中途半端な正義

「こいつが……魔王ですよね?」


「大丈夫ヴィクタさん?」


 アミスの放った魔法がヴィクタの体を貫かんとした時、勇者である常盤ときわかすみが現れ魔法を消失させた。


「常盤……霞……あ、すまない助かった」


「霞のおかげですよ。光の速度がなかったら間に合ってませんでした」


「それをいうなら勇正君もだよ。闇の吸収がなかったら今の魔法止めれてないしね」


 この光景をアミスはひどく困惑しながら見つめていた。


「オレの魔法を消した……?それにあれは……子供、だよな?なんでこんなところに……?」


 意味のわからなさと妙な不快感が心の中で堂々巡りしているアミス。茫然自失していたその時ーー上空で索敵魔法が発動する。


「ーー隕風槍クラウルスピア!!」


「ッ!一体誰だ!」


 アミスが上空を見上げると、4本の竜巻が彼をめがけ叩きつけられようとしていた。


 魔法を使うまでもない。そう判断したアミスは後方へと下がり攻撃を避けたーーかに思えたが、その竜巻はアミスの軌跡を辿り追尾してきた。


「なっ、追尾だと!そんな芸当できる奴がーークソッ!雷樹雨恵ベネディクトス!」


 雷・水属性を混ぜ込んだ魔法を、まるで樹木のように枝分かれさせ4つの竜巻を同時に打ち消した。


「なんだ今のは……あんな芸当が出来る騎士団がいたのか」


 そんな感想を漏らすアミス。だが目の前に映った正解は再び彼の思考を停止させる。


「ーーいやぁやっぱ強いやんね!わいの攻撃が全然効かんかったわ!」


「おいおいマジかよ……アレスの攻撃で傷1つ無しとかチートじゃね?」


「だから魔王なんだろ……さて、こいつにおれの魔法が届くのはいつになるか」


「ってか、村凄いことになってるし……やばいうち怖くなってきたんだけど」


「ぼ、ぼくもです……」


「きゃ〜芽衣も怖いぃ〜!(これ倒すの?無理でしょ?)」


「つかゆあちゃんも勇も早ぇよ!やっと追いついたわ!」


 アミスの目に映ったもの、それは人間の子供達だった。しかも1人は先ほど魔法を放ってきた者、その他も何人かは自身に敵意を向けている。


「……赤髪の騎士……貴様は……貴様ら人間は!……あんな子供にまで戦わせているのかっ!!!!」


「ーーッ!……彼らは……ぁ……」


 ヴィクタの心にずっと引っかかっていた問題。無理やり連れてきた挙句、年端も行かない少年少女たちに命をかけて戦えと命じている。そんな問題を魔王に改めて指摘されたことで押し黙ってしまった。しかし彼の発したというセリフ。恐らくヴィクタのことを言っているのだろうと理解し、これには反対の意を示した。


「確かに……この子達は無理やり、戦場に駆り出されてる……だけだ……だけど、私は違う……私は誓ったんだ、この剣に!必ず、魔人に復讐すると!…………ごめんみんな。君たちを巻き込んだのは、私たちだ。初めから……私1人で解決すべき、問題だった」


 ヴィクタはふらつく体を剣で支えながらなんとか立ち上がる。怪我こそ追っていないものの、体力はもう限界に近い。


「ーー理由なき悪意によって、人々をいたぶり、恐怖を与え、蹂躙する。そんな魔王、お前を倒すために別の世界から喚ばれた存在。それが俺たち勇者だ!」


「……常盤……?一体何を……?」


 常盤は闇魔法を纏いながらアミスに近づき、自分たちの存在について語り出した。


「勇者……異なる世界……理由なき、悪意ぃ?」


「俺たちは突然この世界に喚ばれ、いきなり魔王の手からこの世界を救ってくれと頼まれた。困惑もしたし嫌だとも思った。だが今俺たちのほとんどはお前を倒すため自らの意思でここにいる!元の世界に帰るため、お前の悪行が許せないため、理由は様々だろうがいずれにせよ俺たちは自分の意思でここにいる!少なくともおれはそうだ!」


「常……盤……」


 その時、常盤の背後に2人の子供が近づいた。


「ーーったく、なんで他人が絡んだ時だけ頑張るかねぇ?ま、昔っからだし慣れたけど」


「そうそう、勇正君昔っからだもんね!あたし達も、さっきのに2ぃ乗った!」


「霞……海斗……!」


 幼馴染2人は常盤の肩に手を置き、互いに顔を見合わせ笑みを浮かべた。それとほぼ同時ーー


「ーー3だ。おれもいもうt……帰らなければいけない理由があるからな。乗ってやる」


「じゃあオイラも乗っちゃうぜ!少年漫画的Hu!」


「茶化すなよアレス……ま、そういうこった。裸の付き合いもした仲だろ?今更1人だけで突っ走んなよな」


「うちは裸の付き合いとかはないし、正直怖いけど……こんな現場見ちゃったらね、しゃあないじゃん」


「そ、そうですね。ぼくも役に立つかわかんないけど、頑張ります」


「しょうがないですね。芽衣もその考え、乗っちゃいます!(ってか乗らないと後々絶対白い目で見られんじゃんか。ああもうめんどくさいなぁ)」


 こうしてその場にいた勇者達は、全員常盤の背後に並び立つ形で魔王に相対した。


「みんな……ありがとう……!ーーヴィクタさん、これが俺たちの意思です。だから、1人で全部背負い込まないでください」


「ッ!……すまない、ありがとう」


 そんな光景に、1人違和感を覚えるアミス。彼からすればなぜ自分が理由のない悪意と言われているの、なぜ魔人を一方的に排した人間の手を取るのか理解できなかった。勇者達はこの世界の人間ではない。とすれば魔人が忌み嫌う存在だとは思っていないはず。にも関わらず彼らは自分をただの悪だと断じて切り捨てる。その光景に、アミスは酷く嫌悪感を覚えた。


