入門! マーダーミステリーに挑戦してみたら〇〇

さかたいった

ようこそマーダーミステリーへ

自己紹介と人物決め

「いい? みんなよく聞いて。名乗り出るなら今の内だよ。あたし、絶対に許さないから! ミチルを殺した犯人を捕まえてやる!」

 うっわー。めちゃめちゃ気合い入ってるなこの人。そこまでやる? 私は尊敬と呆れの眼差しを向けていた。


 十五分ほど前。

「ゲームマスターこと、GMの林田です。よろしくお願いします」

 上座に座っている男性がそう言った。細くて少し眠そうに見える目の他は、これといった特徴はない。

「では順番に、簡単な自己紹介をお願いします」

 そう言って林田さんが隣に座る私に手を向けた。

 ええっ、私? いきなり? ちょっと待って、何話したらいいんだろう?

 私は目を泳がせながら恐るおそるその場で立ち上がった。みんなの視線が集まるのを感じる。

「え、えっと、坂口といいます。学生です。マーダーミステリーに参加するのは初めてで、いろいろご迷惑おかけすると思いますが、あ、温かい目で見守っていただけたらと……」

「絵里奈、絵里奈」対角線上の位置に座っている加奈が右手を振りながら声をかけてきた。ちょっと笑っている。「べつに立たなくても大丈夫だよ」

「えっ?」

 テーブルを囲んでいる他の面々がくすくすと笑いを漏らした。

 は、恥ずかしい! 私は顔が真っ赤になるのを感じ、両手で顔を覆い急いで椅子に座った。

「ごめんなさい!」

 誰に向けた謝罪の言葉なのかわからないけれど、私はそう言って隠れるように俯いた。

「坂口さん、ですね? ちゃんと順を追って説明していくので、初めての方でも大丈夫ですよ。よろしくお願いします」

 林田さんがフォローしてくれて、他の人がパチパチと拍手をした。私はもう、穴があったら入りたい心境だった。

「では次の方お願いします」

「あたし、六条でーす」私の隣の女性が陽気な声を上げた。「居酒屋でバイトとかしてまーす。インスタやってるのでよかったらみんなフォローよろしくー!」

 六条さんは両手の親指を上げてグイグイ押し出している。なんてアグレッシブな人だろう。ドリルみたいな突き出たお団子が二つのトリッキーヘア。太陽のように明るい笑顔。この人と仲良くなれる気がまったくしない。きっと来世でも。

「次は僕ですね」下座に座っている男性が言う。「二岡です。マーダーミステリーは三回目かな。普通にサラリーマンやってます。よろしくお願いします」

 二岡さんは、眼鏡をかけた短髪の爽やかなイケメン。爽やかすぎて、逆になんか胡散臭い。

「では次の方どうぞ」

「吉野加奈です。学生です。二回目ですけど、ほとんど初心者と変わらないので、よろしくお願いします」

 加奈は私の友人で、このマーダーミステリー専門店に私を連れてきた張本人だ。可愛らしい顔立ちで、今はなんか澄ましてるけど、本当は喧嘩っ早い勝気な性格なんだよね。

「夏川です」私の正面に座っている男性が言う。「ゲーム好きなオタクです。よろしくお願いします」

 ちょっと遊んでる髪型の茶髪で、チャラめの印象。同じインドア派でも、こういう明るい印象は私にはないな。

「これで全員ですね。では早速始めていきましょう。まず初めに、今回使用するシナリオについて説明していきます」

 GMの林田さんがそう言って人数分のテキストを配った。

 受け取ったテキストを開くと、『写真学校事件簿』という安易すぎるタイトル、それからシナリオの概要が書いてあった。

「今回みなさんが演じるのは、ある写真学校のクラスの人物たちです。ある日ミチルという名の女子生徒が何者かに殺害されました。クラスの容疑者たちの中から犯人を突き止めることがみなさんのミッションになります」

 写真学校かあ。きっとお洒落なところだろうなあ。

「今回の五人のプレイヤーの中で、犯人は一人です。議論をし、情報を共有して、推理を繰り返しミチルさんを殺害した犯人を探し当ててください。犯人になったプレイヤーは、自分が犯人だと気づかれないよう、上手く立ち回りましょう」

 うわー、私は犯人役は無理だあ。絶対にボロを出す自信があるよ。

「犯人探しとは別に、それぞれの人物には個別にサブミッションが設けられています。犯人を特定することで五点、さらにサブミッションをクリアすると五点入り、その得点で勝敗を競います。もちろん、最終的に事件の犯人を特定することができなかったら、犯人の一人勝ちとなります」

 ふむふむ、犯人探しと、サブミッションがある、と。とにかく犯人になるのは嫌だ。

「ではそれぞれが演じるキャラクターを決めていきましょう」

 林田さんがテーブルの上に五つのテキストを並べた。表紙には人物の名前とアニメ調のビジュアル、簡単な説明が書かれている。

 ざっと確認すると、登場キャラクターは男子生徒が一人、男性教師が一人、そして女子生徒が三人のようだ。私はできるだけ犯人っぽくない目立たない人物を選ぶことにする。でも実際ミステリーでは犯人っぽくない人のほうが実は犯人であるケースが多いような。だって犯人っぽい人が犯人だったら、何の驚きもないからね。そりゃそうでしょ、となっちゃうよね。

 軽く相談して、私たちは自分が演じるキャラクターを決定した。もちろんみんな、どの人物が犯人かわからないで選んでいる。一度ゲームが終わるとそのシナリオの犯人がわかってしまうので、マーダーミステリーでは同じシナリオは一度しか遊べないのだ。

 キャラクターが決まったら、テキストを開いてキャラクター個別のシナリオに目を通していく。そのキャラクターの設定や、事件当日の行動、また秘密裏に達成を目指すサブミッションの内容についても書かれている。よかった、どうやら私が選んだキャラクターは犯人じゃなかったみたい。みんな一言も喋らずに真剣にテキストを読み込んでいた。

 シナリオに目を通す時間が終了し、林田さんが口を開く。

「時間ですね。みなさんよろしいですか? では改めて、キャラクターになったつもりで一人ずつ自己紹介を――」

 その時、バン! と、林田さんの話を遮るように私の隣の六条さんが右手をテーブルに叩きつけた。私は驚いて地面に打ちつけられたスーパーボールのように跳び上がった。

「いい? みんなよく聞いて。名乗り出るなら今の内だよ。あたし、絶対に許さないから! ミチルを殺した犯人を捕まえてやる!」

 と、冒頭のシーンに相成ったわけである。

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