無名の歌手

きり

短編

 透はアコースティックギターを片手に、深夜の駅前で歌っていた。

 周囲には似たようなミュージシャンの卵達が5組ほどいて、有名曲のアレンジを演奏したり、オリジナルを歌ったりと意外と騒がしい。

 繁華街の終電後の為、警察もうるさく注意しないのも人が多い原因だろう。

 そして透はそのなかでも、オリジナルのみを演奏する奴だと常連からは認識されている。

 

 それぞれの演奏者の前には曲を聴いていたりファンだったりが集まっているが、透のグループは他よりも二回りほど大きく、人気があるのがわかる。

 

「トールの曲ってどれもいいよね!」

「バラードからロックまで幅広いよな」

「外国語で歌ったり、日本語で歌ったり、女性向けまで歌うしね」

「アコースティックギターのみなのが惜しい。なんでバンドくまないのかなぁ」

「メジャーからも誘いがあったんでしょ?」

「見た目普通だけど、声とギターはうまいからデビュー出来そうなんんだけどなぁ」

「未だに路上のみだし」

「レパートリー広すぎ。何曲オリジナル持ってるんだろう」


 それぞれのグループの会話として、結構な高評価が多い。

 そして透の曲がサビにさしかかると周囲の観客もハモり始める。既に何回かアンコールをお願いされる曲は観客も覚え始めていた。

 

「「「♪~~♪~~」」」


 今まで無表情で演奏していた透の顔には、かすかな笑みが浮かんでいる。

 そして曲が終わり、控えめながらも多数の拍手を受ける。

 また無表情に戻った透は、今度はギターを片付けて撤収に入る。

 

「今度はいつやるんですかっ」

「また昼間もやってください」

「CD販売とかしないんですか」

「おーい、いい加減プロでやってくれー」


 色々な応援を受け、透はそれに丁寧に答えていく。


 ――来週の日曜の昼に公園でやる予定です、ごめんなさい、曲の販売とかしてないんです。プロにはなれないですよ。


 そして透が撤収した後、観客は各々の感想を言いながら、それぞれに散っていった。

 

 

 透はまだ社会人2年目で、仕事のペースもやっと落ち着いてきた所だった。

 曲の発表を始めたのは、意外と早くて中学生の頃。

 小学生の時からギターとピアノを習いたいと両親にねだり、今でも欠かさず練習している。

 そして透は中学で学校の音楽室でピアノを借りて練習をしていた。

 マンション住まいでピアノは置けないし、買ってもらったギターの練習も近くの公園にいってやっていた位だった。

 その為、学校の先生と交渉して部活のない日の放課後、ピアノを借りる事が出来ていた。


 

 放課後の音楽室でピアノの音が響いている。窓から差し込む夕日は眩しく、カーテンを閉めていても薄い光が透過して室内をオレンジに染めていた。

 そして曲に合わせて鼻歌を歌う。そんな時、透の顔には笑顔が浮かんでいた。

 何曲か弾いた後、そろそろ下校時刻ギリギリとなり、最後の曲ときめた透は周囲を見渡して人がいない事を確認すると、ピアノとともに歌い出した。

 循環コードの繰り返しである技巧としては単純なものだったが、歌詞が加わると途端に盛り上がりを見せる。

 英語で歌い出し、気分良く、目を閉じて頭の中の曲を紡ぎ出す。

 

 そして曲が終わり目を開けた途端、拍手が部屋に響いた。

 

「透君、凄かったわ」


 頬を若干赤らめた、若い音楽教師は熱心に拍手を繰り返した。

 透はビクッと身体を硬直させて視線を入り口に向けて、ようやく人が聞いていた事に気づく。

 一瞬苦い顔をしたが、直ぐに笑顔にかわり、ありがとうございます、と返事をした。

 その笑顔はどこか堅い。


「今まで聞いたことのない曲だけど、誰の曲?」

――僕が初めて歌った曲だと思います

「へー、オリジナルなんだ。あ。思わず聞き入っちゃったけど、下校時刻なのでもう終わりね。鍵は私がかけるから、気をつけて帰りなさい」


 透は頭を下げてお礼をし、そして少し足早に音楽室を出て行った。



 その後も透は音楽室でピアノの練習をし、たまにギターの持ち込みをして練習もさせてもらっていた。

 今まではそのまま下校時間まで誰もこなかったのだが、歌を聞かれて以降は先生が立ち寄ることが増えた。

 

