F

春嵐

01 F.

 夜。


 バーの窓際。外の景色。


 街の灯り。


 揺れる。


 ここから見る景色が、好きだった。


「またジンジャーエール?」


「お酒呑めないもの」


 いつもの人。ようやく仕事が終わったらしい。私の隣に座って、仕事の話を並べ始めた。


 それを聞き流しながら、グラスを傾ける。街の灯りと炭酸が、融けていく。


「ねぇ、聞いてる?」


「聞いてる」


 聞いてない。全然。


「でさあ、そのあと、どうなったと思う?」


「うん」


 相槌をうちながら、夜の眺めを、人の動きを、見つめる。


 逢いたい人がいた。


 遠くから見た姿だけだったけど。その人は、背が高くて。スーツで。夜の灯りのなかで、その人とわたしだけが、繋がっていたように、思えた。


 その人を。


 ずっと。


 ここで探している。


 一目惚れだった。たぶん、向こうもそう思っただろう。人の流れに押されて、声もかけられなかった、その人を。ここでずっと、探している。


「ばかだな、わたし」


 逢えるわけなんて、ないのに。


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