02 M.

 仕事が忙しいので、なかなか彼女のいるタイミングでバーに行くのが難しかった。


 どうでもいい仕事だけど、俺がいないと、この街が回らなくなる。彼女が好きでいつも見つめている街の景色が、人の流れが、滞る。


 なんとかして仕事の山を削り倒し、走ってバーに向かう。


 いじわるをして、いつも裏口から入る。彼女には、普通に、気づいてほしいから。


 彼女。いつもの窓際で、炭酸飲料をちびちび飲んでいた。


「またジンジャーエール?」


「お酒呑めないもの」


 酒が呑めないのにバーにいるのも、なんか、おかしな話だな。


「俺は、そうだな、マリッジを」


 まだちょっと暑い季節なのにマリッジカクテルを頼む俺も、変かもしれない。


「今日は、クリスマスに向けての電飾の調整を、ネオン会社と行いました」


 彼女。こちらに関心がなさそうに、街の灯りを眺めている。


「今年の電飾はね、ちょっと違うんですよ。新しい素材が手に入ってね。光の反射を使うんだけども」


 彼女。ぜんぜん聞いてない。


「ねえ、聞いてる?」


「聞いてる」


 聞いてないな、全然。


 あなたのために用意した電飾で、今年のクリスマスは、あなたのために街を飾るのに。


 せっかくだから、もう少しいじわるしてみようか。


「俺。ここのバーの近くで。ある人とね、一瞬だけ、目が合ったんだ」


 あなたのこと。


「一目惚れでさ。その人にどうしても会いたくて、俺は、バーに来てみたんだ。すれ違った場所を見ることができる、窓際のバー」


 このバーのこと。


「でさあ、そのあと、どうなったと思う?」


「うん」


 ぜんぜん聞いてない相槌。いじわる継続。


「なんとね、このバーに、まったく同じ目的で、その人がいたんだ。一目惚れの相手を、探すために。ふたりで同じバーに」


 聞いてないなあ。気付いてないなあ。


「運命だと思ったのに、その人は、ぜんぜん俺に気付かないの。今も窓から外を見てる。隣にいるのにね」


 彼女。


「ばかだな、わたし」


 ほんとだよ。隣にいるのにね。いつ気付くのかな。俺に。

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