第6話 白鳥の湖 第4幕

 明子が舞台袖に飛び込んでくると着替えのバレリーナたちで大騒ぎだ。厳密には声は出していない。3幕の衣裳をパッと脱ぎファンデーション1枚になり白鳥の衣裳に着替えていく。厄介なのは脱いだ物も大事に扱わなければならないことだ。白のメンバーではない若手の団員が白の後を留めている白同士でも止めあっている。久美は着替えを手伝い。白の後を外れないように縫い合わせていく。並んでしている者たちもいる。

 男たちは手伝えないので楽屋にすみやかに帰っていく。男の出演者は王子とロットバルトだけで彼らはカーテンコールにも出ないので帰る準備だ。白物の時はこうなる。流石に帰る者はいない。

 着替えを手伝い終えた白でないメンバーが3幕の衣裳を片付けていく。

 久美は他の団員の手伝いがひと段落すると明子のところにくる。白たちが誰が先に出るか把握しているのでそのものを優先しているのだ。彼女の細かい気遣いと穏やかな指導は団員たちから好かれている。それと嘘をつかづ、いじめを許さない態度は誰からも信用されている。あの青山でさえ意見を求めることがある。

明子の背を縫い合わせるのはいつも久美がやっている。なるべくゲン担ぎはしないようにしているがこのルーティンだけは踊っていて余分な心配事にならないようにするためだ。

 明子の背を縫い終わるころには白鳥たちは舞台にいってしまう。彼女ものんびりはしていられない。すぐに自分の出番だ。

 すでに舞台の岩陰に着替え終わったロットバルトがいる。いつそこに来たのだろう。明子にはわからなかった。

 穏やかな音楽の中を白鳥たちが踊っていく。落ち込んでいる。悲しんでいる。白物の美しいコールドバレエが繰り広げられる。

 曲調が変わりオデットが登場する。悲し芝居をするのではなく。踊る目一杯に。

 藤川はロイヤルのように止まって芝居をするものだと思っていた。王子は愛を誓ったのに裏切られた、もう悲しい生きていられない。生きていられない。生きて・・・・。死んじゃう。

セリフにするとこんな感じなのだろうか、盛んに腕を罰点にする。死んじゃうの合図。

劇的なのはいいのだが自分は少しでも踊りがみたい。青山は明子の歳のことなど考えずに踊る4幕を作ったのだろう。その方が面白い。今の明子なら大丈夫だ。

 バレエは悲しい場面でもテクニックが入っていると、そのダンサーがテクニックがあればあるほど悲しくみえないと思う。だってそんなに高く跳べ元気に回ってるじゃんて感じになる。

 明子のオデットは元気だ。表情は悲しみにくれ、マイムで涙を流しているが、きれいに高く足が上がり若々しい。

 ロットバルトが岩陰から登場する。真ん中で踊り狂い。オデットを追い詰めていく。

その中で白鳥の何羽かを黒に変えていく。

 オデットは黒鳥たちに囲まれ、ロットバルトに捕まり、アダジオが始まる。

明子は気持ちよく思わず顔がほころびそうになるのをこらえる。

 その時

「あきこさん。」

おかあさんとも聞こえた。

「誰?」

答えないでも道が語っていると思う。道がどんな子なのかどこ生まれすらしらない。

不思議な子だ。それはそうだ魔法使いだもん。

 明子は20年以上前のことをふと思う。演目は「くるみ割り人形」だった。

いわゆるワイノーネン版のながれの演出でクララと金平糖を一緒のプリマが踊るものだった。その日は朝から体調が悪くヘロヘロだった。やっとの思いで出会いのパ・ド・ドゥを終え雪にきた。青山の雪は団員たちの不安など関係なしに大量に降らせる。まるで近松ものだ。雪たちはその中を跳び回り走らなければならない。当然、足を滑らせる者がいる。

