ISLE
ポロ
第1話 はじまり
大粒の飴玉を口の中で転がす。広がるのは甘ったるい味ではなくて、爽やかで塩っ気のあるレモン味。近頃”熱中症対策に”と話題になっている塩分補給を目的に作られた飴だ。こういうタイプの健康訴求商品を信じているわけではないが、多少なりともプラシーボ効果はあるような気がする。
元々、甘いものはあまり好きではない。しかし、たまに口が寂しくなる時もあるのだ。そんな時のために、いつもこの飴だけはバッグの底に忍ばせている。じんわりとベタつく気温。甲高く耳障りな蝉の声。ギラギラと照りつける太陽は衰えを知らない。にじむ汗を拭いながら、ひたすら歩く。
コンクリートからの照り返しと、四方を背の高いビルに囲まれた街には、熱気と湿気の逃げ道など無い。
はたはたと、扇子を片手にしきりに動かしても、それにより発生する熱エネルギーの方が、はるかに大きく思える。
元気に活動を続ける太陽に文句を垂れている少女が、ここにもいた。
水色のシャツに、青いストライプが入ったネクタイ。
黒に近い紺色のスカートは折り目が少なく、膝上10cmで揺れていた。
足元は紺のハイソックスと黒いハイカットのコンバース。
肩に掛けるタイプのスクールバックを、何故か背負っている。
そんな少女、猫屋敷 珠恵(ねこやしき たまえ)には、ひとつだけ悩みがあった。
そう、それは"名前"だ。
苗字が猫屋敷、それだけでもどれだけ馬鹿にされてきたことか。
確かに、家には猫が五、六匹はいるし、野良猫も数匹住み着いていたりするけども!
それだけでも大変なのに、更に名前は珠恵だなんて……。
小学校でも中学校でも、あだ名は「タマ」だった。
これはもう、適当に連想して付けたのだろうと安易に想像できる。
別に、猫は嫌いじゃない。
むしろ好きだ。大好きだ。
だから別に、なんと言われようと構わないのだが、物珍しそうに見られたり笑われたりするのは、どうも慣れない。午後4時。
いつもと同じようにホームルームが終了し、いつもと同じように電車が来て、珠恵は駅から家までの道を歩いていた。
そう、そこまではいつもと同じ日常だったのだ。
"そこまで"は。
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