叩き込まれた右手で男前の顔面が壊れさらに叩き込まれた左手で首から上はほとんど完全に破壊された。そいつが取り落とした拳銃をウエストは拾ってオモチャでも試してみるみたいに壁際にひとり怯えていた白人の世間知らずそうな奴に向けて撃った。銃の撃ち方を知らない奴は逆に残酷だ。弾は相手の下っ腹に当たった。死ぬのは確実だがなかなか死ねない箇所だった。白人は腹を抱えてうずくまったがもはやじりじり迫る死をどうしようもなく待つしかなさそうだった。ウエストは面白くなさそうだったが銃を腰の後ろに差した。

 トゥコが「よっ!」「ほっ!」と威勢のいい掛け声と共に2人の心臓を刺し貫いて気づいてみればもう恐慌状態で店内を駆け回っている輩はおらず3人とか5人とか8人とかのいくつかのダマになって壁を背にして反撃の機会を狙うか歯を鳴らしている奴らしか残っていない。だから店内はひどく静かになった。

 ハニーの親衛隊の他にもまだ銃を持っている奴がいる。俺とブロンドは意思でも通じあってるみたいにそばにあった大きくて四角い四つ足のテーブルを倒しそこにウエストとトゥコも呼び込んで4人で隠れた。

 さてここからは持久戦だと思わせるのが狙いだった。頭がキンキンに高揚しているうちに片付けるのが俺たちの作戦だった。思った通りにテーブルの表面に正面から弾丸が2発当たった。まっすぐ走れば銃を握っている奴が少なくとも2人いるわけだ。ブロンドとウエストがテーブルの足を持って4人全員で腰を落としながら突撃した。この機を逃すまいとハニーと親衛隊6人はどっとカウンターを乗り越えたがそのうちの一人の首の後ろを俺が撃ち抜いた。カウンターの向こうで着地ではなく落下する音がしたから殺せたはずだ。

 俺たちが突撃したのは7人の固まりだった。テーブルで思いきり壁に押し付けてやった。そんな無茶をしてくるとは思ってもみなかったらしいこいつらは天板の向こうで混乱していた。手足が天板と壁の隙間から何本も出てきて動いたので俺は虫でも潰し損ねたように見えて気分が悪くなった。

 7人を肩で押さえつけたままでまず動いたのはトゥコだった。左右に移動しつつ持っていたどでかい刃物でテーブルと壁の隙間からはみ出ている腕を枝を間引きするように叩き払った。もうすでに真っ赤に染まっているバーの床に腕がボテボテ落っこちて向こう側で情けない悲鳴が響いた。上で銃声。モーティマーが別の場所の一人を仕留めたようだ。俺たちは間髪入れずにテーブルから身体をどかした。満身創痍となった7人のうち6人を俺とブロンドの拳銃で仕留めて残った一人はトゥコのバカでかいナイフで腹を串刺しにされた。

 それからすぐに身を立て直してまたテーブルの背後に隠れた。右側から天板に一発弾が飛んできたがこれはカウンターの方角からなのでハニーの一派からの攻撃だ。まだ奴らに仕掛けるには早い。最後にきっちりやらないといけない。

「そろそろこれか?」とトゥコが腰から抜いたのはダイナマイト5本だった。そうだ、そろそろこれの使いどきだ。俺は「そうだな」と笑ってマッチを取り出した。ブーツの踵で擦って火をつけた。投げ返されないよう導火線は短くしてある。ブロンドとウエストは再びテーブルを横ざまに抱えて方向転換した。その方向には8人が固まってどうしようか迷っていた。拳銃を握ってる奴も2人いる。トゥコが「よっ!」と叫んでダイナマイトを放り投げた。かつんと床に棒っ切れが落ちる音。「あっ!」と言う声の直後に爆発音が耳をつんざき衝撃が天板に伝わってきた。ダイナマイトのそれだけではなくてもっとモノっぽい何かがぶつかる感触もした。ぶち飛んだ8人のうちの誰かのどこかの部分に違いなかった。

「ちっくしょう!」とテーブルの向こうのカウンターの向こうからハニーの罵倒が聞こえてきた。気持ちはわかる。まさかこんな室内でダイナマイトをぶん投げるとは思わなかったろう。戦闘いや虐殺は一段落したかと数秒安堵していたハニーたち以外の奴らは再び恐慌状態となった。5人ばかりがウワッと叫んで左から右に駆けて移動しようとするので俺はトゥコの持つダイナマイトもう1本に火をつけて右に放り投げてやった。爆発。人体の吹っ飛ぶ音。嗚咽。死にきれなかった奴がいるらしいが時間の問題だろう。

