帰り道が一番楽しいー1

 紆余曲折あったが買い出しも無事に終了し、帰路に着いた。


「はーい、荷物持ちジャンケンしましょ」


 カートを返し、俺が食材の入ったマイバックを持ち上げようとした瞬間、桜木は俺の手を抑えそう宣言した。


「お〜、いいね〜」


「ふふ、負けないよ」


 二階堂も有泉もジャンケンに積極的なようで、カートを押す俺の方に小走りで集まってきた。

 

 男は俺だけだし、荷物も軽くはない。当たり前に俺が荷物係になるものだと思っていたのだが、そうではなかったようだ。

 だけれども、男の俺が手ぶらで、女性陣に荷物を持たせるのは気が引けた。ここは紳士に男の俺が持つべきだろう。


「いや、結構重いし、俺が持つよ」


「ふふ、村瀬、カッコつけちゃって、別にそんなんで惚れないわよ」


 そう言いながら、桜木はマイバックに手をかける俺の右腕をツンツンと突いてくる。


「お、おい、別にそういう訳じゃないぞ」


 いや、まぁ、少し位はカッコつけたいという下心はあるが、勘違いするな、俺はジェントルマンだからな。


「ふーん、ならジャンケンで良いじゃない。そっちの方が楽しいし」


「って言ってもな、これ結構重いぞ。負けても知らないからな」


「ふふ、良い勝負よ」


 売り言葉に買い言葉。桜木がそう言うならば、ジャンケンをしてやろう。絶対に勝ってみせる。

 こう見えても俺は、給食のおかわりジャンケンで、5回連続デザートを手に入れ、そのせいでハブられかけた男だぞ。運には自信がある。


「私も絶対に負けないからね」


 二階堂は、やる気満々という様子で、黒い長髪をかき上げると、腕をクロスさせて、その手の中を覗き込んだ。

 

「何やってるのアイっち?」


「ふふん、こうやると、相手が何出すか分かるんだよ。占いみたいなやつ」


 得意げにそう答える二階堂。


 確かに、小学校の時、ジャンケンの前に必ずそのルーティンを行う子がいたが、二階堂はまだその占いを続けていたのか。

 有泉も間に受けたのか、「マジで〜」と言いながら同じ動作をする。


「愛莉はいつもそれやるわよね。でも、あんまり勝てた試しがないじゃない」


「何言ってるのモモちゃん、ほら、う〜ん、う〜ん、見えた!」


 懐かしむように微笑みながら二階堂を眺める桜木。


 対して二階堂は、真剣な様子で手の中を覗き込んでいる。そしてうんうんと唸っていれば、何やら占いの結果を得られたようで、頭にビックリマークが出たのではと錯覚する程に、喜びの声を上げた。

 

 そうしてその後、腕のクロスを解き、したり顔でこちらを眺める二階堂。そんな顔をされれば、こちらとしても負かしてやりたくなる。


 有泉に関しては、手を覗き込んだところで勿論何も見えなかったようで、不満そうに顔を上げた。


「え〜、アイッち、何も見えなかったよ」


「ふふん、修行が足りないからだね」


 鼻を鳴らしてそう答える二階堂。

 流石の有泉も、危ない人を見るような目を彼女に向けている。

 あんな小学生の迷信に修行も何も無いだろうに、あぁ、本当にポンコツ可愛い。


「はい、用意もできたみたいだし、さぁいくわよ。せーの」


 そう号令をかけたのは桜木。その合図を元に、一斉に皆んなは拳を中央に突き出す。


「「「ジャンケンポイ!」」」


 勝負は一瞬で決した。


 桜木はパー。

 二階堂もパー。

 有泉もパー。

 そして俺はグー。


 皆んなは、まるで一時停止でもしたかのように、腕を突き出したまま勝負の行方を眺めている。

 そんな無言の時間が数秒間流れた後、耐えきれないと言わんばかりに、誰かが吹き出すように笑い出した。


「ぷぷっ、ふふふ、結局村瀬が負けるのね」


 吹き出したのは桜木だった。口元を隠すようにして、とても楽しそうに笑っている。

 