「ーーおい勇者とやら」


「っ、なんだ……」


「お前達はなぜ人間につく?そいつが、そいつらが何をしたのか知らないのか?お前達はオレたち魔人の何を知ってる?オレたちの無念を、怒りを、悲しみを、理解しているのか?お前たちは……何を見た?」


「(またあの目だ。怒りの中に悲しみが混じったようなあの目……)俺たちが見たのは、村を襲撃し逃げ惑う人々を惨殺、そして声高らかに宣言するあんたの姿。ちょうどこの村のように、悲惨な景色だったよ」


 その言葉を聞いたアミスは失笑し、そして何かが決壊したかのように高笑いを始めた。


「ふふっ……はははっ……ははっ、はははっ!ははははははははははははははっ!」


「な、いきなりなんだ……?」


 その瞬間、常盤目掛け黒い炎が放たれた。纏い続けていたことから怪我は負っていない。


「なっ、危なかったぁ……!」


「ーーははっ、何が勇者だ……一方の、しかも都合のいい言葉しか受け取ってないくせに、オレを倒すぅ?ーー巫山戯るな!!!!偏った意見にしか耳を貸さず、相手の話を聞こうともしない!そんな貴様らのような人間が、オレの大切を根こそぎ奪ったんだ!何が勇者だ何が倒すだ!貴様ら人間の方が……よっぽど魔王らしいよ……」


 あまりの気迫に勇者たちはたじろぎ後退りをしてしまう。


「和平を求めた両親を殺し、平穏を求めた市民を焼き殺し、まだ腹の中にいる赤子を蹴り殺し、涙を流す女性を嘲笑とともに首を分つ……そんな話、お前らは聞いたのか?聞こうとしたのか?してないだろ!!オレはーー」


「ーー貴様がそれを言うな!!!!」


 声を昂らせたのはヴィクタだ。体を震わせ、握った剣からは血を流している。


「貴様が、貴様ら魔人がそれを言うか……?何一方的にやられたような口を叩いているんだ?巫山戯るなはこちらのセリフだ。私は忘れない、10年程度で忘れるものか。貴様ら魔人が、魔王が、私の大切を奪ったんだ。何が魔王らしいだ……穢れた血を流す下賤者が」


 お互いの話は平行線を辿っている。片方は一方的に奪われたと言い、もう片方は先に奪われたという。それぞれがそれぞれの真実を持ち寄り、その真実を信じて行動している。結局のところ人間も魔王も、互いに寄り添い話すことができていないのだ。


 それは勇者たちとて同じこと。片方の情報しか今まで知らず、新たな情報をいれられても半ば信じられずにいる。真実を知るための方法がこの場にないのだ。仕方がない。


 だが唯一、どちらの言葉も偽りがないと理解する少女がいた。その少女は魔王の元に走り、足元に抱きついた。


「な、子供?!」


「ってかやばいって危ないし!」


「しまった!早く戻ってーーぐっ!」


 彼らに緊張が走る。勇者たちからすれば、危険な存在に、何も知らぬ幼児が近づいていったようにしか見えない。


「ッ……なんでまた来た?あっちの方が安全だろ?」


「……おかしいもん」


「は?おかしいって、オレがおかしいってそう言いたいのかーー」


「ーーみんなだよ!!!!」


 張り裂けるほどに甲高く、まるで悲鳴のように声をあげるその少女は、目に涙を浮かべている。


「みんなあっててみんなちがう!!はなしたらすぐ仲良くなれるのに、なんでそうしないの!おかしいよ!」


「……もう、その時間は終わったんだよ。無理なんだ。話し合って解決するには……死に過ぎた。…………もういい、今日はもう疲れたーー」


 アミスは黒炎を前方広範囲に撃ち放った。常盤は今出来る全力の闇魔法を使用し、なんとかその炎を吸収した時ーーアミス、そしてその少女は空中にいた。


「なっ、羽根?!魔法って普通属性魔法だけなんじゃ……いやそんなことよりーー」


「おい離せ!何をしてる!」


 少女はアミスの足に抱きついたまま空中に上がっていた。


「だめっ!お兄いちゃん離したら、また殺しちゃう!ほんとにじゃまなら、おとして!」


「ぅ…………ああもうクソ!」


 アミスは足を振り払い、少女を突き放すーーかと誰もが思ったが、足から離れた少女を片手で抱え、悲痛そうな表情で宣言した。


「聞け赤髪の騎士!そして勇者共!こいつは人質だ、殺さないでほしくばオレの邪魔をしないことだな!……ぅあア”クソ!」


 こうして魔王は少女とともに飛び去っていった。疲弊しているヴィクタ、そして少女を巻き込まずに攻撃する保証の出来ない勇者たちは、呆然とその様子を見ることしかできなかった。



































































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