 そろそろ20人を切ったかとほくそ笑んでいたが邪魔っけな志願者たちが一掃されたことでとうとうハニーたちが一斉にこっちに向かってぶっ放してきた。ダイナマイトをあちらに投げようにもまだ距離があったしカウンターという障害物があるためそれにぶつかって跳ね返ってきたらコトだから爆破攻撃はお預けになった。テーブルにピシピシと弾丸が食い込むのがわかる。

「おっと」とブロンドが言ってその大きな身体をテーブルの内側に隠した。危機が迫っているのに顔は笑っていた。「あいつはとんだじゃじゃ馬だ。簡単に殺すには惜しいな」こいつはまだそんなことをと呆れているとトゥコがおいそんなこと抜かしてる場合じゃねぇやと脇を指さした。ハニーたちの猛攻で釘付けになってそっちに気をとられている隙にと思ったのか5人のグループが右側からそうっとこっちに近づいてきていたのだ。一人は銃を持っていてあとの4人は刃物や棒を握っている。こちらは銃撃を真正面から受けていて動けない。こりゃあまずいなどうしようかと考えた瞬間にウエストが信じられない速度で駆け出した。わずか一足で拳銃を持った奴の腹に腰に差していた銃をくっつけてゼロ距離でぶっぱなした。まさか近づいてくる自分たちに敵がひとりで考えなしに突っ込んでくるとは思わなかったのだろう。ナイフを振り上げた髭面の野郎の顔面はウエストの蹄鉄つきの右ストレートでパンを殴ったみたいに潰れた。ひとりの棒っきれがウエストの頭に降り下ろされて直撃したが奴は秒ともひるまずに殴った相手の両耳をひっ掴んで「アッ!」と絶叫しそれをもぎ取ってしまった。両耳の跡を押さえてうずくまるそいつの両側から示し合わせたように2人がかかってきたがウエストは手首を返すように右から来た奴の顔に左耳を左から来た奴の顔に右耳をぶん投げた。ひるんだ隙をウエストは逃がさない。右側の奴の顔面を両手で押さえて親指で眼球を一気に潰した。悲鳴をあげて膝をついたそいつを横に置いといて左側の奴の顔面を殴ってからがら空きになったみぞおちに思いきり一撃を食らわせた。あの時とそっくり同じ連撃だったが今日は蹄鉄を握り120%の力が出ている。背中に拳が突き出るような一撃でそいつはその一発であの世行きになった。ウエストは耳をなくしてうめいていた真ん中の男のつむじに銃口を当ててはじくように引き金を引いた。

 その位置からテーブルに戻るにはハニーたちの弾がと危惧しているとウエストはさっき目を潰した男を盾にしてゆっくりゆっくりとこっちに戻ってきた。そういう策を弄したというよりは体がそう行動したといった野生の勘を思わせた。

 アア。アア。目を完全に潰された男はそううめきながら俺たち3人の元に連れてこられた。なので俺が責任を持って撃鉄を起こし何も見えない聞こえない世界にそいつを送ってやった。テーブルの向こうにいる団体は副長のハニーが率いるものも含めてあと3組ほどか。おそらく15人とはいないだろう。俺たちは計算がろくにできないしこの場にダラスがいないので細かいことは誰もわからないしわかる必要もさほどない。殺す。殺す。殺す。それだけだ。

 ここでようやっとハニーたちの一斉射撃が一息ついて膠着状態が訪れた。バーの床は血で真っ赤に染まり気を抜くと俺たちすら滑って転びそうだったのでゆっくりとテーブルを持ち上げながら移動しまた別のテーブルを倒してその背後に移動した。前のテーブルは相当量の弾丸を浴びてもうボロボロになっていた。散発的に天板に当たる弾を感じながら俺は「さてどうする?」と誰へともなく言った。「どうもこうもねぇや殺すんだ」とトゥコは前のめりに答える。こいつは酒の入っている時の方が正常で入ってないと異常なのだ。「残りは?」とブロンドが言うとウエストは命知らずにも顔をひょっこり天板から出して確認した。ダァンと一発音がして天板に衝撃が走らなかったので俺はウエストが喰らったかと思ったが奴はひょっこり顔を戻して「ハニーたち以外、こっちにいるのは10人で、2組にわかれてる」と答えた。ウエストの右耳の端っこが弾丸でほんの少し欠けていて血が出ていたが本人は何ともない様子だった。いやたぶんこの殺しが終わってから「いてぇや! なんだ!?」と叫ぶことだろう。

