第48話 1-48 絆の儀式

「ぶっちゃけ、帝国には今魔物は何体あるのです?」


 すると彼は片手で指を一本立てて、もう片方でうちの可愛い文ちゃんを指差した。


「は?」


「我々は魔物を所有していませんでした。

 だって最近戦争なんてしていないのですから、そんな物の用意なんてしていませんよ。


 そもそも、敵はどうやってそんな本来ならば有り得ないような物を用意できたのか。

 まあ帝国にも、強いて言うならば今『そこ』に一匹おりますな」


「おいおいおい」

 ヤベエ、それって負け戦じゃないの。


 もしかして、この子はどこかから帝国に援軍として送られたとか?


 いやいや、あれは明らかに帝都を攻撃しにきていたと思うのだが。


 闇魔法を操る俺には、それがはっきりと伝わってきていた。


 あれえ。

 なんだかまた訳がわからなくなってきた。


 そして、ほどなく帝都から馬の一隊が到着した。


 なんと、うちの姫様ときた日にはパパと仲良く二人でタンデムしていらっしゃる。


 そして馬から降りて俺の元へと駆けてきてから、開口一番に彼女はこう言った。


「うわあ、可愛い~」


「ふむ。

 可愛いだけで済めばよいのだがな」


 うん、皇帝陛下、ほんそれ。


 そいつを見上げながら大はしゃぎで手を振るお姫様を後ろからボケっと眺めていたら、もう御一人の皇女様がやってきた。


「おい、ちゃんと手なづけたのか?」


「はあ、一応は。

 後、何やら儀式があるとか。

 いや契約なのか」


「うむ。

 儀式に参加するのは魔物との契約者であるお前と、依り代の姫と、契約の指南を行ってくれる神官のディクトリウス。

 あと私と父上は見届け人だ」


 そしてブラント警備隊長以下の警備隊の皆様だな。


 彼は、また頭が痛そうな感じの八の字眉な顔をして俺の方を見ていらしゃる。


 いやまったく申し訳ないね。

 例によって、うちの警備隊連中も揃っていた。


 今はもう、こういう大事そうな儀式の時にも彼女達は排撃されない。


 連中も、もう皇帝陛下やグラッセル皇女なんかの皇族が一緒な事にも慣れてしまったようだ。


「さて、ホムラ、そしてエリーセル皇女殿下。

 役者も揃った事ですし、そろそろ契約の儀を始めましょうか。


 まず儀式に必要な物は基本的にエリーセル皇女殿下の血、これは一滴でいい。

 私が採取しましょう。


 次回があればホムラ、君がやるのだ。

 そして契約の呪文の詠唱。


 これはエリーセル皇女殿下が行える。

 呪文の文言は知っていますね、殿下。

 魔物の名はジズ」


 エリーセルは、その翆の瞳を少し瞬かせ、少しおずおずとした。


「でも、ディクトリウス様。

 大丈夫でしょうか。

 私、丸暗記で覚えさせられただけで一度も使った事はないのですが」


 だがディクトリウスは笑顔でエリーセルの両肩にそっと手を置いた。

 いやあ、さすがはディクトリウス、実に男前だねえ。

 姫様も思わず頬を染めていた。


「大丈夫ですよ、殿下。

 実際に事が起こるのは、ホムラとあの子の当事者に起こるのであり、あなたは契約を繋ぐ依り代としての役割りにしかすぎません。


 あの二人はもう主従の絆を結んでおります。

 これから行う儀式は、彼らの絆を固定し血の契約の封印を行うものです。


 よからぬ闇魔法などからの横やりを防ぐ役割を果たすためだけのものなのですから、どうかお気持ちを楽にしてください。


 それでは儀式に入りたいと思います。

 よろしいですね、皇帝陛下」


 皇帝陛下は軽く頷いた。

 ああ、今から『皇族の体に傷をつける行為』を始めるからか。


 陛下は基本的に、この承認のためにいるのだ。

 まあ魔物を見てみたかったのもあるのだろうが。


 そしてディクトリウスは俺を招き、エリーセルの手を取ると、にっこりと笑った。


 ああ、これってあれだな。

「今からお注射しますよ。

 少しチクっとしますからね」的な展開なんだな。


