4

 綾子は自宅へと向かう車中で、しきりに考えていた。今日の琴美の一件で自分が取った行動を正当化する理由を、先ほどからずうっと考えていた。しかし考えれば考える程、自分がクズ以下のゲスであるという方向にしか思考が発展せず、その度に最初から考え直すという愚かなループに陥っていた。傷付いたレコード盤が針を飛ばすように、終わりの無いリフレインが続いていた。ギュッと握り締めたステアリングには、じっとりと不快な汗が滲んでいた。

 「だって、どうすれば良いって言うのよっ!」

 思わずステアリングに拳を打ち付けた。

 問題を大きくすれば学年主任に目を付けられるし、そんなことをしたら、折角、馴染んできたこの仕事を失うことにもなりかねない。学生は3年もすれば卒業してしまうが、教員はこれからもずっとここで働かねばならないのだ。一つ一つの判断がもたらす結果の重大性は、教員の方が大きいと言えまいか? そうだ、そうなのだ。この組織で生き続ける教員は、大袈裟に言えば人生が掛かっているのだ。優先されるべきは、教師側の理論なのだ。だからイジメは無かった。学年主任が言うように、この学校が求めている「イジメなど無かった」という報告が、この状況では最も適切な結論なのだ。

 綾子はやっと胸を撫で下ろした。自分の言動を正当化する理論に行き着いたからだ。たとえ自分勝手な理論であっても、それを信じるという姿勢を貫けば、後は「意見の相違」という逃げを打って自己保身は可能なのだから。綾子はやっと、ステアリングを握る両手の力を抜くことが出来た。

 その時、助手席に置いたハンドバグの中で、スマホがビートルズの「イン・マイ・ライフ」を奏で始めた。路肩に車を停め、急いでスマホを取り上げると、未登録の番号からの電話だ。心当たりは無かったが、綾子は応対した。

 「もしもし、青木でございます」

 「もしもし、綾子さんですか? 進次郎です」

 「???」

 一瞬、それが誰なのか判らず、返答に困った綾子であったが、直ぐに思い出した。校長室で面会した、あの地元出身代議士の息子だ。どうして彼がこの番号を知っているのか? 綾子は訳が分からず言った。

 「あっ、はい・・・ ご無沙汰しております」

 自分でも間の抜けた対応だと思い、赤面する綾子であったが、そんな様子に気付くことも無く、電話口の進次郎は言った。

 「いきなりスミマセン。今、お電話大丈夫ですか?」

 「はい、大丈夫です。車は路肩に停めましたので」

 「驚かれたでしょう? ちょっと用事で栃木に来ているものですから。一緒にお食事でも如何かな、と思いまして」

 「えっ、あの・・・ はい・・・ えっ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る