 10人か。この際だから半分ほどは上にいるあいつに一掃してもらうことにしよう。「モーティマーに頼もう」と俺は言った。俺たちの緊張感と集中力も限界に近い感じがした。「そうだな」とブロンドが言いトゥコもウエストも頷いた。俺は自分の茶色の帽子を取って掲げてヒラヒラさせた。その真ん中の部分に一発弾をもらったが仕方ない。モーティマーに送る合図への代償としては安いものだ。それから俺たち4人は頭を下げて到来する弾丸の雨あられに備えた。俺が茶色の帽子をヒラヒラさせた理由には至らないであろうわずか3秒後にライフルの発射音が響いた。ドウッドウッと腹に来るその音はほぼ間をおかず4発連続してその直後にテーブルの向こうでバタバタ倒れる音がした。

「上だ!」とハニーが叫んだがそのあたりのことは計画済みでモーティマーは位置が特定されるような銃撃を行ったらすぐさま1階に退避してくる手筈になっていた。ライフルほどではない軽い銃撃音がカウンターの向こうから上方の2階廊下に向かって十数発続いたのに加えてカウンター側でない位置から数発聞こえた。この状況では腰が軽い行動だ。これでカウンター手前にいる残りの1グループもどこらへんにいるのかわかるわけだ。

 奴らが上に気を取られている間に俺たちは足元に注意しながらテーブルと共に店内右端にある階段の付け根に持っていった。モーティマーを迎えるためだ。2階を見上げれば今まさにモーティマーが腰を低くして階段を駆け降りてくる瞬間だったがここで奴がよろけた。左足のスネのあたりからピッと血が飛んだ。弾が当たったのだ。そういえばカウンター手前にいる最後のひと塊どもはちょうど階段の真正面の反対側に控えていたのだ。見やればそいつらは俺たちと同じくテーブルを盾にしていた。俺の頭にはこの一発を皮切りに穴だらけになるモーティマーの姿がよぎった。だが2発目も3発目も4発目もビシビシ音を立てて壁に当たっただけだった。どうやらまぐれ当たりのようだった。降りきったモーティマーの顔面には焦りも痛みも見受けられなかった。

 俺たちは階段の付け根に陣取ったがここに長居はしていられない。弾丸が階段の裏側に突き刺さる音が聞こえてくる。カウンターからハニーたちが間断なく撃ちまくっているのだ。ごついテーブルならともかく安くて薄い板材でどれだけ持ちこたえられるかわからない。俺はトゥコに目線を送った。ダイナマイトだ。トゥコは2本出して「あとはこの2本だ」と言った。俺は1本を受け取り火をつけて店の真ん中あたりにぶん投げた。「伏せろ!」とハニーが絶叫するのと同時に爆発して店のど真ん中、おそらく ←カンザス┃ミズーリ→ の文字のあたりが吹き飛んだと思われた。牽制かヤケクソに見せかけた作戦だった。俺とブロンドとモーティマーの銃器組が爆発の余韻と煙が残る中大胆に身体を出して向こう側に立ててある天板に向かってとにかく弾をぶちかました。残り全弾撃ち尽くすくらいの気持ちで5発。再装填。5発。再装填。5発。再装填。それを繰り返した。ライフルの轟音が鼓膜を破りかけたが気にしちゃいられない。カウンターの奥にいるハニーたちを除いたあと6人だかを片付けるのだ。向こうが俺たちのようにテーブルを盾にしていてもかまうものか。弾丸の嵐でぶち抜いてやる。

 ダイナマイトの煙がほとんど消え去ったと同時に俺たちは再び身を隠した。しばらくの沈黙。ウエストがまた覗こうとするのを服を引いて止める。頭半分をちらりと覗かせた。反応はない。そっと顔を出した。店の反対側から反撃の弾丸は来なかった。そこにはボロボロになったテーブルと、床に倒れ伏した6人の姿があった。1人は若い女で白い服が真っ赤になっていた。その手前で1人の男がまだ生きていて頭や肩から血を流しながら落としてしまったらしい拳銃に手を伸ばそうとしていた。おあいにくさまだ。俺はよく狙ってそいつの頭を撃った。ビシッと頭蓋骨に当たったときのあの独特の音と共に血しぶきが舞って綺麗な死に顔だった背後の女の顔面を赤く汚してしまった。

