第21話 1-21 巫女姫の騎士

 神殿のエントランスはまた素晴らしかった。


 皇帝宮も良かったけど、ここはもう何というか「ウエルカムホール」みたいな感じだ。

 もう完全に商業一直線といった感じで、もうどこの超高級ホテルだよ。


 きっと狸な大司祭様がそろばん片手に「へい、らっしゃい」っていう感じなんだろうな。


 俺が神殿でどういう感じの扱いになっているのか気になる。

 お布施を持ってきたわけでもない、なんというか『神官の友人招待枠』での訪問なんだもの。


 やがて、案内してくれる神官の少女が現れた。

 お、可愛い。


 オレンジ・ヘアーに紫の瞳か。

 同じオレンジ髪でも、あの不愛想な警備隊の奴とは大違いだ。


 神官服がよく似合うなあ。

 ひょっとすると、そういうのも計算の内なのだろうか。

 神殿で働く女の子は、みんな可愛い子ばかりだったりして。


 そして、しばらく案内された待合室で待った後にやってきて笑顔で出迎えてくれるディクトリウス。


 うーん、普段着も決まっていたのだが、神官姿もこれまた一味違って男前だー。


 少し年配の女性などからは天使みたいに見えてしまって、もうメロメロでお布施なんか弾みっ放しなんじゃないの?


「では、まずは神殿の案内から行こうか」


 なんというか清らかな雰囲気に満ちているような感じのする空間で、とても強欲な人間の巣とは思えないほどだが、関係者の家族から直接事情を聞いてしまえば、とても額面通りには受け取れない。


 広く、明かりもたくさん取り入れられた乳白色を基調とした柱や壁天井などは、いかにもといった感じの代物で、足元には上等な大理石の石板が敷き詰められていた。


 柱の意匠もなんとなくギリシャの流れを汲むような雰囲気だった。

 もしかしたら、昔の落ち人さんの影響があるのかもしれないな。


 ここでは俺が望むように、今は世間では廃れてしまったような魔法なども指導するのだが、基本的には神殿なので祭事なども取り行うらしい。


 そのための催事場は素晴らしく広かった。

 そういう行事では、かなりの数の人間が出席するのだろう。


 大帝国の戴冠式などか。それは、さぞかし壮観なのだろうなあ。


「神殿では、特にこの帝都大神殿においては、皇族の結婚式や戴冠式などの国家の重要行事を取り仕切ったり、その他国家的に大事な儀式を皆一手に引き受けていたりするから大変な羽振りだね。

 大神殿の権威を求めて貴族家も擦り寄ってくるしねえ」


「うーん、それは凄いや」

 きっと、神官や司祭になりたい連中が賄賂や貢物なんかを大枚持って押しかけるんだろうな。


 あるいは、うちの子弟をよろしくみたいな感じで。


 そこで『依り代の巫女』について質問してみた。


「さっき少し聞いたんですけど、エリーセル皇女がそうだという依り代の巫女っていうものが神殿と何か関係があるんですか。

 なんとなく宗教関係みたいなんで」


「ああ、その事かい。

 そうだね、君にも何か関係があるのかもしれないから話しておこうかね」


「え、俺に?」

 彼は控えめな笑顔で頷いた。


 アントニウスも居住まいを正すという感じに聞いていた。


「依り代の巫女、それはこの国では非常に特別なものでね。

 その出現が国家の危機とも福音ともなる事もあるんだ。


 そうだね、それはおよそ百年周期くらいで現れるという説を唱える人もいる。

 そして、それに関係して落ち人が出現してくる可能性があるというんだ」


「今がその時っていうことなんですか」


「まあそうなった結果を見て、その当時の人達がそう言っているだけの話なのだが、今もエリーセル皇女と君が同じ帝都にいる。


 というか、君はこの世界へやってきた時に、あの皇女の足元に現れたそうだね」


 俺は微妙な感じで、若干顔を強張らせながら聞いていた。


 そういう言われ方をすると、まるであの皇女に呼ばれて俺がこの世界にやってきたかのように聞こえてしまうが、まさかな。


「あと、巫女の騎士という者がいるのだ。

 何故か不思議と縁があって、落ち人が巫女姫様の騎士になる事も多いそうでね。


 まあ落ち人には素晴らしい力があるのでそうなりやすいだけなのかもしれないのだが。

 今回は、もしかしたら君がそうなのかもしれない」


 だが俺に出来たのは、「へえ」という軽い返事だった。

 そんな話ばかりしているので、なんだか眠くなってしまった。


「そろそろ魔法を見てみたいのですけれども」


 そんな俺に催促されて魔法を見せてくれる事になった。


 そして書物で棚がいっぱいな彼の執務室のようなところへと連れていかれて、先生からの説明が始まった。


「魔法に必要な物、それは必ずしも魔法の本のような物ではない。

 魔法はあくまでマインドに関わるものなのだから。


 呪文はあくまでそれを引き出すプロセス、頭の中身をその状態に持っていくもの、まあそういうものなのだ。


 中にはまったく呪文などを必要としない『魔法脳』とでもいうような物を持った魔法の大天才達もいるのさ」


 うん、きっとそれはあなたの事も含めての話なのですね、先生。

 このディクトリウスこそ、その希代の魔法の使い手の一人なのだろう。


 そしてアントニウスが、そんな俺の考えを読んだかのように、自分の敬愛する兄について説明してくれる。


「ホムラ、そういう凄い魔法の使い手にも適性というものがあるんだ。

 この兄であるディクトリウスは多彩な才能の持ち主でね。


 また頭もいいものだから、頭の中で一瞬にして何かを展開するような物がもっとも得意なのさ」


「へえ、例えば?」


「そうだな、悪しき物を鎮める破邪のまじないとかな。

 神殿だから、そういう依頼も頻繁に来る。

 この帝都も昔はいろいろあったものさ」


「今もあるよね。というか、あったばっかり」


「はは、後はそうだな。

 災厄のような魔物の探知や、遺跡内のマッピングの力。


 後は彼の穏やかな性格から、攻撃ではなく防御の障壁のような守りの力が強いかな。

 魔法の攻撃を往なしたり無効化したり、あるいは反射させてしまうとかね」


「すげえ」


「まだまだあるぞ。

 味方に付与を与えたりする力。

 その本人も含めて、速度・力・魔力などを向上させ、攻撃や回避の力を上げる。


 後は特殊な魔法陣から魔力を供給できるのなら、軍勢に力を与える事も可能だが、あれは負荷がかかるので長時間は無理だ。

 そして、使えばしばらく魔法が使えなくなるので最終手段みたいなものだね」


「俺にもそういう魔法が使えないかな」


 俺は眩しい尊敬の眼で、長身のディクトリウスを見上げると彼も笑って言ってくれる。


「どうだろうね。

 そればっかりはいろいろと見てみない事にはね。


 魔法のスクロールを使う魔法もある。

 通常魔法を使えないような人が、魔法を込めて魔法陣を描いた魔法札を使って魔法を使えるようにしたものだ。


 遺跡探索をするような人に需要があったりするね。

 私も日頃、そういう物を作る作業もしているよ」


「スクロールねえ、そいつは値段が高そう!」

 彼はそれを肯定するように、にっこりと素晴らしい笑顔を見せてくれた。


 これまた、お布施を握り締めた貴族の奥様方がやられてしまいそうな笑顔だなあ。

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