明子は走りグランパディシャをすると着地の時に雪で滑って転倒する。

「ひざをやった」

と思った瞬間から記憶がない。気が付くと病院のベットだった。

医者から

「流産です。」

と言われる。5,6週目かなともいいながら残念ですねお大事にしてください。などと言っていたような覚えだ。とにかく流産の言葉しか入ってこなかった。

油断していた。身体を絞るだけ絞っていたので生理不順でこの前、いつきたかわからないほどだ。気をつけていなかった。青山の子ではないことだけは確かだった。結婚してすぐに別居状態だった。

 青山は明子の私生活に興味がないのでたいへんだったがうまく誤魔化せた。膝はそれほど痛めなかったが膝が重症だということにした。松葉づえついたり、ギブスまでした。

当時、付き合っていた片岡道隆の子だ。

 片岡、道まで同じだ。

 似ているだから懐かしかったんだ。そんなことはない。片岡と私の子は死んでしまった。私の素行の悪さでこの世に出ですらこれなかったのだ。

「ごめんなさい。」

「大丈夫だよ。僕は魔法使いだから」

「え、?。」

横顔が道隆そっくりだ。ソフトで優しい感じ、声までもはってなく優しい。なにもかも覆い包んでくれる。彼との時間は緊張している心までもほぐしてくれているようだった。

当時、道隆には婚約者がいた。これから医者で人生を送っていくのにベストなパートナーだった。明子にも青山がいてお互いにこの生活を変えてまで一緒になろうとは思ってもいなかった。

 明子は子供のことは道隆には言わずに別れた。彼が結婚し自然消滅だった。

 でも道は誰というよりなんなの?

 と2人を邪魔するようにジークフリードが激しく跳びながら登場する。王子も元気だ。悲しみに打ちひしがれ絶望の中にいるはずなのにジャンプが高い。バレエは面白いパが終わると落ち込み、泣く。

 ロットバルトは一旦、舞台からはけると後の岩場の上にあらわれる。

 オデットとジークフリードのアダジオが始まる。出会いの時のパをリピートすることもあり2人の今を踊りで表現していく。

 その時にロットバルトの語りだジークフリードに

「国を治める覚悟と強さができたか。」

「おまえにまかせていいか。」

「王子は簡単に死んではいけない。生きるのだ。」

 白鳥の湖の情景の激しい音楽になり、ロットバルトが加わる。

 3人の踊りは若々しく激しく、ダイナミックで圧倒していく。

 白鳥たちが舞台からはけていくと波があらわれる。波の上でも3人は踊る。

 ブルメイスティル版だ。

 少し違うのは、ジークフリードが波にもまれていくはずなのだが、オデットが腕をクロスし「死んじゃう」のポーズをして岩場から身をなげる。あとを追いジークフリードがダイブする。

 岩の上でロットバルトが苦しむというより悲しむ。波は激しくなり2人を飲み込んでいく。

 ロットバルトが湖に跳び込む、なんと水しぶきが上がる。オケピットまで届くかのように大きい。

 3人を飲み込み波が荒れ狂う。

 ロットバルトの語り

 「1国の王子が簡単に身を投げてはいけない。強く生き、国を守るのだ。」

 波が収まっていきドレス姿のオデットを抱きかかえたロットバルトが現れる。オデットの髪がほどけ長い髪がながれる。人間に戻ったのだ。オデットを岸に置くとまた湖に向かい、湖の中からジークフリードを引っ張り上げる。その拍子にロットバルトは力尽き湖に落ちてしまう。

 パドブレをしながら白鳥たちが現れると徐々にドレス姿になり髪もほどけていく。芝居ではなく本当に驚きお互いの姿を茫然と見合う。踊ることをやめてしまう。

 その中央でオデットとジークフリードが抱き合っている。

 オデットとジークフリードが振り返ると夜が明けていき、

 ロットバルトが怪人から人の姿に変身していき太陽とともに天に昇っていく。

 強い閃光が走り思わず目を瞑る。太陽の光だ。

 何も見えない中、音楽が終局していき幕がとじていく。

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