 俺は叫んだ。カウンターの向こうに。「もうお前たちだけになったぞ!」

 あちらさんは返す言葉もないだろうと想像していたがとんでもない大声が飛んできた。

「それがどうしたクソッタレども!」

 芯が太くて鋭い女の声だった。まったく弱っていないし勝つつもりでいる。噂に聞くハニーという奴はつくづく傑物という呼び名がふさわしい人間らしかった。こういうことにならなけりゃ仲良くなれたかもしれないなと思った瞬間に頬を張られた。ブロンドが「あの目」で俺を睨んでいた。

「お前。表情が柔らかくなっている。何を考えている」ブロンドは俺の胸ぐらを掴んだ。「殺すんだ。全員をだ。全員を殺すんだぞ」

 俺の腹の中に再び火が入った。そうだ情けは不要なのだ。幾度か目の方向転換で再びカウンターに向かって真正面にテーブルを立てた。天板とカウンターの2枚の壁をそれぞれ挟んで俺たち5人とハニーたち6人がまた向かい合う形になった。

 ここで始めて、双方が動かなくなった。

 向こうはカウンターの裏に釘付けになっている。そこから動こうものならこちらの銃口が火を吹く。だがこちらとしても籠城されたような形だ。弾丸はまだあるしダイナマイトも1本残っている。次が最後の一手となるだろう。決戦の一手だ。数十人を無傷か軽傷程度でブチ殺してきたがハニーたちはそいつらとは違う。プロだ。この5対6でこちらも何人か死ぬかもしれないと俺ははじめて死を意識した。

「つまらねぇな」トゥコが据わった目で呟く。「一気にやっちまやいいんだ」

 そう簡単にいくものかと俺は文句を言おうとしたがここで名案が閃いた。一気にやる。これだ。こちらにはライフル持ちがいる。拳銃使いが2人いる。接近戦専門が2人いる。今まではバラバラに殺し時には数人で攻めたが5人全員で「一気にやる」のはやっていなかった。つまりそれぞれの持ち味を寄せ集めて「一気にやる」のだ。

 パラパラ散発的な撃ち合いをしながら、俺はあとの4人とヒソヒソと会議をした。このままカウンター裏にしゃがまれて籠城されては持久戦になる。どう考えたって体力は俺たちの方が使っている。カッカしているからいいがこれから時間を追うごとに頭も身体も冷めてくる。そうなれば疲れを感じはじめるだろう。

「トゥコの言う通りだ。一気にやっちまった方がいい」

「しかしどうやる」モーティマーが聞く。

「簡単さ」俺は答えた。「力づくだ」

 俺の脳みそがひねり出したのは半分は無謀だったが半分は確かに成功すると思わせる計画だった。まずこの天板がカウンターまでもってくれるかどうかが博打だった。しかしもはややるしかない。長くかかることのリスクを考えれば。

 俺とブロンドが片手でテーブルの足を持ち片手で天板を支えながら持ち上げた。そのまま全員で牛が走るみたいにカウンターまで突撃した。ぶつかることなどお構いなしに突撃した。途中何人かの死体かまだ生きている体を踏み潰したがかまうことはなかった。思った通りに天板にはハニーたちの集中砲火が浴びせられた。この不意の猛烈な直進に動揺しているだろうし銃口は全てこっちを向いているに違いなかった。その隙をついてトゥコとウエストとモーティマーが身を縮めて突っ走る。カウンターは片側が閉じているいわば袋型だから開いているもう片方を押さえれば逃げ出せない。3人がギリギリ見えない位置に身を寄せた直後にドッとテーブルが大きなものにぶつかった。言わずもがなカウンターの本体だった。厚い天板にも連射に耐えきれずさすがに穴がいくつか開いている。俺の頭のある部分に穴が開かないことを願いつつ俺たちは天板を支えていた手を下に持ちかえてテーブルをそのまま持ち上げた。そのままカウンターの上へと乗っけてから向こう側におっ倒してやった。もちろんこれで全員が下敷きになるわけではない。銃を構えて今にも撃ちそうな手つきでカウンターを乗り越えてきた2人がいた。1人の襟首をウエストがひっ掴み最後の一発とばかりに後頭部をブチ殴るとその猛烈な拳のせいで男の首はがくんとボールみたいに身体の上でバウンドして目の光が失われた。首の肉の中で骨が外れたに違いなかった。もう1人は床に足を着けたかと思ったらびくりと身を震わせて銃を握りしめる力をほとんど無くした。トゥコのナイフが刺さったなと直感したすぐ後にずぶりと心臓のあたりからナイフの先端が出現した。よく見れば男の背後にはトゥコが立っていてニヤつきながら持ち手をぐりぐり差し込んでいた。残忍な野郎だと感じる間もなく銃の発射音が2度店内に響いた。拳銃ではなくライフルの音でモーティマーが倒れこみながらカウンターの背後の2人を射殺したに違いなかった。

