106つ、または107つ、ないし108つのジョー・レアルの生首

ドント in カクヨム

1 ~ 10

●1

 ジョー・レアルをぶち殺して首を持参した野郎には10万ドルくれてやる。

 そう俺たちが宣言したその翌日。さて、何人が首を持ってやって来たと思う?


 212人だ。


 持ち込まれたうちの半数は偽物だったが、あとはどっからどう見たってホンモノの、ジョー・レアルの首だった。

 信じられるか?

 俺には信じられなかった。バーにいる仲間の誰もがそうだった。


「ふざけやがってよッ!」

 ちびのトゥコは短い足で丸テーブルを蹴り飛ばした。

 上に乗っていたものがごろごろ音を立てて床に転がる。ジョーの首、ジョーの首、ジョーの首……が7つ。

「どうなってやがる」ブロンドも普段の優男ぶりが見る影もない。「これはなんなんだ?」

 そう言って店内を見回す。テーブルの上に床の上、壁のそばにもどこにでも、ジョーの首がひしめいていた。

 その数、実に106。

 持ち込まれた首の、ちょうど半分。

 指そぎのモーティマーも、“会計”のダラスも、下っ端のウエストも、すっかり黙りこくっている。俺だって一言も発せなかった。

 俺たち6人は106の「ジョー・レアルの首」に囲まれ、怯えきっていた。

 生きてきて一番恐ろしい出来事だ、と俺は思った。こんな無茶苦茶があってたまるか。悪い酒が見せる悪い夢よりなお悪い。

 だがこの状況は、すぐさま生きてきて二番目に恐ろしい出来事になった。

「こんばんは」

 バーの外れかけたドアの外、夜の迫る夕闇の中から声がした。

「ジョー・レアルの首を買ってくれるってのは、ここですかね?」 

 朝から200回ほど聞いた台詞だったが、今までで一番、穏やかな声に聞こえた。




 そもそもの始まりから語るとするなら、俺の名前はセルジオ。テキサスで生まれ……少し省略しよう……このろくでもない西部で4年ほど前から、褒められたやり方でない金儲けをしている。

 モーティマーやトゥコなどとの出会いは追々おいおい語れるだろう。先にジョーの、クソッタレのジョー・レアルの話をしておきたいと思う。




●2

 そもそもがジョー・レアルは善人だった。強盗でありながらも善人と言われていた。

 少なくともここらの大半の奴らにはそのように思われていたし、俺たちのような悪党や保安官どもの中にすら、「あいつはいい奴じゃないが悪い奴でもない」とぬかす輩もいた。


 とにかく気に食わない野郎だった。


 まず貧乏人は襲わなかった。奪うのは金持ちからだけだ。

 貧乏か金持ちかなんてのはさほど大事じゃないはずだろう。持ってるものを奪うだけだ。

 貧乏人か金持ちかどうやって見分ける? と誰かが聞けば、ジョーは「簡単さ」とこう答えたそうだ。

「俺たちみたいな輩と同じか、もっとみすぼらしい格好の奴らは貧乏人だ。俺たちよりずっと上等の服を着ていてキラキラした指輪だのペンダントだのをつけてれば、それが金持ちだ」

 そんな知ったような口をきいたという。


 ほら、気に食わないだろう?


 それじゃあ、金持ちを襲う時は相当に、存分にやりやがるのだろう。男と見ればその白い歯をブチ折り金歯を抜き取り、女となればアクセサリーにドレスに下の毛までを引き剥がす。それからあとはカネも命もみんなタダもらいだ。だがそうじゃなかった。

 ジョーは基本的に一匹狼で、大きなヤマの時だけはお人好しな盗っ人どもと組む──まぁ奴は後々相棒を作ってその結果仲間も増えるのだが、その話はあとにしよう──そんなヤマで何度か組んだ、アーチーって野郎に聞いたことがある。 

 ジョーが金持ちの家や馬車に乗り込んでの一言目はいつもこうだったらしい。

「手荒なことはしたくない。素寒貧にはさせやしないから、金目のものをよこしてくれないか?」



●3

 …………「手荒なことはしたくない」だそうだ。「素寒貧にはさせやしないから」だとさ。「金目のものをよこしてくれないか?」ときた!

