覚悟は決まった
「よくぞいらっしゃいました『勇者様』! お願いです、あなた方の力で──この世界をお救いください!!」
いつものように学校にいたはずの彼らは、突如見知らぬ場所で目を覚まし、さらに見知らぬ女性に世界を救えと口にされる。
そんな事実にここにいる10名は様々な反応を示している。
「えっ? なにこれ? あの人誰?」
「つかどこだよここ? ってかもしかして誘拐されたのか?」
「勇者……なんか見たことあるな」
「ははっ! ついにこの時が来たんだ!」
とにかく困惑するもの、当然だが誘拐されたと思っているもの、既視感を覚えるもの、歓喜するもの様々だ。
「ね、ねぇ勇く──勇正君、これなに? 一体どこなの?」
「……俺もいまいちわからない、だけどこの見知らぬ内装、見知らぬ女性、そして告げられた勇者と世界を救えって言葉……当たりたくない心あたりはある」
「何だよそれ! 教えろよ勇!」
常盤の肩に掴みかかる真鍋。その表情には焦りや不安が見て取れる。
「これは多分……異世界召喚……かもしれない」
「異世界……召喚……? んだよそれ? んなもん創作の話だろ?」
「ああ……俺だってそうは思いたく──」
その時、そこにいる人間の意識を全て持っていくように、目の前の女性は手を叩く。
「──皆さま、突然のことに困惑なさっているのでしょう、それは仕方ありません。ですからまずは、私のお話を聞いていただけませんか?」
彼らは顔を見合わせお互いどうするか話し合っている。そして、とにかく現状を把握するため、一旦彼らは王女の言葉を聞いてみることとなった。
「ありがとうございます。ではまず自己紹介からいたしますね。私はこの国アウフェーラの王女、イルメールと申します。どうぞお好きにお呼び下さい」
イルメール、そう名乗った彼女は手を添え頭を下げる。その姿はまさしく王女そのものであり、見るものを魅了する。
「この国は、ある1人の魔王によって脅威に晒されています。先日、奴は人間の村を一方的に、そして残酷に襲撃し、殺しています。そして宣言したのです。これより全てを焼き尽くす、と」
あまりに現実離れした話に、さすがに皆動揺している。信じられないといった様子だ。
そんな時、1人の男がイルメールに意見する。
「なぁ今の話さ、証拠とかないん?何かこっちが納得できる映像とか──」
「ありますよ」
「そんなんがないとこっちだって……あるん?」
「ええ、今からでもお見せすることはできます。しかし先ほども申しましたがかなり残酷です。見たくない方は顔を背けることをお勧めしますよ」
そう言ってとある一つの水晶玉を手に取った。そしてそれを台座に置き、映像を壁に映す。
「なんか……プロジェクターみたいだね」
霞がそう口に漏らした。
「ああ、実際現実味がまだないし、今から見るのも映画くらいにしか思えないかもな」
「何でそんな落ち着いてんだ? 拉致られたんだぞおれら……」
すでに少し落ち着いてきている霞と常盤。未だに受け入れられない様子の真鍋。それぞれ別の気持ちを抱きながら映像を見る。
正直そこにいた全員がまだ理解していなかった。残酷、と言われても所詮と思っていた節が少なからず全員にあった。しかし流れ出した映像をみて、そんな気持ちは虚空に消える。
そして別の感情が埋め尽くした。それは──恐怖。
焼き崩れる家屋、叫びを上げる人々、断末魔を上げながら焼き焦げていく人々、どす黒い炎が当たり前の日常を飲み込んでいく。
その光景に声を上げることが出来ない面々、中には吐き出すものもいた。
そして全てを焼き尽くすと宣言する魔王。その時、何故か常盤にはある疑問が浮かんだ。
「(あれ? なんだこいつの顔……何でこんなに、悲しそうなんだ……?)」
こうして映像が終わり、しばらくの沈黙が訪れる。今の映像に偽物だ!と文句を言うものすら現れず、とにかく静寂が続いた。
「──以上が魔王の悪行です。私たちは人間を守るため、これ以上の被害を出さぬため試行錯誤をしました。策を巡らせました。そしてとある魔法を見つけたのです。それが──異世界召喚という魔法です」
再びざわつき始める彼らを他所に、王女は話を続ける。