 俺たちもテーブル運びだけが仕事ではない。俺とブロンドはカウンターの上から手だけを出して下に向かってフル装填しておいた銃を全弾撃った。手応えがあろうが当たろうが当たるまいが知ったことではなかった。とその直後に一発拳銃の発射音がした。モーティマーが身を反らせて避けるのが見えた。その瞬間また一発。俺の差し出した手の甲に痛みが走り銃を取り落としかけたが何とか持ちこたえて引っ込めた。「くっ……」と向こう側から女のうめき声がして弾丸を装填する音が聞こえた。ハニーだ。まだ生きている。

 カウンターの脇から駆けてきたモーティマーは「ハニーは生きている。だがテーブルに足を挟まれてほとんど動けない。1人はテーブルの下敷きだ」と小声で報告した。

 下敷きになった男が身じろぎしたりテーブルをどかそうと試みる動きが感じられないのでおそらくさっきの乱射でくたばったと思われた。

「くそっ……」と言うハニーの声と身じろぎする音がした。ちょうどカウンターの閉じられた部分に寄りかかるような位置にいると思われた。

「この店の主人とかみさんがいるはずだ」俺は聞いた。「見えなかったか?」

「あぁ、いた」モーティマーが頷く。「ハニーの背後、カウンターの真下の空間にいた。武装はしていない」

「やろうぜ」しゃがみながら戻ってきたウエストが上気した顔で立ち上がろうとしたがブロンドに制された。

「ダメだ。ここで気を抜くと危険だぞ。手負いの奴ほど何をしてくるかわからない」ギラついているが理性の光が粒ほどに残っている目で言った。「特に気の強い女となればな」

 ハニーは今追い詰められて神経がひりついているはずだ。そこに全員で飛び込めば十中八九向こうは殺せてもこちらも死ぬか大怪我をする可能性が高まる。ここまできたらそんなリスクは背負いたくない。ここはひとつ搦手でいくしかない。張り詰めた神経を逆手にとってやるのだ。

 俺はモーティマーと相談してから足音を立てないようにカウンターの閉じられた側に回りモーティマーは開いている側に回った。向こうが準備できたと見るや俺は身を乗り出さないまま拳を力いっぱい握りしめてカウンターをガツンとぶん殴った。それに反応したハニーは上に銃をぶっ放すと思っての行動だったがやはりハニーはとんだ豪気な女だった。爆発音と共に弾丸はカウンターの上部と側面が噛み合う隙間を縫うようにすっ飛んできた。鋭い痛みを感じた直後にモーティマーが開かれたカウンター側から上半身を出してハニーを撃った。「うっ……!」と叫ぶのと同時に拳銃が床に落ちる音がした。モーティマーの弾丸は肩か腕に当たったらしい。

 ブロンドがすぐさまカウンターのを乗り越えて拳銃を足で押さえたようだった。「よう」とブロンドがハニーに挨拶した。俺は自分の脇腹をこわごわと見た。ハニーの撃った弾は俺の左脇腹をかすめて少しだけ血が出ていた。もしももう5センチずれていたら脇腹に食い込んで俺は苦しみながら死んでいただろう。

 俺は「もしも」の戦慄を噛み締めながら、息をついた。

 ブロンドに続いてモーティマー。そして俺もトゥコもウエストも、ぞろぞろとカウンターの中に入った。

 ハニーは血の流れる肩を押さえることもせず、ブロンドをにらみつけていた。

 その奥、カウンターの真下に、いつだか一度だけ出会った「どっちだか」の太った旦那と太ったおかみさんがぶるぶる震えながら座り込んでいた。旦那の方は足に怪我をしていた。さっきの俺たちの乱射で運悪く当たったのだろう。

