半分こ
魔王アミスを取り逃した彼らは、ひとまず疲弊したヴィクタを担ぎ森の外へと出ていった。
「ーー魔王……とんでもなかったな」
「うん……今のあたし達じゃ絶対に勝てないって感じだった。でもあたしは強さよりも魔王本人のことが気になるかな」
「俺もだよ……あいつの言葉、大切を人間に奪われたって発言がさ、どうしても嘘言ってるようには見えないんだよ。あれは本気で怒って、本気で悲しんでる奴の目だった。俺たちはあいつのいう通り、知らなすぎるのかもしれない……」
「勇……確かにな。あいつ結局あの子供殺さなかったし」
「そうなんだよね。だから根っからの悪人ってわけじゃないんだろうとは思う」
常盤は少し黙りながら考え、そして後方にいるヴィクタの方を振り返った。
「ヴィクタさん」
「ぅ……なんだ……常盤……」
ヴィクタの体にはあまり外傷が見られないが、そんな様子とは比例せずに疲れ果てている。元々の虚弱体質に加え、魔王を取り逃し、あまつさえ小さな子供を人質として取られたという事実が彼女の疲労を底上げしたいるのだろう。
「帰ったらヴィクタさんの体調が整ったらでいいので、出発前に言っていたヴィクタさんの過去、それと……人間やヴィクタさんがあの魔王にしたことを教えてください」
「ーーっ!それは…………いや、君たちには知る権利がある。もっと言えば、知らなければいけないのかもしれない……分かった、全て話すよ」
「はい……でも体調が整ってからでいいですからね」
「ああ…………すまない」
今の謝罪に気を遣ってもらったから、以上の意味を感じ取るのは容易であったが、常盤はそれを聞かないことにした。
「ーーあの……」
その時、
「ん?どしたんとっしー?」
「あ、えっと……今更であれなんですけど、
その言葉を皮切りに皆の足が止まり、そして全員周囲を見渡した。そして示し合わせたように一斉に呟いた。
「「「「「「「「……あ」」」」」」」」
「……え!みんな本気で忘れてたんですか?!「森の入り口にいたから大丈夫だろう、それより今はヴィクタさんの元へ駆けつけるのが優先だ!」的な意味じゃなかったんですか?!」
奥田のこの言葉にみなバツの悪そうな顔をしている。さらにはヴィクタすらも声は漏らさなかったものの、「あ、やばい……」といった表情を浮かべていた。
「ほんと、だな……完全に忘れてた」
「あ……あはは……は……委員長失格だなこれ……」
「つかなんであいつ来てねえんだ?」
「ま、そこからだな。おれとゴブリン討伐行ってからよくわからんが落ち込んでいたが……何やってんだあのオタク?」
「うちら完全にやってんね。オタ君のこと言われるまで居ないことにも気づいてなかったし」
「だな。帰ったらなんか奢ってやっか」
「アッキー存在ナッシーHu!」
「アレスくんノリノリだね(ついて来ない奴が悪いんでしょ?なんで芽衣たちが悪い空気になってんのよ)」
「あぁ……魔王に気を取られて大事な生徒を置き去りにするなんて……何やってるんだ私は……」
皆がそれぞれ神囿について申し訳ないや疑念の言葉を吐いている。それから少ししてようやく森の入り口へとたどり着いた。そこには出発前と変わらず座り込んでいる神囿の姿があった。
「んだよ、あのオタクずっとああしてたのか?」
「よく襲われたりしなかっーーん?」
常盤は一瞬、神囿の足元で何かが霧散していく様子を目に捉えたが、本当に一瞬のことだったこともあり気の所為だと断じた。
「んじゃ、我輩が声かけるヨウ!ーーアッキー!ファインしてたかい?!」
アレックスがいつものテンションと笑顔で神囿に近づき、手を伸ばした。
「……」
しかし彼はアレックスの声が聞こえていないのか、下を向いたまま無視をしている。
「んんん?無視はいかんぜよアッキー」
神囿の肩に手を乗せるアレックス。それによりようやく気が付いたのか、彼は顔を上げ立ち上がった。
「ん……ああ、瀬川か」
「よっす!置いてってすまんの!」
「……いいんだよ別に。そのおかげで……僕はお前より強くなれる」