 そして無事に、相手が無抵抗で金品を渡すとこう言い残して去る。


「どうも。悪かったね」


「どうも。悪かったね」だとよ。「どうも。悪かったね」だと!

 どういうつもりだ? 小綺麗な町でスタスタ歩いている、スソの長い服を着た野郎や女どもにでもなったつもりだろうか? お前はそいつらの側じゃない。そいつらから取る側じゃないのか? 

 この話をアーチーから聞いた時はカッとなったもんだった。とんだクソッタレじゃないか? 俺は思わず目の前にいたアーチーをぶん殴った。

「なにするんだよう!」

 アーチーはスタントンのバーの床にすっ転がってバカな犬みたいなツラで俺をにらんだ。そのバカな犬みたいなツラにまた腹が立ったので、ブーツで顔が顔じゃなくなるまで潰そうとしたが、トゥコとブロンドにそれぞれ両腕を押さえられ止められた。

「ここで酒が飲めなくなるだろ!」とトゥコは言った。

「こいつはもうだいぶ不細工じゃないか」ブロンドは涼しい声で言った。「これ以上不細工にしちゃあ可哀想だ」

 ブロンドの太い腕は俺の右腕をしっかり押さえていたが、トゥコは半分持ち上げた俺の左腕にぶら下がるみたいになっていた。 

 その様こそ格好がつかなかったが、「ここの酒が飲めなくなる」という形相は真剣そのものだった。俺は一瞬で冷静になった。

 俺は壊れやすいグラスみたいなもんだった。ある程度怒りが溜まるとあっけなく割れる。そうなると人を殴ったりする。そしてすぐグラスは元に戻る。あまりよくない性質だ。自分でもわかっている。この2人と組みはじめてからはだいぶ収まっていたが、それ以前はだいぶやらかしていた。いや、「かなり」だ。テキサスにいられなくなったのも、実はそのせいだった。

 だがこの西部で強盗や殺しをやろうってんなら、一瞬で出せる馬鹿力は必要なのだ。ジョーのようないけすかない仕事ぶりでもなければ。


 …………一度だけ、そのジョー・レアルの姿を見たことがある。


 もちろん墓場で襲った時なんかとは別だ。もっとずっと前の、俺たちが無関係の時代のことだ。




●4

 あれは3年ほど前だったか、アーチーをぶん殴る直前のことだった。ジョーの噂くらいは聞いていて、「へぇ、そんな野郎がいるのか」くらいに思っていた時期だ。

 カンザスとミズーリの境の、どっちだかだった。いや、飲み屋の名だ。バーの名前が「どっちだか」なのだ。州境にあるから「どっちだか」とつけたらしい。ふざけた店名だったと今でも思う。

「どっちだか」の床板のど真ん中には一本まっすぐ、ピンク色の線が入っていた。店の中心あたりにはこう書いてあった。



 ←カンザス┃ミズーリ→



 ブロンドとトゥコはなかなかだなとニヤついたが、俺は全然、この種の笑いがわからない。ぴくりとも笑わなかった。

 ブロンドにどこにすると問われてどこでもいい、と答えた。俺たちはミズーリ側の、店の一番奥のテーブル席に座った。

 仮に入口に保安官殿や軍隊様がやって来ても、窓から突入して来ても応戦できる場所だ。それになんとなく、カンザス側には座りたくなかった。昨日一発、仕事をしたばかりだったからだ。人も幾人か死んでいた。

 店のおやじが来るのを待たずにカウンターに行った。俺たちはバーボンを一杯ずつ頼む。トゥコはいつも通り、店の中の酒を棚ひとつ分全部、一杯ずつ頼んだ。

 ぽってり太って小さな目の店のおやじはトゥコの注文にぽってり太った顔の中の小さな目を剥いて、親指で後ろの酒棚を指しながら「ここのを全部ですか? 一杯ずつ?」と聞き直してきた。

「そうよォ。全部。一杯ずつ」 

 トゥコは鼻の下に生えたバカみたいなチョビ髭を指でさすりながら、ニコニコして機嫌よく答えた。

「まとめてでもいいし一杯ずつでもいいからよ、とりあえずそこから」指で酒棚の左端をさす。「そこまで」ツーッと動かして右端まで流した。「全部味見をしてえのよ。なっ!」