「久しぶりだな、ハニー」ブロンドは言った。

 ハニーはこちらをちらりと見ながらそれには答えず、「あんたたち、何者?」と逆に聞いてきた。 

「まぁ簡単に言うと……お前らの活躍が気に入らない者だ」俺は言った。

「気に入らないって? 私たちがあんた方に何かした?」

「目の前で獲物をかっさらわれたりしたが……それ以前からお前らの……“義賊”っぷりにはイラついていてな」

「貧乏人にカネを配るのが悪いことなんだ。へぇ、知らなかった。ふぅん」

 拳銃、ライフル、刃物に蹄鉄。武装した男5人に囲まれてあとは殺されるかもっと酷い目に遭うかしか道が残っていないはずのハニーだったが、実に堂々とした態度だった。

 ハニーは「タバコある?」とすぐ脇のブロンドに聞いたが「ない」と即答された。ブロンドは「俺のことは覚えてないのか?」と尋ねたが、それは無視された。 

 ハニーは一度俺たちから目線を外して、鼻で笑いながら言った。

「あんたたち……ジョーが怒るよ。あいつ、非道な奴らには容赦しないんだから。世間の人だって怒るよ。まだ強盗にもなってない、子供みたいな野郎や女まで、こんだけ殺したんだから……」

「それは大丈夫だ」俺は悪い笑みを浮かべながら遮った。「これは俺たちの仕業じゃないことになる」

「はぁ? 何言ってんの? これだけのことをどうやって……」

 そこまで言ったハニーの瞳に、はじめて恐怖の色が浮かんだ。人ではないものを見る目で俺たちを見る。

「……ジョーに全部おっかぶせるつもりか!」

「そうだ」

「この無差別の殺しも! あたしたちを殺したのも! 全部ジョーの仕業にするのかよ!」

「そうだ」

「そうだともよ」俺のあとにトゥコが続いた。「あんたはあの世で俺らの仕事ぶりをゆーっくり見物してな」

「ちくしょう!」ハニーはブロンドの足を思いきり何発も何発も殴った。ブロンドは冷ややかな目で見下ろすだけだった。

「おいハニー、俺のことは覚えてないのか?」ブロンドは静かに再び聞いた。

「あんたのことなんか覚えてないね! この人でなしども! 悪魔よりもあんたがたの方が」

 ドンッ、とハニーの声を断ち切るように拳銃の発射音がした。ブロンドが抜いて撃ったのだ。ハニーのYシャツの、ちょうど胸の谷間のあたりに赤い穴が開いたかと思うと、みるみるうちにそれが広がった。

「…………」何か言おうとして何も言えないまま、ハニーの瞳から生気がゆっくりと消えた。それからブロンドのいない側に、誰かにもたれるように傾いだ。倒れなかった。

「俺のことを覚えてないだと?」ブロンドがその倒れなかった身体を蹴り倒して、腹に足を乗せた。それからそれにぐうっ、と体重をかけて、もう死んでいるハニーの顔をにらんで言った。

「俺のことを覚えてないから死ぬんだ。馬鹿め」

「どうして」

 女の声がしたので一瞬、ハニーが喋ったのかと思ったが、そうではなかった。カウンターの下で震えている太った女がそう言ったのだった。

「どうしてこんなひどいことを」

 しっかり抱き合っているこの店の主人夫婦をよく見れば、旦那の方は足だけではなく腹からも血が出ていた。ぜいぜいと息を吐いていて、喋るのは無理そうだった。 

 俺は少しだけ良心が痛んだ。ここで「面接」が開催されなければ、少なくともこの夫婦は死ななくて済んだだろう。

 だが良心の痛みはあくまで少しだけだった。

「運が悪かったと思ってあきらめな」俺は言った。「こんな所に妙な店を建てたのがまずかったのさ」

 それから銃を構えて、引き金を2回引いた。少しだけ残った良心を発揮して、綺麗に頭を撃ち抜いてやった。



 まだ数人のうめき声がする中、ウエストが出入口の板を蹴り破る。俺たちは外へ出た。

 外はもう夕方になっていた。どれだけの時間殺し続けていたのだろうか、とふと思ったが、時計を見る気にはならなかった。

 ジョーのことが気になったが、アジトからここまで往復するのだ、間に合うまい。

 マッチを分けあって各自、積んでおいたワラに向かった。俺はブーツの脇でマッチをこすって、着いた火をワラの中に放ってやった。

 かさついて乾燥したワラに、みるみるうちに火が回る。それから火はあっという間に大きくなって炎になった。木材の壁に移り、「どっちだか」の外側を舐めはじめる。煙が立ちのぼる。俺が数歩離れると、店の反対側からも煙が上がっていた。

「おい! なぁセルジオ!」

 ウエストの声が横から聞こえた。目をやればワラの前に立って火の着いたマッチを右手でつまんでいるが、何故かそれを手放さない。短くなったマッチが指をこがそうとしていた。