「ぐぅ、1人負けとは。荷物持ちは別に良いけど、めちゃくちゃ悔しい」


「ほら、村瀬君も占いすれば良かったのに」


「いや、占いは意味ないだろ。だって見えないって言ってた有泉さんだって勝ったんだぞ。なぁ、有泉さん」


「いや〜、実は手を覗いた時、パーを出せっていう謎の声が聞こえてきたんだよね〜」


「ほら、レイちゃんもそう言ってるじゃん。ね、村瀬君もやってれば良かったのに」


 上機嫌でそう話す二階堂に、有泉は顔を背けるようにして笑っている。

 有泉は冗談でそう言ったようで安心した。本当にそんな幻聴が聞こえていたのなら、病院を進めていたところだ。


 まぁ、負けたのは凄い悔しいが、元々荷物持ちをするつもりだったし、それに皆んなも楽しそうだし良しとしておこう。


「ふふ、じゃぁほら、よろしくね」


「あぁ、分かったよ」


 マイバックの持ち手の部分を桜木に手渡され、俺はバックを持ち上げた。


「ありがとね村瀬君。やったねレイちゃん」


「いや〜勝てたのはアイッちのお陰だわ〜。それと、マサッちよろしくね〜」


 有泉も二階堂も、荷物持ちとなった俺の姿を嬉しそうに眺めながら、そう話した。


 こうして桜木の住むアパートに向けて歩き出す。


 実を言うと、有泉はアパートに着けば、そのまま車で家まで帰る手筈となっている。

 それならば最初から車で行き来すれば良いのではと考えるかもしれないが、買い出しの醍醐味は、案外行き帰りの道だったりする。

 こうして下らない話をしながら、ブラブラとゆっくり帰るのが楽しいのだ。


 二階堂と有泉は身軽な事もあり、俺と桜木よりも少し前を歩いている。


 桜木はといえば、バックの中の材料が気になるからだろうか、俺の歩幅に合わせるようにして隣を歩いてくれている。


 そのような事情もあり、俺は現在、桜木と話をしているのだ。


 話題はマイバックについて。


 桜木が用意したマイバックには、可愛らしい猫のイラストが入っていたのだ。別に桜木に可愛い物が似合わないという訳ではないが、イメージと違ったため、少し気になってしまったのである。


「なぁ、桜木さんって猫好きなのか?」


「ん? 急にどうして?」


「いやさ、このバックの猫のイラスト可愛いなって」


「え? あっ! そう、そうね」


 桜木は俺の猫好きなのかという質問が理解できなかったようだ。

 けれど、俺が猫のイラストを指でさしてそう尋ねてみれば、桜木は思い出したかのように、ドギマギとしながらそう答えた。


 俺はそのまま猫のイラストをじっくりと見ていた訳だが、そうすれば普段よりも幾分か小さくなった声で、桜木は俺に声をかけてきた。


「ねぇ、村瀬的に、あんまりこういうのって、私に似合ってないかしらね」


 俺は桜木の言葉に促され、ちらりと彼女の顔を見た。そうすれば彼女は、俺が先程まで見ていた猫のイラストを見つめていたのだ。


「こういうのって、この猫のイラストがか?」


「まぁ、そうね、こういう可愛系の」


 俺は一回、桜木の全身を流し見た。今日は土曜日という事もあって、私服な訳だが、そんな彼女の服装は、上が白に下が黒と、とてもシンプルなデザインの服を身につけている。

 服装だけ見れば、いわゆるサバサバ系といった感じ。


 だけれども桜木の顔立ちは、どちらかと言えばオットリ系。

 勿論こういうサバサバ系の服も似合うと思うが、お世辞ではなく、存外可愛系の服も似合う気がする。


「まぁ、俺はあんまりお洒落とか分からないけど、可愛い柄も似合うと思うぞ」


「ふーん、そう」


 俺の答えに短く答えた桜木は、自分の服装を確認するように自身の体を見つめていた。


 そんな桜木の仕草が気になったのだろうか、前を歩いていた二階堂達は俺達の方を振り返った後、ニコニコしながらこちらに向かって歩いてきた。


「ねぇ、2人とも何話してたの?」


「あぁ、それはだな──」


 こうして二階堂達も加わり、何気ない会話は続いていくのだった。

 


 

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