 これははじめての酒場となると必ず行われるやりとりだった。ただこの儀式、トゥコの機嫌が悪いときだと店主を怒鳴りつける。時にはコップが2、3個割れたり、骨や歯が1本2本折れたりする。 

 一見の店で厄介ごとがおっぱじまらなくてよかった。昨日の仕事が上々だったおかげか。ブロンドと俺はトゥコを引き連れて、ホッとしつつ苦笑してテーブルに戻った。 




●5

 昼の日中だからか、やけに広い店だからか、「どっちだか」は空いている。それでも半分は埋まっている。酒の店だからガヤガヤとやかましい。

 トゥコの注文は中年の太った女──たぶんあのおやじの女房だろう──がいっぺんにグラス5杯ずつ、盆に乗せられた形でやって来た。

「ひゃあ、来た来たぁ」

 トゥコは拝むような手つきで騒いだ。

「5杯ずつとはいい具合だ! おかみさんの考えかい?」

「あたしゃあなんも考えてないよ!」

 酒を前にして浮かれたどうでもいい褒め言葉だった。女はそう言いながらもまんざらでもなさそうな顔をしながらカウンターに戻った。

「そう騒ぐなよ、酒は逃げないぞ」と俺の忠告が終わらないうちにトゥコは一杯飲み干していた。

「うん、うまい!」

 これは「中の下」という意味だ。こいつの酒の評価は5つで、とてもわかりやすい。下から、

「まあまあだな」

「うん、うまい!」

「こいつはうめぇ!」

「こりゃあ最高だ!」

 そして

「飲み干してからクーッと唸って黙る」

 が最高位。


 この日は2杯目から「こりゃあ最高だ!」が出た。その余韻を味わおうというのか3杯目に期待しているのか、グラスを握って愛おしそうに小麦色の液体を眺めていたトゥコは、ふと遠く、反対側、カンザス側の壁際の席に目をやった。

「おゥい、ふたりともよゥ」すこぶるご機嫌な調子でトゥコが言う。

「あそこにいんのが、ジョー・レアルだぜ。……あんたはああいう野郎は、嫌いだと思うがな」

 小声で余計なことが付け加えられた。

 俺はちょうど反対側のテーブルを見た。4人か3人用のテーブルにぽつり、とひとりで座っている男がいた。




●6

 驚いた。ジョー・レアルなんて泥臭い名前だったし、紳士的なんていう評判を耳にしていたから、てっきり中年か年寄りの落ち着いた男を想像していた。


 ジョー・レアルはまず、若かった。

 20歳は越えているが、25まではいかないだろう。つまり俺よりも年下だ。まだガキと言っていい。

 顎が細く、首も長くて細い、床に伸ばされた足も長くて細い。「西部の男」ってよりは「鹿」みたいな野郎だと思った。ただし上着の下にある肩幅はかなり広く、足の長さと座高からして身長はかなりありそうだった。

 ジョーは落ち着いた様子で、ツマミもなしにグラス一杯の酒をゆっくりと飲んでいた。テーブルの上にグラス以外のものはない。帽子はかぶらない主義のようだった。

 時折思い出したようにどこか遠くを見る。店の中のどこかではなく、物思いにふけっている様子だった。


 真っ黒な髪を少しばかり伸ばし、うしろで束ねていた。パッチリした目の上に濃くて黒い眉毛。すらっと伸びた鼻がその下にあって、肌は鮮やかな褐色だった。白人らしからぬ風貌だったが、あるいは名前からしても、先住民か黒人の血が混じっているのかもしれない。だが顔つきは「濃く」なく、夏に山で吹く風のように涼しげな印象があった。


 意志の強さの中に、子供のような柔らかさが残る顔だった。世をすねた悪党でも純粋な善人でもない、だが単なる若い奴ってわけでもない。あの齢でも誰かを引っ張っていけるような、不思議な貫禄を身につけていた。

