銀の森

晴れ時々雨

🍄

いつもよりパパの足が早いので変だなと思ったら案の定撒かれて見失った。追いつこうと小走りしたら妹はグズってパパは?と何回も聞いてくるし僕も疲れたので諦めた。

「パパはどこ?」ともう一度言いそうな形をした妹の口をつねった。

「ねぇ、あたしたち捨てられたの?」を歪んだ口のまま発音する。

「違う。お菓子の家へ行くんだ」

「わー、お菓子ー!」

今鳴いたカラスは何とやら、妹は目を輝かせてパパを忘れる。

僕らは適当に森の奥に進みお菓子の家を探した。

「ねぇ、道しるべが要るんじゃない?」

そう来ると思ってポケットを探ると、光る石の代わりに小型の折りたたみナイフが出てきた。これは万が一の事を考えた僕が誕生日にパパにねだって買ってもらった大事なナイフだった。

「ナイフじゃなくて石がいいのに!」

顔に全然似合わないのに乙女チック気分な妹は鼻に皺を寄せて歯を剥く。

「まぁ待てって」

僕は徐ろに近くの幹に素早く三本線を走らせた。

「これはこの辺を牛耳る森の主、隻眼の大熊の爪痕だ。こうしておけば雑魚は寄ってこないし目印にもなる」

ふぉーと興奮した声を張り上げる妹の口を押さえる。

「しっ、声がでかい」

そう言うと妹は自分の口を両手で塞ぎ声を落とした。

「雑魚っていうと、狐かな」

「いや、猪かもしれない。そいつはそいつでヤバいから先を急ごう」

これでしばらくはうるさいヤツも黙るだろう。緊急事態に陥った割に事柄が僕の思惑通りに進んでうきうきする。

そうやってときおり幹を見つけてはしゅしゅしゅと傷をつけいい加減な方向へ進んでいく。


「嘘つき!」

妹は倒れた幹に座り込んでブスッたれた。

今回ばかりは嘘つき呼ばわりを許せなかったので妹の髪を引っぱった。

「痛い!何すんのよ!」

こいつは言いたいことばかり言って僕の気分なんかお構いなしだ。僕は嘘なんかついてない。どこにあるか知らないだけだ。僕だって疲れたし帰りたい。でももう今帰ったってパパもママも喜びゃしないことも分かってる。僕たちは森に置いていかれたんだ。

今になってパパに対する怒りと、パパにそうされた悲しみがごちゃごちゃに湧いてきて喉の奥がつーんとし始めた。森じゅうの木は傷だらけで、樹液で錆び付かないように刃を拭ったシャツはでろでろに汚れまくって所々破れてヒラヒラしていた。でももう誰にも叱られやしない。

「あれ、お兄ちゃん泣いてる?」

妹が半笑いで顔を覗き込んでくる。

「ばーか、泣くわけないだろ」

せいせいすらぁ。なんかで見たセリフはこういうとき使うんだな。言わなかったけど。

「お腹すいたね」

ああそうだ、それには同意する。

でもなんの知識もないから怖くてその辺のキノコを食べるのはやめておいた。妹は食べたがったが、森のキノコを食べると笑いが止まらなくなると教えると、それだけは嫌だと言い二人で我慢した。

ヘンゼルとグレーテルはとんだラッキーボーイたちだったんだなぁ。大体こんな所にお菓子の家なんかあるわけない。不衛生だし子供じみた話さ。それか変なキノコを食べて幻覚でも視たんだろう。ああ腹減ったなぁ。

森の時計は正確に夜を運んできて、辺りはだいぶ暗くなった。

「ねぇおにいちゃあん」

見上げると、出始めた星空に黒いシルエットになって倒木の上に立つ妹がいた。顔の部分にひっくり返った月のような目と口がある。

「猪が来たらナイフで殺して食べちゃおうよ」

妹の影はどんどん濃くなり、顔の真ん中に刻まれた三つの月がぱりぱりと鳴る。髪の毛や服の輪郭がうねるように見えるのは風のせいじゃない。

「ねぇパパはぁ?

ねぇお腹すいたぁ

ねぇここどこぉ?

ねぇ、ねぇ、ねぇ」

なにかがおかしい。僕は寒気がした。妹が喋るたび、月が大きく開いてそこから銀色の煙が漂う。その煙は不思議な匂いがした。妹が僕より大きくなったり、全体がぐにゃりと曲がったりして僕は目が回った。辺りはいつの間にか銀色の霧に包まれている。視界がすぅっと斜めになって、目の前に妹の赤い靴が見えた。靴は木の根元に生えていたはずのキノコの軸を踏んづけている。

なんてやつだ、おまえ、あれを食べたのか、くそ、うらやましい、腹が減った、、


夜が明けると、森は静寂につつまれ僅かに朝日が射し込んでいた。朝日は僅かだが、木々の繁る森は光に包まれている。

一本の大樹の根本に二つの新しい膨らみがある。それらは自発的に光を発している。膨らみは細かい凸凹でできており、それは一個ずつの小さなキノコの集合体だった。

小さいキノコらは傘の下から銀色の胞子を飛ばし、温床にしている物を飲み込み森をぼんやりと輝かせている。

魔女はその辺りを踏み荒らさぬよう厚い布で鼻を覆い遠巻きにそこを離れ、ため息をつきながら甘ったるい家へ帰った。

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銀の森 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

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