「?…………よかったな!みんなー、アッキー大丈夫だぜ!」
後方の彼らに大手を振って連絡をするアレックス。
「うるせぇなバカ。んなでっかい声出さなくてもこの距離なら伝わるっつの」
「バカってひどいどすなぁマサ」
「相良くんをマサって呼んだり、京都弁喋り出したり、瀬川くんって逆に頭いいのかな?ボキャブラリー豊富って意味で」
霞が苦笑いを浮かべばがら呟いた言葉に、周囲の者も頷いた。とここでヴィクタが全員に指示を出した。
「盛り上がるのはいいが、とにかくまずは帰ろう。色々な話は帰ってからだ」
こうして彼らはヴィクタの指示通り歩を進め、帰路に着くのだった。
「(瀬川……それにヴィクタ……お前らは僕が超える……だって僕は最強で、選ばれた存在なんだから……!)」
歪んだ決意によって握りしめられた拳を、未だ誰も、本人すらも解く術を持ってはいない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とある森の最深部。ここに1人の青年と少女が降り立った。
「結局連れてきてしまった……何をやっているんだオレは?」
着地と同時にため息をついたアミスは、自身に呆れながら頭を掻いた。
「ーーお兄ちゃんすっごいね!さっき風がビューってなって体がフワってしてた!」
アミスに抱きつきながら満面の笑みを浮かべる少女。その笑顔に偽りがないことを理解できる分、アミスの心は締め付けられた。
「……お前は人質なんだ。向こうで大人しくしていろ」
「……どこも、いかない?」
真っ直ぐに潤んだ目を向ける少女に、アミスは一瞬言葉を詰まらせるも、優しい声色で少女に言葉を返した。
「……行かない。だから、あっちで大人しく、な?」
「うん!」
元気よく返事をし、踵を翻した少女は、ゆっくりと反対側へ歩いていった。
「……(あの子は置いていこう。でないとオレは、目的を見失ってしまう)」
心の中でそっと呟き、腕に巻いた妻の服を見つめる。復讐心を忘れぬために巻いたこの布だが、今のアミスはそれを見て復讐心があまり湧かなくなっていた。その事実に彼は顔を歪める。
「オレは……このまま復讐を続けるべきなのか?……なぁ、教えてくれないか……ミゼル……!」
悲痛に顔を歪めながら、巻いた形見に顔を沈めるアミス。とそこに、少女が何かをもって歩いてきた。
「お兄ちゃん!」
「ん……何をーー」
少女は手に持っていたものをアミスに差し出す。それは、この森に生えている、勇者達の世界でいうキノコのようなものだった。
「これは……?」
「はい!お兄ちゃんにあげる!頑張ったからお腹空いてるでしょ?」
「ーーッ!………………貸してみな」
「えっ?」
アミスは少女が持ってきた食べ物を取り、そして右手に小さな蒼い炎を灯した。
「?何するの?」
「まぁ見て……待ってろ」
アミスはキノコに蒼い炎を灯し、軽く焼き目がつくまで炙った。そしてそれを少女に差し出す。
「オレくらい強くなればお腹が空かないんだ。だから、これは君がお食べ」
「……うそだよね?」
感情を読める少女に見破られてしまったアミスは、苦笑いを浮かべる。
「はは……いいよ、食べな」
「ん〜……じゃあ半分こ!ーー熱っ」
少女はキノコを半分に裂き、アミスに差し出した。彼は戸惑いながらもそれを受け取った。
「うん、おいしっ!」
「……ああ、美味しいな。ーーねぇ、君は……オレとあの赤髪の騎士が戦っちゃいけないって、相手が違うって言った。君は……オレ達2人の何を感じ取った?」
勇者達相手に、一方的な情報だけで自分を倒そうとしていることに怒りをぶつけたアミス。だがそれは自分とて同じだったと気がついた彼は、ヴィクタが何故あれほどまでに魔人を憎んでいるのか、それを知るため少女に尋ねた。
「……あのお姉ちゃんはねーー」
「ーーえ……?」
ーー少女から告げられた言葉に、アミスは髪を掻きむしった。
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