「ねぇ、ハミングだけで歌詞はつけないの?」

「他の曲も全部オリジナル?凄いわね」

「有名曲のコピーはしないの?」


 音楽室を借りている立場上、邪険に出来ずある程度のリクエストに応える透。

 気づくと聞きに来る人数が増えている。

 他の先生だったり、生徒だったりと。

 

 そろそろ練習にならないので辞めようかな、と透が考え始めていると、音楽教師から相談が入った。


「ねぇ、以前聞いた桜が出てくる曲。あれ、卒業式の日に弾いてほしいの」


 ――え、いきなり言われても困ります


「あれ、調べたけど誰かの有名人の曲じゃないでしょ? 著作権とかうるさいし、有名曲って使いにくいのよね。最近は古典曲も敬遠されているし」


 ――著作権は僕にしてくれたらいいですよ。学校には渡せませんし。


 透は悩みつつも教師に答える。

 

 そして迎えた卒業式の日。

 式典は順調に進み、在校生代表として送り出す為に体育館で演奏する事になる。


 曲名、桜。

 作曲、透。

 ――どこか遠くで聞くかもしれない曲です。

 

 そうマイクに向かって話し、ピアノに向き直る。

 そしてピアノから始まるかと思ったが、いきなり伸びやかな歌声が響き渡る。

 そっと寄り添うように、後からピアノから音が流れ出す。

 卒業して再会を期待し、希望をもって進んでいこう、という内容だった。

 

 最初の卒業生の反応は微妙だった。

 アカペラっぽく始まった出だしでは様子を見ていて、ピアノが流れ始めた頃から一瞬顔をしかめた。


「ここは発表会じゃない、私たちの卒業式でしょ」

「調子に乗って自分から志願か?」


 透が放課後に音楽室で練習している事は有名で、卒業生の大半も知っていたための感想だ。

 だが、サビに入り始めるとそういった陰口は消えていき、段々と聞き入っていった。

 ピアノは本当に小さく伴奏されるだけで、どちらかというとアカペラに近い。

 歌うたびに、額や喉に汗が流れていく。

 歌声は大きく、体育館の隅々まで流れるように響いていた。

 

 そして最後の音が体育館の天井に消えていくと、一瞬の静寂の後に万雷の拍手が鳴り響いた。

 それは卒業生、在校生、保護者、教師、来賓の分け隔てなく立ち上がり拍手を始めた。

 卒業生の中には涙ぐんでいる人も少なくない。

 大勢の卒業生に感謝され、卒業式は終わった。

 

 透の生活はその後も変わりなかったが、音楽室の練習風景は少しだけ変わった。

 見学しようとする人が増えたため、先生による人数制限がなされた。

 そういった意味では透は人気者になれたかもしれないが、透本人の反応が微妙だった。

 うれしそうではあるけど、どこか辛そうでもある。そんな表情をしているのを見ると、周りの生徒も褒めて良いかどうか解らなくなって、ちょっと離れた位置で見ている感じなってしまった。

 

 透としても予想外の事が起きた。

 

「ねぇ透君。実はあの曲を演奏したいって学校が出てきて、楽譜とかあったら教えてほしいって。教えてもいい?」


 卒業式に出席した様々な人からの口コミ、録画されたビデオなどで評判が広まっていた。

 

 ――駄目です


 教師が驚くほど、あっさりと透に禁止された。

 音楽教師は、実は喜んで同意してもらえると思っていたので、大丈夫だと思いますよ、と相手に伝えていた。

 

