蜃気楼な君に。

ぺん

夏の合図

誰にも使われ無くなった廃駅。

線路や駅表は錆で茶色く染まり、蝉の鬱陶しい声が遠くの空から聞こえるだけ。

俺は古いベンチに腰をかけ、一人の少女を待っていた。炎天に見舞われ、今にも溶けだしそうな入道雲を眺めながら。

さっき自動売買機で買ったばかりのソーダは気が抜けて、すっかりぬるくなっている。

気になって左手に付けた腕時計で時刻を確認する。

12時33分。

当たりを見渡そうとしたが、時間を気にする自体、無意味だということに今更気がつく。

「何考えてんだよ」

まるで今から彼女とデートのような感覚でいる自分に腹が立つ。

柱に立てかけられた花。ふと目に入った。

それはもう随分と前のもので、本当の色も分からないほど花は朽ちていた。


忘れられてしまうのだろうか。

そんな言葉が脳裏をよぎる。


ここへ着いてすぐに焚いた火がパチパチと鳴った。

それが合図のように君が俺に声を掛ける。


「渚」


12時37分

全ての花を味方につけるような満面の笑みで彼女は現れた。

俺はこの不思議な光景に慣れてしまったのだろうか。

眩しい笑顔で、半透明な君に。

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蜃気楼な君に。 ぺん @masamasa0131

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