第2話:演技

 私は王太子と妹に気付かれないように、そっとその場を離れました。

 復讐するためには、ここで私の存在に気が付かれるわけにはいきません。

 どこをどう歩いたか覚えていませんが、王太子と妹が愛を囁き身体をまさぐりあっていた裏庭の温室から、何とかパーティー会場に戻れました。

 私は、精神力を駆使して、心の傷を隠そうと平気を装う事にしました。


「本日はおめでとございます、ユリア様」

「ユリア様、どうかお幸せになられてください」

「ユリア様、王妃になられても私の事は忘れないでください」

「ユリア様こそ王太子殿下に相応しい方ですわ」

 

 婚約を祝ってくださる王侯貴族の方々に挨拶を返す私は、最初は演技して平気を装うのは難しいと思っていました。

 ですが、何の努力の必要もなく、平気で幸せな王太子の婚約者を演じられました。

 よくよく考えれば、私はずっと妹想いの優しい姉を演じていたのです。

 なんでも私の物を欲しがり奪い、私の事を引き立て役にしていた妹の事を、愛しているように演じていたのです。

 今初めてその事を自覚することができました。


「やあ、ユリア嬢、久しぶりだね、僕の事を覚えているかい?」


 少し物思いにふけっていた私は、不意の挨拶に少し驚きました。

 王太子殿下と婚約して、未来の王妃になるであろう私を、様付けで呼ばない相手が現れたのです。

 相手は公爵以上の令息ですから、礼儀に気を付けないといけません。

 私と会った事があるようですから、思い出せないと社交的に問題があります。


「お久しぶりでございます、え、あ、これは立ったまま失礼いたしました。

 少し物思いにふけってしまっていて、礼を失してしまいました。

 申し訳ありません、セラン皇太子殿下」


 私は大きな失敗を犯してしまいました!

 大陸を二分する超大国の一つ、ルセド皇国の皇太子に最敬礼しなかったのです。

 場合によれば国際問題になりかねない無礼です。

 慌てて地に伏して無礼を詫びようとしたのですが……


「いやあ、本当に嬉しいな。

 十年も前の立太子式で会っただけの僕の事を、まだ覚えてくれいたんだ。

 それにユリア嬢は無礼をしたわけではないよ。

 僕は今回お忍びで来ているから、この通り公爵令息の服装だからね。

 全く何の問題もないから安心してよ。

 それに、今日はこの国の王太子とユリア嬢の婚約披露パーティーじゃないか。

 主役のユリア嬢に最敬礼させるほど、皇国民は野暮じゃないよ」


 なんて魅力的な笑顔をなさる方なのでしょうか、恋してしまいそうになります。

 いけません、これは失恋のショックが心を誤解させているのです。

 冷静になって、無礼の失点を取り戻さないといけません。

 王太子と妹に復讐するためにも、自分の立場を弱くするわけにはいかないのです。

 周りの王侯貴族も、セラン皇太子殿下の存在に気が付いたようです、急にざわつきだしました。


 でも、ここを上手く斬り抜けたら、私の立場はとても強くなります。

 社交辞令に過ぎないのは皆分かっていますが、それでも十年前に一度だけ会っただけの私を、セラン皇太子殿下は覚えていて、祝いの言葉を口にしてくれたのです。

 これほど社交的な立場を強化するモノはありません。

 ここは親しい印象をこの国の王侯貴族に見せつけておくべきです!

 

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