夏の終わりに、君の隣に。

みなづきあまね

夏の終わりに、君の隣に。

今年も忘れることなく猛暑日は来た。朝から晩まで汗だくの日々を過ごしたが、いつの間にか残暑に変わり、だいぶ過ごすのが楽になった。


既に彼女は退勤していた。夫が出張に行っているからと、久々に家事も何も気にせず、買い物や外食を楽しむと言っていた記憶がある。俺はまだまだ終わらない仕事を前に、パソコンを睨みつけていた。


19時半を回るころ、机の上に置いてあったスマホが音を立てた。


「今日、予定通り飲んでます!」


そう一言述べた後に、彼女は美味しそうな食事の写真を送ってきた。一人で楽しんでいるな、と俺は少し頬が緩んだ。


「いいですね!楽しんで!」


そう心から思ったことを打った。すると間髪入れず、彼女から返事が来た。


「来ます?」

「え?さすがに二人きりで食事はまずいかな・・・と。誰が見てるか分からないし。」

「そういうなら仕方ない!でも、席、あけてくれるみたいですよ?」

「本音は行きたいけど・・・。」

「えー、帰っちゃうんですか?」


思いもよらぬ攻撃に、俺は思わず決意が揺らいだ。お酒、彼女と二人。自分から仕掛けたわけではないのだから、いいのではないか?そんな甘い誘惑が頭をよぎった。そうこうしていたが、意を決して電話を掛けた。


「お疲れ様です。」

「もしもし、お疲れ様です。来ます?」

「えー、だって席が空いてるなら行くしかないじゃないですか。場所は?」

「このあと地図送ります!」


彼女は意気揚々とそういうと、電話を切った。すぐに店の地図が送られてきた。俺は仕事もそこそこに慌てて荷物をまとめて外に出た。


到着すると俺に気づかないまま彼女がグラスを傾けているのが見えた。狭い店の真ん中のカウンターで、ぼんやりしながらお酒を飲んでいた。


「お疲れ様です。」

「え、早くないですか?!」


俺の登場が思ったよりも早かったようで、彼女は思わずむせかえりそうになっていた。


そこから最初はとにかく緊張した。普段と違う場所で、二人きり。別に個室でもなければ、ムードがあるような店でもない。他の客のざわつきもいい感じにある。しかし、肩と肩が触れそうな距離で並び、横顔を眺めながら話す。正直、目線をどこに向ければいいのか分からなかった。色が白いため、赤い口紅が際立っている。普段、あまり血色がいいとは言えないが、今日はお酒のせいか頬に赤みがある。


時間が経つにつれて、お互い緊張が和らいできた。同僚の話で盛り上がったり、近くでメニューを見たり。きっと傍から見ればカップルや付き合う前の男女と思われても仕方あるまい。しかし忘れてはいけない、彼女は既婚者だ。薬指にダイヤモンドがはめ込まれた華奢な指輪が光っていた。


9時半を過ぎ、客は自分たちとカップル1組だけになった。手元の酒を飲みながら思う。彼女は一体どういうつもりで俺と関わっているのか。どうして今日、俺を誘ったのか。お酒のせいかもしれないし、そうじゃないかもしれない。


かたくなに自分から連絡しないよう決まりを設けたり、必要以上に彼女のパーソナルスペースには入らないよう気を付けてはいる。しかし、それらは必ずしも守られているかというと、そうではない。


頬を赤らめ、「帰ったら何しようかなあ。」と無邪気に笑う彼女。その顔に手を伸ばしたい欲望を押さえつけるために、最後の酒を流し込んだ。


夏の終わりに君の隣でこうやって、一緒に過ごすなんて。半年前には全く思っていなかったのに。

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夏の終わりに、君の隣に。 みなづきあまね @soranomame

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