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ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬)
Flash
まずは準備に取り掛かろう。
必要となるのはキャンバスとそこに色彩を与える道具たちだ。道具の調達には苦労しない。誰もが義務教育を受ける中で必ず一度は手にしたことがあるであろうものだからだ。
だが、わたしの描く作品には少々特殊なキャンバスを必要とする。
そして今日、ついにそのキャンバスが手に入った。いよいよ制作に取り掛かかれそうだ。わたしの作品をついに世に披露する機会がやってきたかと思うと興奮が止まらない。
わたしは重い車椅子を押しながら、暗いコンクリートの坂道を登っていった。
真夜中の立体駐車場のとある階層の中心に車椅子に縛り付けられた男が忘れられたおもちゃのように一人眠っている。わたしは彼のそばに作品の制作に必要な道具をあらかたそろえると興奮を抑えながら男の目を覚まさせる。
目を覚ましかけた男ははじめ友人のいたずらか何かと勘違いしたようにその表情に笑みを浮かべていたが、目の前に立つわたしがその友人のだれでもないことに気が付くと改めてこの異常性に気づき抗い始めた。怒号を飛ばしながら体をゆする男の皮膚には膨張して浮き出た血管が至るところに見られる。
わたしは彼の言葉に被せるようにして彼が過去に起こした騒動の数々をあげていった。ひとつふたつとあげるうちに彼はわたしのことをネット自警団の一人かなにかと勘違いしたようだったが違う。
わたしはきみの抑えきれない承認欲求の塊を自身の作品の題材として使いたいと説明すると、彼は今度はわたしのことを誇大妄想狂とみなしたようでわたしの作品を見もしないでけなし始めた。
まぁいい。これから彼にはわたしの作品が形作られていく様子をその目の前で、焼き付けるように鑑賞してもらうのだから。
わたしは後ろに置いておいた袋の中からかなづちと二寸(6cm)くぎをまとめて取り出した。そこにはまとわり付くいばらのような銅線が何本も巻き付いており、そのさきには小さな豆電球が花びらのように釘の頭を中心に開いている。
わたしが取り出したものの異様さにいよいよ違和感を覚えた男は酷く狼狽した様子でなにやら口を開け閉めしているが、肝心の舌が痙攣でもしているように小刻みに動いてまったく言葉になっていない。ただただうるさいだけだ。言葉の出来損ないのような流動にイライラしてきたわたしは、男の口に釘を握った握りこぶしを押し込み閉じれなくするとその釘の頭めがけて振り上げたかなづちを打ち付けた。
釘の半分ほどまでが食い込んだところで釘は止まった。巻きつけた銅線が筋肉の組織をえぐり取っていくようで舌先にぐちゃぐちゃとした肉片がドリルで巻き上げられた土のように飛び出している。
まさしく釘を刺された男は絶叫し、舌を動かそうとするたびに刺された穴が開かれ更に悲鳴をあげる。
わたしは口腔からあふれ出た血が男の叫び声によって飛ばされたり、溢れ出る涎と混じったグラデーションを見せるのを見ながら確信を掴んだような感覚を覚えた。
これは素晴らしいものができそうだ、という確信だった。
わたしは続けてもう一本手に握ると今度は左ももの内側あたりに狙いを定め、振り上げた腕をその勢いのまま打ち付けた。釘の先端が肉をさき、銅線に巻き込まれた血管が破裂して傷口からだらだらと血が流れ出ていく。釘の頭が周りの肉に食い込むくらいまで深く打ち込んだことで出血は最小限に抑えられ、この男の命を長引かせる。
釘を打ち込んでいる間に死なれては困るのだ。
この男にはもうしばらく耐えてもらおう。
そうしてわたしは肉という肉、骨という骨の隙間を釘の頭に咲いた電球の花びらが覆いつくすまで腕を振り続けた。男は10本を超えたあたりから失神を繰り返すようになり、わたしの作業が終わるころにはだらりと全身の力が抜けてまるで寄生植物にすべてを吸い出された哀れな生命体のようであった。
わたしはしびれ始めた指から力を抜きかなづちをコンクリートの床に落とした。その衝撃音に男の体がビクッ!っと反応を示したが果たして次に来る苦痛を予期してのことか、ただの生理的な反射なのかはもう判別がつかない状態だった。
男の命はまだその輝きを失ってはいないようだ。
さて、わたしの手でさらに輝かしてやろう。
車用のバッテリーからコードを伸ばし男の足元に刺した釘とつなげる。あとはコードを通して男の体に微弱な電流を流す。
わたしは男の様子を観察できるよう少し離れたところからその完成を見守る。
ついにわたしの作品が完成する。いや生まれるといったほうが正しいだろう。
わたしの指先が電流のスイッチに軽く触れる。一度つばを飲み込んでから全体重をその指先にかけるようにしてそのスイッチを押した。
バッテリーから流れた電流が男の体を通り抜け、豆電球の花弁を開かせる。所狭しと並んだ豆電球の淡い光に照らされて赤く染め上げられたその体が美しく浮かび上がる。まるで人間と精霊とが互いに抱きしめ合っているようだ。
目の前の美しい光景に喜びをかみしめたところで、わたしはバッテリーの電圧をあげる。どれだけ輝かしい生命にもかならず終わりはやってくるからだ。
わたしがスイッチを切り替えると、男のほうからぱりんぱりんとガラスが弾ける子気味よい音と肉の焦げる臭いが漂ってきた。それとともに男の体も小刻みに震え始める。まるで体内のいたるところで血液が沸騰しふつふつと沸き立っているかのように。
男の体から出る煙は電球の花びらの魂だ。
これはこれでまた美しい光景だ。生の美しいものはその死までも美しいものだったのだ。わたしはそんな美しい生命を生み出した自身に対する恍惚感に浸りながら、その最後をみとった。
F ネコイル (猫頭鷹と海豚🦉&🐬) @Stupid_my_Life
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