「どうした」

 俺が近づいていくとウエストはこっちを見た。困惑の表情をしている。

「指が、指が離れないんだ」奴は右手首を左手で握った。血まみれの蹄鉄が鈍く光った。「右手が、言うことを聞かない。それに、耳が痛い。心臓も痛い」

「お前は耳をケガしてる。心臓は動きすぎたせいだ。手が動かないのは……ずっと握っていたせいだろう」

「違う、違うんだ」

 ウエストの瞳がうるみはじめた。

「火をつけるまでは、手は、ちゃんと、動いてた。つけたら、頭に浮かんだんだ。顔が…………“兄弟”の顔……俺が殺した“兄弟”の…………」

 俺は黙っていた。

「『どうして』って聞いたんだ……俺に……」ウエストは頭を下げて泣きそうになっていた。「どうしてだかわからない……なんでなんだろう、って考えてたら……手が離れなくなったんだ…………」

 俺はもう一歩近づいてウエストの横っツラを張ってやった。奴は驚いて俺をにらんだが、指はまだマッチをつまんだままだった。

 どこからか乾いた風が吹いて、マッチの先の火が消えた。

 俺は無言で、自分の分のマッチを取り出してブーツで火をつけ、それを無理矢理ウエストの左手に持たせた。

「やれ」

 俺は言った。

「左手は動くだろう。やるんだ。それでお前は一人前になれる。昔に戻らなくてもよくなる」

 ウエストは左の手を伸ばした。指先で燃える火をじっと見ていた。手は震えていて、それにつられて火も揺れていた。

 鼻で息をしていたウエストがそれを一瞬止めて、指を離した。マッチはあっけなく下のワラに落ちた。

 パチパチ言いながら、ワラは燃えた。もうしばらくしたら火は大きく広がり炎となり、壁を舐め、そして店を包んでいくだろう。そして店内にいる全員を焼き尽くすだろう。もう死んでいる者も、生きている者も、男も女も、“兄弟”も、分け隔てなく。

 俺はウエストの背中をばしん、と思いきり平手で叩いた。それから店の正面へと戻っていった。

 ウエストは怯えたように肩をすくめたが、俺の後ろからしっかり着いてきた。




 店の正面まで戻った。もう炎は店の屋根まで伸びて、スイングドアから見える店内は煙に包まれていた。

「終わったな」ブロンドは言った。もういつもの調子に戻っていた。「みんな死んだ」

「コトはもう半分残ってるぜ」トゥコは馬につけてあった酒を持ってきて封を切って飲んだ。こりゃ最高だ、と言ってから、「こいつはまだ丸々一瓶残ってるがな」と呟いた。

 俺もウエストもモーティマーも、何も言わなかった。ただ口を閉じて、燃えていく「どっちだか」を眺めていた。

 しばらくしたら店内から聞こえていた生存者たちのうめき声が止んだ。あとは木材がパチパチはぜる音、店がきしむ音、それにトゥコが時折飲む酒瓶がタポタポいう音だけがした。

 店の真ん中あたりの天井が燃えて落ちたのが合図のように、俺たちは踵を返してその場を立ち去ろうとした。


 ぎしり。


 背後から妙な音がした。

 木材がきしむ音でも、ズレる音でもない。


 ぎしり。ぎしり。


 誰かが店の中を歩いてくる。

 壊れかけて、血みどろの床板を踏みしめて、誰かが歩いてくるのだ。

 俺は背中に冷たいものを感じて振り返った。ブロンドも、トゥコもモーティマーも、ウエストももう出入口の方を見据えていた。

 そんなはずはなかった。ほとんどの奴らは撃ち殺すか殴り殺すか刺し殺すかした。残った半死人も、煙で窒息死したはずだ。

 誰かが生きて出てくるはずがなかった。

 

