第97話 理由

 エイダは垣間見る、自分とは違う、誰かの記憶。

 そこは庭を駆け回り、転ぶ、膝に血が滲み、目から雫が溢れた。


「大丈夫か?アイラ」


 どこか見覚えのある老人が、自分に語りかけてくる。


「大丈夫よ、父上」

「そうか、偉いぞ」


 自分は褒められて頬を綻ばせる、いや正確にはおそらく自分ではない、自分はアイラではなくエイダだ。

 そうわかっているのに、体は自分の意思では動かない、体は意思に反して動き回る、庭の中を。


「アル!行くわよ!」

「待ってよ!アイラ!」


 仲良く元気に、アルと思われる子供と遊ぶ、薄々感じていたことだがどうやらここは、アイラの記憶の中らしい。


「そっか…魂を繋げられたんだ」


 そう認識した途端に、時間が何倍もの速度で、進んでいった。通り過ぎていく様々な思い出、それをエイダは一つ一つなぜか理解できた。

 そのせいで、一つの事実を知った。


 グレン卿はアイラ達は愛していたようだ、まるで本当の娘や息子のように接し溺愛していた。少なくともアイラの視点ではそうなのだ。


 今度は少し、目線が高くなり、体つきも男性のものとなった、アルの記憶だ。横にはエールとアイラもある。そして目の前には、グレン卿が立っていた。


「君たちは選ばれた者たちだ、神の使者の魂に適合し、世界を救うために生まれてきたのだ、わかるな?

 」


「はい!父上!」と兄妹は揃って返事をした。「よろしい」とグレン卿はいう。


「今日はその使命を果たす時が来た、先日、エールが例の奪われた兄妹の魂を感知したのだ」


 その言葉にアルは胸を踊らせる。ようやく自分たちの生きる意味を果たせるのだと。その気持ちはエイダにまで伝わってきた。


 再び時が加速する。すると今度は目線が低くなった、一瞬で理解するエールと呼ばれていた、あの少女の記憶だと。


 どこかの石造りの廊下と思しき場所をアルとともに歩いている、エールはおもむろに、口を開く。


「ねぇ、兄様本当に、エイダ姉様と戦わなくちゃいけないの?」


 アルは歩みを止め、頷く。


「ああ、そうだ」


 エールは悲しげに呟く。


「本当はもっと違う道があるんじゃないのかな?」


 アルは、その言葉を聞くと笑った。


「そんなものあるわけないだろう?エイダは完全に俺たちのことを敵だと思っている、力ずくで押さえつけるしかない」

「でも…」


「エール」とアルは煮え切らないエールに対して、言い聞かせるように続けた。


「エイダは俺たちの、敵になったんだ、だから倒さないといけない、そして魂を回収しなければならない、これは世界を救うために、しょうがないことなんだ。」


 アルの説明にまだエールは納得してはいなかった。


「それって、つまり…」

「エイダを殺すことになる」


 エールはため息をついた、そしてそれ以上、何も言わなかった。兄妹同士、殺しあうことに言葉にできない、虚無感を抱えながら、エールはアルととも歩み進めていった。


 再び時が加速する。そしてついにエイダはあのコウサテンに戻ってきた。

 兄妹たちもどうやら戻ってきたようで各々が辺りを見回している。


「どうかな、分かり合えた?」


 ヨータが聞く。エイダは天を見上げた、ここは地球という場所が忠実に再現されているのなら、どうやら地球も同じらしい、空はここでも青いのだ。

 そんな、青い空を見上げエイダは、思う、そして空に向けて思った言葉を吐き出した。


「私も、殺し合いなんてしたくないよ…」


 その呟きを聞いたものはいなかった。そしてエイダは兄妹たちに向き直り、聞いた。


「ねぇなんで私が必要なの?」


 アイラは頭を抑えながら、答える。


「ふふ、どうしようかしら?貴方がいなくても、問題はないわ、魂さえ無事ならね…」


「でも」とアイラは付け足し続ける。


「私たちの仲間になるなら教えてあげられるわ」

「そして貴方達は、魔王を復活させるそうでしょう?」


 エイダは食い気味にいう。その言葉にアルは目を見開く。


「そこまで知られているのか…アイラ、なら言ってもいいんじゃないか?」


 アルの説得にアイラは、そうかもね答えない、その様子を見たエールもアイラに対して説得を試みる。


「そうよ、アイラ姉様、エイダ姉様に話せばわかってもらえるかも」


 二人の説得についにアイラは「はあ」とため息をつき言った。


「わかったわよ、そうね、言わないと、そもそもここから出られないかも知れないのよね」


 アイラは「何から話そうかしら」と一瞬悩んだ後、簡潔にいうことにした。


「私たちは魔王を復活させ世界を、破壊する」


 その言葉にエイダは動揺を隠せない。


「そんな、なんのために?!」

「この世界を見て思わない?エイダ、こんな世界くだらないって?貴方は箱入り娘だったからわからないだろうけど、世界には争いが蔓延っている」


  「だから」とアイラは酔いしれるように呟き、続ける


「世界を真なる平和の世界に変えるために、この世界を壊すの」


 その狂気じみた瞳には、覚悟の炎が宿っていた。

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