野獣の変異
「なあ、一応確認するけど……ここ日本だよな? 間違いないよな?」
『はい、マスター。少なくとも2142年前まではそう呼ばれていました」
「いや、うん、なら良いんだ。細かい数字をありがとう」
俺マジ異世界来ちゃったんじゃね? って俺が考えたのは世界がこうなってから何度目だったか?
初めはスズカ経由で聞いたシュテンの報告を、暇潰しがてら見てみようと思ったところからだった。
最初に教わった壁をトリィに飛んで貰って映像を送って貰った。
確かに焦げてた。ついでに、
「よくこの規模で壊したな」
って思わず感心するくらい位、デカい穴が空いていた。
このときは穴を見たら落ち込むであろうマサル達を哀れみながらも、呑気に「人がしかしどうやって?」とか考えていた。
野生の獣は火を使わない。人間も元は野生だったわけだから断言は出来ないが、俺は火を使う生物を人類以外知らない。
真っ先に思い浮かんだのは大砲。
だが、そんなもん持った奴らが気付かれずにサイズタイドを抜けられる訳がない、と否定した。
じゃあどうやって? と考え始めると難しい問題だが、答えは犯人が持ってるんだから、考えるより追跡した方が話が早かろう。
幸いにも手掛かりがあった。鉄骨部分に血が付着しているのを発見したんだ。
この時点で嫌な予感はしたけどね。血が付いている=生身で壊したってことなわけで。
焦げ跡は一旦スルーで、相手は巨体であることを想定。手掛かりを探せばデカい足跡を発見した。
鬱蒼と茂る草花に紛れた足跡。
狩人でもない頭部が生身のシュテンでは見過ごすかも知れない……が、アンドロイド舐めんな。
トリィの3Dスキャンを通してみれば、潰れた草花にその跡がしっかりと残っている。
指は4本。人ではなく獣の足跡って感じ。
余り外に出てない俺ではあるが、シェルターに辿り着くまでにはそれなりに戦ったし、壁に取り付けられたカメラの映像の記録もある。
生息している野獣の大きさ位ある程度把握している……多分ね。
で、そのどれとも合致しなかった。
悩んでても仕方ないからトリィに追跡を継続して貰えば、その正体はすぐにわかった。
森の奥に王者の如く座するその姿。
「虎!?」
赤の毛皮に黒の縞。
少なくとも自然界の生物の延長である今の野獣に、この色合いはない。何よりデカすぎ。
体長8~9メートルはあるんじゃなかろうか?
今の虎はあって6メートルちょいだ。元の虎の最大が確かアムールタイガーで大きくて4メートルに届かなかったはず。
サーベルタイガーの如く牙が伸び、爪が伸び、筋繊維が膨張し、体格が代わろうとも変身して完全な別生物になったわけじゃない。
変異してもこんなもんだ。いや、充分異常か?
だがとにかくこの虎は、そんな変異の限界を軽くスルーしていた。色味と大きさ、そして
『ガルゥオオン!!』
音か匂いか、トリィに気付いた赤い虎。
威嚇の鳴き声は銃声かと思うほどの轟音一つ。そして口から火球を吐いた。
口ぱっくり開けて「……はい?」ってなったよね。
火球を躱したトリィは反撃とばかりに熱線銃を発射。
一応効いたのか攻撃を嫌がるように再度威嚇の声を上げるが、さしたるダメージは入らなかった模様。
空飛ぶトリィの熱線は軽量優先。小口径だから大型生物の場合、まあこうなる
トリィも自身の最大火力が効かなかったとわかり、潔く撤退。
正しい決断だ。頭が良い。
さて、というわけで虎が火球を吐いた。
おかしい。普通におかしい。
だからついつい疑ったわけだ。ここは日本かと。というか地球かと。
それはさておき、つまりあの壁のデカい穴は、虎が火球をぶちかました後、体当たりでもした結果なのだろう、多分。
で、その際石の部分を壊せたものの、鉄の部分で自身の身体をぐっさりと傷つけ、キャンキャン良いながら退いたって事なんじゃなかろうか?
虎がキャンキャン鳴くかどうか知らんけど。
気になるのは2点。
あの虎何なの? と、あの虎どうする?
そも虎と呼んで良いのかね? まあ、いいとしよう。
前者は今のところ見当が付かないが、あの虎がやったことなら理解できる。
勇者パーティーの魔法使い気取りが、毎度持ってくるガスグレネードと要は同じだ。
生物ってのはガスをつくれるし、熱を生み出せる。
理屈の上ではそれらを組み合わせれば火球を生み出せるし、それを利用したのがバイオ兵器ガスグレネードなわけで。
わけでっちゃあ、わけなんだけど……じゃあ、それを生身でやれるかと言ったら、普通無理だ。
金属の砲身ならともかく、あんなの口の中どうなっちゃうのやら。
出来立てのラーメンの汁を一気飲みする方が多分ダメージ的にはマシだろう。
どうなってるのか見てみたい気もするが、優先順位的に言えば後だ。
今は後者の方が大事だろう。
あんな奴家の近くに放置しておいたら、周りを山火事にされてしまう。
予想される被害は甚大だ。放っておくわけにはいかない。
……ウチの被害はそうでもないか? 壁で囲まれて引火することもないし。
どっちにしろ、折角建設中の壁を破壊できる力をもっていることは証明済みだから、やっちゃった方がいいのは確か。
これ以上壁壊されたらマサルが立ち直れなくなるし、死体を調べればあの虎の正体も解ることがあるだろうし。
となれば、討伐クエストだ。
Wシリーズの熱線なら何とかなるだろう。
あ、そうだ。一応注意喚起もしておいた方がいいな。
「スィン、スズカにMOUSEを繋いでくれ。スズカ聞こえるな? 皆に講堂のモニターを見るように伝えてくれ」
『え? ええ、解ったわ』
「そこには他に誰が?」
『女性と子供が基本だけど。あ、シュテンさんとオーガさんもいるわよ。例の件で話し合うのに』
「ああ、後継ぎ競技か。それは後だ。シュテンとオーガにもモニターを見るように言ってくれ」
『ええ、ちょっと待って』
シュテンとオーガの到着を待ち、映像を流してみれば、講堂は騒然となったようだ。そらそうだわな。
「とまあ、こんなのが彷徨いている。討伐が終わるまで外に出るのは--」
『トキ』
「控え……んあ?」
『あの、シュテンさんとオーガさんから今お願いがあって……』
「お願い?」
『この虎をどちらが狩れるかで、次期族長を決められないか? って』
「……そうきたか」
流石我が庭が誇る脳筋集団。よく考えたら予想して然るべき展開だったか?
お初にお目にかかります化物に、いきなり自分の子供特攻させるとか、少なくとも俺の常識の中の選択肢にはねえんだが。
奴らの試験に使うね……失敗したら改めて片付けりゃ良いんだから、ダメって事はない。
勿論結果的にフウガとライガに危険が及ぶ可能性はあるが、うん、自己責任で。
「よし、いいだろう。じゃあ、コイツの討伐を任せよう」
『いいの?』
「ああ。あ、名前あった方があとあと便利だよな」
『そうね。何て呼ぶ?』
「そうだなー。珍しい虎と書いてちん--」
『
何故か最後まで言わせて貰えなかった。
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