性王!性王!性王!

只野差流

台風の朝

「おはよう」


「え、あ、ああ、おはよう」


今朝方、とんでもないことが起こった。まるまる一年間、口を聞いてくれなかった彼女があいさつをしてきた。


「へぇ、台風が来るの今日なんだ」


「.......」


彼女の口が咀嚼以外で動くさまを見て、とても感動してしまった。まるで今まで人形と生活していたのかと思うくらいに、今の彼女は生きてるって感じがする。


「気を付けて帰ってきてね」

 

「え、あ、うん」


彼女とバッチリ目が合う。瞬間、鼻の穴に刺激物質が入りこむ。快感の信号が体を走った。フェロモンだ。久方ぶりにフェロモンを感じた。


「ねえ、なんか変じゃない?大丈夫?体調悪いの?」


「いや、変なのは君の方で」


「は?ああ、寝ぼけてんのね。ほら、ちゃっちゃと食べちゃって」


キスしたい。いま無性にキスがしたい。でも、キスしてしまったら今日はもう会社を休むことになる。我慢できるはずがない。


「ほら、もう時間でしょ?カバン持ってくるから先玄関行ってて」


ど、どうしよう。いや、でも休んだらまずいことになるよなあ。まずい、靴紐がもう結べてしまった。


「はい、カバン」


「なあ、行ってらっしゃいのキスしてくんない?」


彼女がキスしてくれたらもう会社を休もう。確率は五分五分な気がする。


「...........」


「え、あ、ごめん!ちょっと調子乗りすぎた!行ってきます!」


諦めて、逃げるように、家を出た。


あれ?彼女が先に家を出て行ったぞ?こんな雨の中傘もささずに。


「ご、ごめんって!!」


急いで後を追いかける。



あれ?あ、あれ?体が固まったかのように動かない。


ガチャ、ガチャ、ガチャ。気持ち悪いくらい同時にドアが開いて、閉じるときもシンクロした。団地に鳴るのは雨の音と女性達の足音。


「えーー世の男性諸君、ご機嫌よう。私はモトユキ、"性王"である。」


わけのわからん顔面真っ白の男が目の前に現れた。でも目の前にはいなかった。声は頭の中でガンガン響くし、わけがわからない。


「えーー、例えるなら世の女性たちはSである。そして私はN。そう、我々は互いにひかれあう運命なのだ!!


君たちはこれから先、露頭に迷うだろうがナメック星人でも見習って、自力で子をなしてくれ。以上」


男は消え、体は自由に動くようになった。そして女達は根こそぎ消えた。


本当にもう彼女には会えないのか。久しぶりに口をきけたのに、これからキスしていろいろするはずだったのに。もう、会えないのか?


「..........名前、なんていったっけ?」


彼女の名前を忘れた。許せん、奴を、許せん。

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