「この国には昔から、異界より喚ばれし勇者がこの世界の悪を払うと言われています。そこで私は魔法を使い、あなた方を召喚させていただきました。改めてお願いします、この世界を、襲いくる魔の手からお救いください!」
そう言って改めて頭を下げる王女。とはいえすぐに受け入れることなどできない。
その時、勇者の1人が手を上げる。
「あの……」
「はい、なんでしょう?」
彼は細身の体にボサボサの黒髪、クラスではあまり友達が多いタイプではなかった。そして所謂オタク気質であり、内心この世界に来れたことに歓喜している。
「あの、こういうのって定番的にチートとかあったりするんですか?あとステータスとか!」
「ええ、本来であれば使えない魔法を、勇者様は使うことが出来ると言われています! ステータス? というのは分かりませんが、意識を集中させることで自分の魔法を理解することが出来ると言われています」
「なるほどなるほど、ステータスがないパターンの世界か……ふふっ本来使えないはずの魔法を使うことができる……そして僕みたいなタイプは一見よくわからないスキルだが実は最強だったパターンが一般的! 一体どんなチート魔法なんだろうか?」
ぶつぶつと早口で独り言を呟く彼に、近くにいた所謂クラスカーストのトップの人は引いていた。
「お前よくこんな時に浮かれられんな。魔法とか正直どうでもいいわ……」
事前情報が何もないのならば彼らも浮かれることができたいなのかも知らないが、あの惨状を見せられ、さらには戦えた言われればこうもなろう。
常盤はこういう異世界ジャンルも読んだことはあるので、ある程度は理解しているが、それでも理解できない点、納得のいかない点は多々ある。
「あの、王女様?」
「はい、どうなさいました?」
「とりあえず1日くれませんか?いきなりこんなところに連れてこられて、しかもあんな映像見せられたら冷静にならないので」
「そうですか? それにしては落ち着いてらっしゃるように見えますが……分かりました。お部屋をご用意したします。急な決断を迫ってしまい、申し訳ありません」
その後、それぞれ用意された部屋に案内され、常盤はベッドに横になる。
「異世界……何でほんとに来ちゃうかな? 母さんにも何も言えてないし……そもそも帰れるのか?」
その時、部屋の扉がノックされる。真鍋の声だ。
「海斗か? どうぞ」
開かれた扉には、実際真鍋がいた。そしてその後ろには霞もいる。
「どうしたんだ2人とも……って、まぁ誰かと話したくはなるよな」
「なぁ勇、お前どうすんだ? 世界救えとかどうとか言ってるが……正直おれはやりたくねぇ。だってそうだろ、魔法の力だか知らねぇがいきなり拉致って、それでお願い助けてくれ! ってよ……くそっ、試合までに帰れんのかよ?」
「勇正君、正直、あたしは海斗君の気持ちが分かる。だって、あんなのと戦ったら死んじゃうじゃん。そしたらお父さんとお母さんにもう会えないんだよ?」
拒絶の意思を示す2人、そんな2人を見て常盤は考える。
「(こういうのは大抵魔王を倒すまで帰れない。もし今回使われた召喚魔法ってのがそれと同じなんなら──戦わない限り俺たちは帰れない。だが2人に戦闘の意思はない。だったら答えは簡単だ──)」
常盤はそれが当たり前かのようにこう答えた。
「俺は戦うよ。俺は、
その言葉に、お互い顔を見合わせる真鍋と霞。そして2人してため息をついた。
「勇正君って、ほんとそうだよね」
「ああもう面倒くせぇ、こう答えるって分かってたのに何であんな風に決めちまったかなぁ?」
そして2人は常盤に手を差し出した。
「……これは?」
「勇正君、あたしたちも戦うね!」
「お前がやんならおれらも戦うって決めてたんだ。やなこと全部、勇1人にやらせるわけねぇだろバカ」
「…………ははっ、ほんと……お前ら最高だ!」
2人の手を取る。3人のうち、死ぬ覚悟をしている者は1人もいない。ただ一点、3人で帰る覚悟だけは、今固めた。
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