 ぬらっ、と、ドアの向こうに人影が現れた。煙に包まれながら、その影は黒くもなく、白くもなく、灰色だった。

「あっ……あぁ……」ウエストが蹄鉄を取り落とし、腰を抜かして地べたに座り込んだ。

 トゥコとモーティマーは微動だにしない。俺は自分の手が震えているのがわかった。

「馬鹿な……」ブロンドは呟いた。「心臓を撃ったはずだぞ……」


 スイングドアがゆっくりと開いて、出てきたのは、ハニー・ウェルチだった。


 間違いなく、そう間違いなく、胸には血がにじんでいる。シャツやズボンには黒い点がいくつもこびりつき、燃えるような赤毛や白く輝いていた顔にもススがこびりついていた。

 だが足元はよたついている。両足を悪くした年寄りみたいに、ずるり、ずるり、と引きずって、店の外についた2段ほどの階段を、ハニーはようやっと降りた。 

 ばさばさに広がった赤毛のせいで、目は見えない。鼻もほとんど見えない。ちゃんと見えるのは口と顎だけだった。

 その姿からは、生きている者の輝きがなかった。

 虫から人間まで、生命を持つものなら誰でも発している「何か」が、ハニーの身体からは全く発されていなかった。全く、だ。

 道端の見世物でたまに見かけるあやつり人形のようだと俺は感じた。じゃあハニーを動かしているのは何だ。恨みか。怒りか。それとも──

 階段を降り切ってから3歩ほど進んだハニーは、生命のない佇まいのままで立ち止まった。見れば、右手に銃を握っている。さっき握っていた自分のものではなかった。床に落ちていた誰かのものらしかった。


「…………お前……たち…………」


 ゾッとするような、はるか遠くの深い穴の底から聞こえるような声が、開かれたハニーの口の奥から聞こえた。トゥコが上半身を震わせ、息を飲むのがわかった。


「…………お前……たちは…………」


 ここは広い枯れた荒野なのに、沼みたいな泥みたいな湿った声が、耳にへばりついた。 


「お前…………たち…………」


 ハニーは銃を握った右手を持ち上げようとした。

 その瞬間、俺とモーティマーとブロンドは銃を構えて一斉にぶっ放した。

 連続する銃撃音の間隙に、すぐ横の地べたからウエストの泣くような、苦しむような嗚咽が挟まったが、俺たちは構わなかった。 

 ハニーの身体は三方から銃撃を受けるたびにねじれ、跳ね、のけぞった。しかし悲鳴も声も、一言も発しなかった。

 俺が5発全部、モーティマーが5発、ブロンドが8発撃ち込むと、ハニーはその場にくしゃりとくずおれて、それから仰向けに倒れた。

 一息の間を置いて、銃に弾を足したブロンドが近づいていった。俺も後に続いた。

 ハニーは身体中に穴を開けて死んでいた。だが首から上は綺麗なもので、顔には数ヶ所の血が跳ねているだけだった。目は閉じられていて、安らかに眠っているようにも見えた。さっきからとっくに死んでいたようにも見えた。

「死んだな」ブロンドは確認するように、誰ともなく言った。「死んだ」

 それから「いい女だった」と小声で言ってから、腹のあたりにもう一発撃ち込んだ。俺はなぜかひどく気分が悪くなった。

「行こう」ブロンドが全員に告げたので、俺はハニーの死体に一瞥をくれてから背を向けた。

 ブロンドはもうやることはないとばかりにずんずん歩いていく。トゥコが腰を抜かしたウエストを立たせてやっている。ウエストの顔は汗か涙かその両方でびっしょりと濡れていた。

 そして俺はそこに立ったままのモーティマーの脇を通った。奴は、今回の襲撃でも一度も抜かれなかった腰のナイフケースを右手の親指で撫でさすっていた。

「なあセルジオ」

 モーティマーが声をかけてきた。俺は奴の顔を見た。顔面の筋肉はひきつり、瞳には追い込まれ、狂ったような怯えが張りつめていた。

「あの女は……あの女は、大丈夫だろうか? もう大丈夫か? もう……生き返らないだろうか? 死んだままか? もう死んだままだろうな? 問題ないか?」

 モーティマーは俺の方を見ながらも、俺の方は見ていなかった。悪魔を封じ込める呪文をひとりきりで唱えているようだった。

 俺は奴の、ナイフのケースをいじっている右手を掴んだ。

「彼女は、死んだよ。死んだ。絶対に死んだ」

 噛んで含めるように幾度も死んだ、と言った。

「彼女は死んだ。生き返らないし、お前に害を加えない。死んだんだ。死んだから、銃ももう撃たない。だからこれは……出さなくていい」

 モーティマーは頷いたが、それでも怯えのとれない表情のままだった。もうあちらに歩み去っていくブロンドたちを追って、モーティマーと俺は歩き出した。奴は時々振り返って、ハニーの死体が動き出さないのを確かめていたが、5回か6回確認したところでようやく落ち着いて、足どりもしっかりしたものに戻った。


 俺たちは少し離れた場所につけてあった馬に乗った。

 そこからでも、「どっちだか」が燃えて崩れていくのがよく見えた。

 夕闇に包まれていく空を背景に燃えていく「どっちだか」は、こう言っちゃ何だが、たいそう美しかった。この中で人間が何十人か死んでいることを考えても、どこかしら清らかな空気が辺りに満ちているような気がした。



 俺たちのこの日の「仕事」は、このようにして終わったのだった。

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