第122話 懐かしいの中で

「母……さん?」


 エイダは驚きのあまり言葉が詰まる、あの時、死んだ母が目の前で生きているのだ。触れようとして、覚束ない足取りで立ち上がり、エイダは母に触れようとする。


「エイダ、お家に入りましょう」


 その時に気がついた、母は自分を呼んでいるのではないと言うことに、エイダは母の目線の先を見る、そこにいたのは――


「いやだ」


 過去の幼い自分だった。エイダはここである考えに至った。ここは記憶の中なのではないかと。このような体験を以前もしたことがある。

 アイラ達との戦いの最中、あの謎の遺跡で、魂の共鳴をさせて、いわゆる精神の世界に入った時と状況が似ていると感じた。

 ここはおそらく、精神の……記憶の世界、その証拠に死んだはずのは母と幼い自分がいる。そこまでエイダが理解したところで、状況は再び動き出した。


「エイダ、どうしていやなの?」


 エイミーが、母が聞く。


「また僕を、閉じ込める気だろ?あの時みたいにさ」

「……!そんなことしないわ」


 エイダは昔の自分の口調に違和感を覚えた、それにあの時とは一体いつのことなのだろうか。


「信じられないよ、お母さん」


 そこまで言ったところで、幼いエイダは掌を母に向ける。瞬間、真空の刃がエイミーの頬を掠め、赤が滲んだ。


 ――風の魔法!


 昔の、それも戦闘などしたこともないはずの自分がこんな魔法を覚えていたとは、エイダは驚愕し同時に気がついた。

 このエイダは、私ではない、ヨータが喋っているのだと。

 攻撃されたエイミーは頬さする。指に着く鮮血を見て驚いた表情を見せる。


「これに懲りたら、僕に構わないでくれ」


 そう言って森の中に消えていこうとする、幼いエイダに向かって、母はさらに歩み寄る。


「しつこいな……!!」


 さらに真空の刃を幼いエイダは飛ばしていく、それは母の肩や脇腹を掠めていくが、エイミーは一向に怯まない。

 幼いエイダは、それに驚きを隠せず、顔に出している。近づいてくる母に対して、だんだんと、真空の刃はだんだんと大きく外れていく。

 最初から致命傷になるような攻撃をするつもりはなかったようだ。

 そして、母は近づいていき、ついに幼いエイダを抱きしめた。


「もう大丈夫だから……あなたを閉じ込める人なんてもういないから……だからお願い、私を信じて、あなたのことを愛しているの」


 身体中の裂傷を気にすることなく、母は昔のエイダを強く抱きしめる。


「……わかった、わかったよ……いいよ」


 少し不服な部分が残りつつも、幼いエイダは、いやヨータは了承をした。


 ――そうだこの時だ、この時、私は、僕は信じてみようと思ったんだ、母さんのことを……


 そうしてハッと、エイダは頭を手で押さえる、今、思考が混ざり合う感覚を感じた。これは一体なんなのだろうか。

 そしてエイダを残して、日々が移ろい出す、季節も変わっていく、エイミーはほぼ不自由なく、幼いエイダを育ててくれた。

 唯一の不満は外出ができないことだったが、そこは母が本を買ってきてくれたり魔法による外の世界の幻影を見せてくれたおかげで閉じ込められるという感覚はあまりなかった。

 エイダが五歳になった頃には村への外出も許可された。


 ――そうだこのくらいの時、僕は初めて自分の中にもう一つの魂があることに気がついた。僕はその魂が本来の肉体の持ち主だと気づいたんだ。


 再び、思考に誰かの声が混じる。エイダは頭を押さえつつもその声に耳を傾けた。


 ――徐々にその魂は、強く確かな物となっていき、いつしか僕は主導権を奪われることになった。それでも僕は嫌な気はしなかった、だって僕はこの魂からしてみればお兄ちゃんなんだからな。ずっと欲しかった家族みたいなものだ。


「それに」と混じった声は、話し続ける。


 ――本来、僕はここにいてはいけない魂なんだ、だから甘んじて影に行くとしよう。そしていつの日か、僕にとっての妹が、助けを求めていたら真っ先に手を差し伸べてやろう。その時は僕よりも身長が高くなっているのかもな、その時は皮肉を込めてこういってやろう「お姉ちゃん」って。そう決めたんだったな。


「ヨータあなたは、母さんと一緒に私をずっと見守ってくれて……」


 なぜか、手が震える。エイダは、ヨータの本当の姿が徐々にわかりかけていた。彼はずっと側にいてくれた。


 ――エイミーとの生活は、悪くなかった。想像していたものよりもずっとね、彼女は本当に僕のことを愛してくれていた。僕だけじゃない、僕の妹のことも。だからこそずっと続けていたかった。そんなのは無理だ思っていても。


 移ろい出した日々が、あの時の時間で止まった。母が死んだあの時に。エイダは窓の外から泣き崩れている自分を見た。


 ――死因は僕は一目でわかった、呪いによる殺しだ。勇者の時の知識がこんな所で役に立つなんて皮肉だ、そして同時にわかっていた、どうしようもないことも。そして母さんが死んだ時誓った、エイダは僕が守ると、それが、今まで愛してくれた貴女に対する報いだと思った。その結果が……


 声の主は自嘲する。


 ――あの子に剣を向けることになるなんてね……僕はどこまでいっても、こういう運命にしかならないのか、結局はまた誰かに利用され守ってきたものに、危害を加える人生……全く笑えてくる。しかもそれが永遠に続くと来たものだ。


 湿っぽい落胆のため息が聞こえる。そして震える声で言った。


 ――だれか……僕を……解放してくれ……!!


 エイダは拳を握りしめる、そして十枚五対の光の翼を広げた、どうすればいいのか、直感でわかる。そして飛びたった。


「いま解放しに行くよ、ヨータ。私が!」

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