夢と真実と不思議な世界、そして僕は恋をする

ひより那

第1話 プロローグ:現実のはじまり

《まえがき》

 この小説を開いて頂きありがとうございます。

 長いお付き合いになることを望みつつ…… よろしくお願いします。

=====



 僕は恋をした。


 自宅と夢彩高校ゆめいろこうこう通学路の途中にある大きな屋敷。朝だけ見かける窓の外を眺めるストレートヘアーの女の子。


 悲し気に遠くを見つめる女性。そんな彼女を見かけるのが嬉しかった。


 いつしか、屋敷に咲き乱れる桜の木から『桜子さん』と勝手に名付けて姿を見るのを楽しみにしていた。


(……今日は桜子さんが遠くを見つめている)  ──心が蝶のようにフワフワ舞い飛んで浮かれながら学校に向かう。


(……桜子さんは今日はいないなー)  ──肩を落として学校に向かう。



 こんなちょっとした変化がいつもの風景のいろを大きく変える。

 落ち込んでいる時は風景なんて全く目に入らないのに、気分が良いだけで小さな蟻でさえも視界に入ってくる。



「けーんしんっ!」


 後ろから背中を叩いて僕を追い越すとクルリと回って笑顔になる女の子。白いシャツに羽織ったブレザーの下からリボンがチラリ。後ろに縛ったツインテールが動きに合わせてフワリと揺れる。


「祥奈(あきな)、急に叩いたらビックリするだろ」


 口ではそういいつつも内心では嬉しい。

 恥ずかしげもなく可愛らしい姿を見せてくれる従妹の祥奈あきな。そんな彼女が好きだった。


謙心けんしん、今日は暗いわね。何かあったの?」


「ハハハハハハ」

 桜子さんが今日はいなかった……なんてことは言えるわけもない。


 夢彩高校がっこうまで徒歩で30分、市道脇の歩道を歩いて住宅街を抜けた先。途中に小さな病院と小さな神社がある程度で、お店どころかコンビニすらない田舎。



 学校で僕は目立たない。学力普通、本好きなので部活は読書部。いたって地味で平凡な男子高校生。

 しかし、男女ともに人気のある祥奈(あきな)の従妹(いとこ)として、嫉妬されたり紹介してもらおうと近づいてくる者が多く、そういった意味では目立っている。


 そんなある日の朝、遠くを見つめる桜子さんと初めて目が合った。彼女はニコリ笑いかけると屋敷の奥へと消えていく。


 心とは単純なもので、夢心地になると変わり映えのない日常もキラキラ輝く。教室の前面にあるデカデカとした黒板、その上に掲示された堅苦しい学級目標。そんな殺風景な教室でさえも眩しい。



 * * *

 


「今日は1日早かったなー」


 頭の裏で両手を組みながら帰路につく。屋敷を通りがかるといつものように2階へチラリと目線を動かす……人の気配はなく桜子さんの影も見えない。そういえば夕方に彼女を見かけたことがない。


 同年代だろうか……学校に行っている様子もなく外出している様子もない。

 今年の3月1か月前に突然建てられた屋敷。敷地は広く多くの植物が育てられ、何本もの木が植えられている。

 

 祥奈によると、春・夏・秋・冬で区分けされてきれいに植物や木が移植されているらしい。何の木が教えてもらったけど覚えているのは、有名な春の桜と秋のイチョウ程度。


 自宅から徒歩で5分かからない場所にある屋敷。元々は寺だったが廃寺された跡地に建設された。その寺は近隣に檀家がいるという話しはまったく聞かず、住民のラジオ体操の場であり、子供の遊び場だった。

 ちいきのシンボルとしてそびえていた大イチョウだけはそのまま残されている。


 

 気分の良い1日も終わりを告げる。ゲームに宿題に勉強、いつものルーチンワークを消化すると眠りについた。



  ○。○。○。○。



 頭がガンガンする。瞼が重い……一生懸命に瞼を開くが眼球が上を向くだけの感覚。一呼吸おいてゆっくりと瞼を持ち上げると、徐々に背景が瞳を通じて脳がこの世界を認識する。が、本来あるべき場所との差異に頭がぐるぐる混乱した。


「森……?」


 真っ青な空をキャンパスに天に向かって伸びる木々が描かれたような場所。横を見ると草木が絨毯のように茂り僕の布団となって背中を守ってくれている。


 慌てて体を起こして立ち上がる。無音……よく見ると回りに茂る植物は見たこともない物ばかり。


 リアルな感覚が非日常なこの世界にひとつの疑問を浮かび上がらせた。


 夢……? 辺りの様子をうかがうようにキョロキョロしながら歩きだす。


 どこまで歩いても変わらぬ景色。見たこと無い植物ばかりが目に飛び込む。



 ……どれくらい歩いただろう。既にどこから来たのかも分からない。




 遠目に風化した建物。


 石造りの階段の先には巨大な柱が立ち並び、いくつかの柱が崩れている。両脇に整列する柱を抜けた先には、インターネットでしか見たことがないような遺跡が鎮座していた。


 ──ふわ~ん


 鼻腔を刺激する甘い香りを感じた。遺跡へと繋がる階段の手前に立つ1本の木から甘い香りが漂う。


 小走りに近づいて、ひとつだけぶら下がっている実。強いフルーティーな香り。


「なんだこの匂い……吸い込まれそうだ」


 匂いと共に急激な空腹に襲われ、恐怖を感じることもなく無意識に実をもぎとって一口かじった。



 白黒だった景色が色づいていく。色がついて初めて色がついていなかったことに気付き、夢をより一層確信させる。



 白? 手に握られた柿のような果物だけ色が付いてい……な……い……



 ○。○。○。○。



 カーテンの開ける音が耳に、差し込んだ朝日の眩しさを目に感じて意識を取り戻した。


「珍しいわね、謙心が寝坊するなんて。下に朝ご飯があるから食べたら学校に行きなさい」

 パタパタとスリッパの音をさせて母親が1階に降りていった。


 支度を済ませて学校に向かう。玄関で靴を履きながらいつもの日常を思い描くと笑みがこぼれる。

 屋敷で遠くを見つめる桜子さんを見て、その先で後ろから声をかけてくる祥奈。変わることのない日常。


 5分ほど歩くと見えてくる桜子さんの屋敷。


 ……いない。肩を落としながら学校へ向かう。


 病院を抜けた先、祥奈が声をかけてくる場所。


 ……こない。初めての出来事に何度も後ろをチラチラ振り返りながら歩き出した。



 ホームルームで本谷先生せんせいによって祥奈と会わなかった理由を知った。


 体調不良で休み。それならドコネでメッセージぐらい送ってくれてもいいんじゃないか。もしかして小学校から一度も休んだことない元気な祥奈が連絡すら取れない状態なのか。……ハッ! 思っているほど僕のことを気にしていないんじゃないか。そんな想いがグルグルと頭をめぐる。


 自分の世界に入ってしまった僕を本谷先生せんせいが引き戻した。


「おい謙心。いつも通りプリントを家に持っていってもらって良いか」

 配布されたプリントを2部受け取る。先生の言葉に違和感があった。


(……いつも通り?)


 祥奈はこれまで学校を休んだことなんて無いのに……揚げ足を取ることもないかっ。先生の勘違いだと思ってスルーする。


 受け取ったプリントには丁寧に『高梨 祥那さんへ』と書かれ、続けて『早く元気になってね』とも書かれている。さりげない先生の優しさにクスッとしてしまった。




===

《あとがき》

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