第23話 大嫌いだけど
まったくなにが、さよなら、だ。
叶わない恋に決別しようと決め、その手始めに家庭内別居を目論んだというのに、しかもそれは成功しかかっていたというのに、俺のさよならの決意なんかそんなものだったのか。
なぜ拒否できなかったんだ。
孤独を嫌う黒瀬さんの甘い罠を。
彼は俺に執着していると自分で言っていた。その言葉に嘘はないと思う。でもその執着心が、たとえば恋や愛のような、美しくてあたたかい感情じゃないことだけは、よくわかっているつもりだったのに。
昨夜のことを思い出すと、恥ずかしさで今すぐ窓から飛び降りたい気持ちになる。はじめて男性とあんなことをしてしまった。遠回りな自傷行為としか思えない。傷つくとわかっているのに、あの人にいいようにされている現状は。
それでも昨日の俺は、少しくらいは、信じたいなんて馬鹿げたことを思った。
いつかの朝、俺に馬乗りになって首を絞めていた黒瀬さんの笑顔が、「リュウくんは俺のことが好きだよね?ちゃんと言ってよ、ほら」と繰り返していた、昨夜の泣き笑いのような表情と重なっていく。
黒瀬さんが好きです、と繰り返しながら、俺は殺されたいと思った。この人に。この人と、一つになっていてもなおこんなに孤独なら、もういっそ、殺されたかった。
この人の執着がいつか愛に変わることを、信じたかったのだ。
いままでなにひとつ変わらなかった日常が、夜明けとともに一転しているんじゃないかなんて、淡い期待を胸に抱いて、眠った。
◆
朝、目が覚めてベッドにひとりだったときの俺の絶望を、どんな言葉で表したらいいかわからない。
黒瀬さんはすでに出かけていて、その日は戻らなかった。
それどころかその翌日も、じゃあリュウくんおやすみ~、なんてへらへら笑いながら自室に引き上げていき、いっこうに俺の部屋を訪れなかった。あの夜のことは幻だったのか?と、自分の記憶を疑いたくなる。
期待しては落とされて、それを繰り返しながらこの家で生活してきたと言うのに、俺はまだ学習していない。馬鹿にも程がある。
やっぱり出ていこう。家庭内別居なんて甘すぎたんだ。きっぱり離れて依存を断ち切るべきだ。
そう決意した夜に限って、同じ家の中にいるのに、自室に引き上げたはずの黒瀬さんから、どういうわけか携帯にメッセージが届いたりして。
【いまから俺の部屋に来ない?見せたい写真集があるんだ】
俺はため息をついて携帯を放り投げた。こんなことをしていても、数分後の自分はベッドから出て、黒瀬さんの部屋に向かってしまうだろう。かわいそうな野良犬みたいだ。中途半端に餌を与えられて。
自分で自分を憐れもうとするものの、案外俺はしたたかみたいだ。退廃していくことを恐れないこの脳に、自己憐憫の感情はあきらかに欠如していた。
「写真集なんか持ってないくせに」
呟いて、ベッドから起き上がる。
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