 指を魔法の針で刺し、血を滲ませるとエリーセルが少し痛そうな顔をした。

 そして、ディクトリウスはこう言った。


「ホムラ、その血を指先に取って、それをお前があの子に塗ってあげなさい」


「あ、ああはい」

 こういうのって、俺の血じゃなくていいんだな。


 まあ俺とあの子はヒュプノによる支配契約を結んだわけなのだが。


 俺は言われた通りにするため飛び上がり、奴の太くて鋭い猛禽の嘴に乗ると、その付け根のあたりに塗ってやった。


「塗りましたー」

 俺はテレパシーで『師匠』に伝えてみた。


 もうこの人って俺の各種師匠扱いでいいよな。


「それでは皇女殿下、契約の呪文を」


「はい。

 ここに依り代の巫女の名において、神の塔に生まれし者ジズをホムラの僕たる使い魔として契約の儀を行う。

 ハムラー・コルナ・ウルムス・ジズ・ゼン・ホムラ」


 すると、やおらジズの体が光り、俺とこいつの間に何かが流れた。

 そして、何かが繋がったような不思議な感覚。


 すると、突然に念話が入った。


 それは、ディクトリウスと交わしたような交信とでもいうような物ではなく、はっきりとしたまるで言葉で交わした会話のような物だった。


「ホムラー。あるじー」


 俺は足元の嘴の上から振り向いて、奴のあまりにも巨大で円らな、真ん丸い瞳を見た。


「今の声はお前なのかい、ジズ」

「うん、よろしくね、あるじ」


「そうか。

 ところで、お前はどこから来た子なんだい」


 すると、彼は少し困った顔でこう言った。


「どこからでもないよ。

 強いて言うならホムラが連れてきた。

 あ、それも違うかな」


「え、そりゃあどういう意味なんだい」

「あのね、僕はどこにもいなかったの」


「はあ?

 いないって、ここにいるじゃないか」


 そう、少なくとも俺の足元にはっきりとした存在としてな。


「あー、だから。

 僕はこの世界へ生まれ落ちたのさ、あるじがこの世界へやってきた時に。

 思い出してよ、あるじの世界でのジズの立ち位置を」


「あ、そういやあ」


 ジズとは何か。

 それは一言で言えば「いなかったもの」だ。


 聖書に限らず、色々な怪物達が宗教書のような物に教えと共に著されている。


 彼らはいろいろな名を持ち、またいろいろな解釈をされるのであるが、俗にいう聖書の世界で有名な三大巨獣のうちの一つジズには、確固たる役割らしい役割はないといってもいい。


 陸のベヒーモス、そして海のリヴァイアサン。


 彼らには終末の時には共に戦い、そして死んで、生き残った人々の食料となるのだという。


 またある記述によれば、この二匹は世界の海と陸を支えているのだともいう。


 だが、ジズにはそのような役割はない。


 実際には『誤解釈によって生まれた』、本来ならいるはずのない物だったのだ。


 牛だか象だかの陸の獣と、魚なのか何だか知らないような海の巨獣。


 俺的には、終末の世界の食料にはチキンなんかがあってもいいと思ったりもするのだが、うちの子なんかどうみたって食用種には見えない。


 見たところ、人によく懐く猛禽類か文鳥などの愛玩用であるかのどっちかだ。


 そういう感じの鳥も珍しいよな。

 まあ強いて分類するのなら、うちの子は『可愛い猛禽』だ。


 特に目が可愛いのが普通の猛禽との大きな違いだ。


「つまり、お前は本来なら存在しない者だったのが、その概念だけが俺と共にこの世界へやってきて、マナのある世界でその力をもってして存在を許された。

 そういう解釈でいいのかい」


「うん、そんなようなもんみたい。

 つまり、ホムラがお父さんでこの世界がお母さん」


「おっとー、この世界でもう子持ちとはなあ。俺もやるもんだ」


 できたら、可愛いお嫁さんが先に欲しかったもんだなあ。


 ここまでは微妙な相手しかいないのだが。

 美人は多いのだが基本的に年上ばっかりだし、少し年下は主のお姫様なのだから。

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