 総じて見るに、まだ若くて青いが、将来大物になりそうな奴、そんな空気をまとっている。

 つまり、「鹿」ってよりは「角がでかくなる途中のオオジカ」か。俺は印象を修正した。


「それは人生が順調に行けば、の話だ」

 俺は頭の中で俺に囁いた。ああいう野郎は、途中で泥道や川に足をとられてあっさり死んじまうもんだ。

 そういう奴を俺は何人も見てきた。そういう奴を俺は何人も殺してきた。




●7

「あれが例のジョーか」ブロンドは顎に手を当てて感心したように呟く。

「そうだ、あれがジョーさ」とトゥコは言ってから3杯目を一気に飲んで、「こいつはうめぇ!」と言った。

「あのシューッとした顔でよ、丁寧な態度でゼニカネを奪うだろう? 殺しもまずしないらしい。金持ちのお嬢さんにゃあ、“紳士強盗”つって愛好者もいるとかいねぇとかで」

 チッ、と俺は聞こえるように舌打ちをした。わざと荒っぽくバーボンを一気飲みして、トゥコをにらんでグラスを雑に置く。

 気に入らない。

「しょうがねぇだろうがよ、聞いた話なんだからよ」

「まぁ、喧嘩はするな。酒がまずくなるだろう?」ブロンドが俺とトゥコの間に入る。「それに男前ではあるが、俺ほどじゃあないしな」

「……そうだな」

「……そうさな」

 俺たち2人はまたこれだ、という態度を出さないようにそれだけ言った。

 このブロンドは、自分がアメリカいちの男前だと言って聞かない。同率はいるだろうが、俺はアメリカいちだと。

 確かにブロンドは男ぶりはなかなかによかった。彫りが深く濃い顔つきにくっきり大きな目がついていて、ふるまいも身のこなしもゆったりしていて、当時の俺たち3人組の時代でも、今の6人の時代でも、女からは一番に好かれるだろう。

 ただ問題がひとつあった。

 ブロンドは50歳を越えているのだ。

 若い者と張り合うどころか、もう男の店じまいを考えなきゃならない年齢だ。だがブロンドは男前であること、色男であることにこだわった。しがみついていた。

 だがもう5年もすればその頑張りも、壁に無理に塗った泥のように乾いてボロリと落ちるだろう。

 本人もそれに気づいているのか、女に対するこだわりや執着がどんどん強くなっていっているのだった。




●8

 酒を飲みきったらしいジョーが立ち上がった。やはり背が高い。ブロンドや俺よりも高い。6フィートほどだろうか。トゥコ? トゥコはあいつに比べたら女の子みたいなもんだ。

 スッと伸びた足を動かして、わざわざカウンターに向かった。 

「ごちそうさん」

 そう言ってポケットから銀貨を出して、女房の前に置いた。

「あら、こりゃもらいすぎだよ」

「いいって。じゃあな」

 身のこなしも、動きも、言い方もごく自然で、気取った部分がなかった。

 ダスターコートの裾をはためかせて踵を返し、店の真ん中を歩いていく。カンザスとミズーリのど真ん中の線の上を。

 州境とされる線の切れ目の、バーの入り口。スイングドアのあたりまで歩いてから、ジョーはちょっと店内を振り返った。家を出るときに忘れ物がないか確かめるみたいな振り返り方だった。

 それから、ドアの音も立てずにまだ明るい外に出ていった。

 あの体つきも、顔も、身のこなしも、態度も。悪党の匂いのなさも振る舞いの嫌味のなさも、若さも、おそらく明るく拓けている未来も……

 俺はジョーの何もかもが気に入らなかった。

 俺の隣ではトゥコが4杯目を一気に飲んで、クゥーッと唸って頭を抱えていた。



 ……その「どっちだか」だが、ちょいと前に俺たちが燃やしちまったので、もうそこには何も建っていない。おやじと女房にも死んでもらった。

 あとでわかったことだが、「どっちだか」が州の境に立っているなんてのは嘘っぱちだった。当然と言えばそうだ。そんなことは国か州の決まりだかで許されないのだろう……よく知らないが。

