輪郭の国

晴れ時々雨

🍎

呼び止められて振り返ると、先生はりんごを手に持っていた。見た事のない雰囲気を出しているが匂いは確かにりんごだった。

「これが赤だよ」

僕と連れは赤を初めて見た。

「タンパク質ですか」

連れは先生にそう質問したが、ミントのようにあっさり聞き逃された。ミントの香りには周囲を勢いで流してしまうような強さがある。微量になるとどこにでも混じり込む図々しさもある。こんなことを言うが僕はミントが嫌いではない。むしろそこまで鮮やかにいられる存在感が羨ましいとさえ思っていた。


連れである彼がどうして赤のことからタンパク質に思考が飛んだかと言うと、以前彼の祖父からタンパク質は他人の色を変える性質があると聞いたことがあったからだろう。その当時の彼の興奮といったら、まるで世紀の発見をしたかのように口角に泡を浮かべてまで喚くやかましいアカゲラ(僕らはこのアカを色のことだと認識していなかった)のようだったのを思い出した。

まぁ確かに、色に関することは僕たちには世紀の発見ぐらいの大それた出来事であるのは認めよう。というのも僕らの世界には色彩という物がない。黒と白と殆どが濃淡のある灰色で構成された輪郭だけの世界に住む僕たち。


今日僕らの目を覚まさせた先生は、先生という呼び名ではあるが常に僕らに何かを教える人ではない。物心ついてから、先生という言葉を辞書で調べて首を捻った覚えがある。その時も連れと一緒だったが、彼は辞典を閉じ表紙の編者の名前を指で指し嘘つきなんじゃないかと言い出す始末だった。

しかし今日は先生が何故そう呼ばれているかが何となく理解出来た日だった。何せ、赤を僕らの世界に持ち込んだのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

輪郭の国 晴れ時々雨 @rio11ruiagent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る