「なんで? ちゃんと作曲者は透君で伝えるし、それだけ人気だったんだよ。いろんな人に聞いてもらえていいじゃない」


 ――既に著作権協会に登録して、無断演奏禁止にしてあります。


 透は卒業式での反応から、自己防衛的な意味で著作権登録をその後に済ませていた。

 個人での耳コピなどは仕方ないが、公の場での演奏はこれで押さえることが出来る。


「じゃ許可をだしてよ」


 ――駄目です。

 

「なんでよっ! 理由はなんなの!?」


 ――なんと言われようと駄目です。


 何度も行われた音楽教師の説得も、透は頑として首を縦に振らなかった。

 その為、放課後の練習は禁止されてしまったが。

 

 透の両親にも説得が言ったみたいだが、逆に両親は透の味方をしてくれた。

 透は頼まれて卒業式の日に頑張ってくれた、それで十分じゃないか。

 何故”中学生”の透が我が儘を言っている風に捉えるのか。

 個人で作ったモノをどうするかは、本人が決めるモノ。

 

 そういって両親は、透から詳しい理由も聞かずに、その意思を尊重してくれた。

 

 ――ありがとう、父さん、母さん。

 

 目尻に涙を浮かべながら、透は両親に感謝した。

 

 両親から見て、透は昔から良い子だった。我が儘をめったに言わず、それでも笑ったり泣いたりと悲喜交々過ごしてきた。

 そんな透が辛そうな表情をする時があったのは、歌を歌うときだった。

 両親は我が子に、歌うのは辛いのか、と聞いた。


 ――歌うのは好きだけど、何か違う。

 

 何が違うのか両親が聞いても、わからないが何かが違う、と答えるだけだった。


 

 この騒動の後、両親は透と向き合って話をする事にした。

 透は昔から歌にこだわりがあるけど、何故なのか話してくれるかい?、と。

 いつもは”何か”という言い方をしていた透だが、真剣な表情をして悩み、決心をした顔を両親に向けて言葉を紡いだ。

 

 ――何故かは解らないけど、歌が聞こえるんだ。

 

 歌って、どこから?

 

 ――頭の中。いろんな人が歌っているんだ。男性も女性も、日本人も外国人も。本当に色々。

 

 今まで聴いた曲を全部覚えている?

 

 ――逆。今まで聴いたことのない曲が聞こえるんだ。そうすると”帰りたい”って感じるんだ。しっくりくる?という感じかも。

 

 世の中で流れている曲は”しっくりこない”という事かな。

 

 ――うん、違和感みたいなのが凄い。何を聞いても寂しく感じる。だから寂しくないように歌っているんだ。頭の中の曲を。

 

 透が他の人に曲を歌わせないのはそれが理由?

 

 ――うん、僕が作ったわけじゃないのに、僕の曲だから好きにして、とは言えない。たぶんどこかの誰かが作った曲なんだ。なんで聞こえるか解らないけど、僕じゃないのは確か。完成した歌が聞こえるんだよ。

 

 なら僕たちは透の意見を尊重しよう。

 

 そういって両親は納得してくた。もちろんそれだけではなく、ずる賢く立ち回るのも必要だけどね。

 そういって両親は透を抱きしめた。


 

 そして社会人の今も、透の歌は続いている。

 たまに両親からリクエストを貰うが、両親は事情を知っているので喜んで歌っている。

 透の曲ではないけれど、透の頭の中の好きな曲であり、両親も”同じ曲”を好きな同士という感じ。

 

 頭の中で聞こえるのは曲のみ。タイトルも歌手もわからない。

 だからこの曲が何故聞こえるのか、誰の曲なのかもわからない。

 

 透は聞きたいと願う。

 それらの曲が街中で、ラジオやテレビから、レストランの中など。

 そういった所が聞こえたら嬉しいと思いつつ、自分の作った曲として絶対に発表したくない。

 だけれども、透が知っている曲を、他の誰かも好きになってほしいという矛盾。

 

 透のこの矛盾は一生身につきまとう事になる。

 それでも歌い続けようと、透は決めていた。

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無名の歌手 きり @Kirijinri

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