 店は州境ギリギリではあったが、完全にカンザス側に建っていたのだそうだ。だから俺たちはあの時、ミズーリと書かれたカンザスで飲んでいたわけだ。 

 そんなふざけた場所に建てて、ふざけた店の名前にするから、俺たちみたいな悪い奴らに焼かれることになる。




●9

 …………廃屋のバー「ヘンリーズ」のドアの向こうから「こんばんは」と声がしたので外を見れば、もう夜がひたひたと迫ってきていた。


「ジョー・レアルの首を買ってくれるってのは……」と言い継ぐやけに穏やかな声を聞いた瞬間、俺にとって幸か不幸か、恐怖の糸がプツン、と切れた。そしてうんざりした気分へと移行した。投げやりとも言う。ヤケクソってやつかもしれない。

 いま持ち込まれそうになっている首が偽者のなら、106は106のまま。それでよしだ。

 で、またそれがジョーの首だとしよう。で? 106つが107つになったからって、なんだってんだ?

 俺はもはや開き直って外の男を無視して、ウエストに声をかけた。

「“下っ端”、暗くなってきた。悪いんだが器用なとこで、奥の何個だかあるランプをつけて、そこらに置いていってくれないか」

「……わかった」

 ──ウエストの“下っ端”とは、あだ名である。本人が「そう呼んでくれ」と言ったのだ。


 ウエストは若い黒人だ。チリチリ頭で目がでかい、ついでに言うと体もでかい。年齢は本人にもわからないらしいが、たぶんジョーよりも年下で、十代後半だろうと思われた。


 こいつはある村で、自分を侮辱したらしい白人をボコボコにぶちのめしているのを俺たちが止めたのが縁で、仲間になった。




●10

 宿屋の前の、開けた場所だった。 昼の12時ちょうどで、太陽がじりじりと暑かったのを覚えている。

 ウエストはずいぶんと我慢していた。身ぶり手ぶりも添えてねちっこく白人から何か言われていたようだが、それらの言葉もぶちのめす引金になった言葉も、かなり離れていた俺たちにはよく聞こえなかった。が、想像はできる。誰でもできる。何せ白人と黒人だ。

 先につっかかったのも白人の方だったし、先に銃を抜いたのも白人の方だった。というか、ウエストはまったくの素手だった。

 向こうが素手で来たんならこっちも素手でやるべきだ。それが西部のお定まりだ。ところがそいつはウエストが突撃してきた瞬間、あろうことか銃を抜いたのだ。これは、「男」じゃない。

 しかも、こいつはひどいヘボ野郎だった。ウエスト……いや、その「若い黒人」を、撃ち損じたのだ。それも5歩もない距離でだ! 

 男じゃない上にヘボな奴に銃なぞ持って欲しくないし、同じガンマンとしてはそういう奴に肩入れなどしたくない。

 とは言え撃ち損じたその瞬間を俺は見ていたので、理解はしたくなる。ただし同情はしない。


 最後の侮辱の直後、激昂した若い黒人は12歩をたったふた足で飛んだのだ。

 ひと足目でもう6歩の距離に詰めていた。白人には奴が虎のように見えたろう。あわてた手つきでホルスターから銃を抜いて撃ったかと思ったら見事、自分のすぐ足元の地面に命中していた。地中のミミズくらいは殺せたかもしれない。

 次弾を発射する前に、若い黒人の拳が男の鼻に命中していた。スッキリするぐらいの見事なブルズアイだった。

 ガンマンもどきがのけぞるのと合わせるように今度は腹に一撃。これも強烈だった。口から酒場で飲んだのであろう液体をビュッと噴き出しながら身体が後ろにスッ飛んだ。

「あいつ、やりやがる」俺は感嘆していた。 

「完璧な連撃だ」ブロンドも顎に手をやっている。 

「おっかねぇなぁおい」トゥコは俺たちの間から覗いていた。「黒いのってのはいざ怒るとおっかねぇや」

 黒人はぶっ倒れたガンマンもどきにのしかかり、強く握った拳でボコボコと顔面を殴る。

 若い黒人にとってはここが南側の村じゃなかったのも幸いした。もうちょっとあっちの村だったら、どうなっていたことやらわからない。

 ガンマンもどき側のあまりの無様さに周りの荒くれ者も「黒人風情が!」と怒る野郎はおらず、むしろ「もっとやってやれ!」とあざける声が多かった。「そいつなんざ西部の男じゃねぇ!」と。


 ところが、だ。

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