世界中からのけものにされる女の子の話

仲仁へび(旧:離久)

01





――世界中がお前を不必要だと言っても、僕はお前を必要としてるんだ!




 この世界に、新しい生命が誕生したのは数年前。

 天使と堕天使。


 それぞれは、人々から神と悪魔の使いだと言われてきた。


 そして、評価が正反対に分かれてしまってた。


 天使は人々か贔屓され、愛され、守られた。


 堕天使は人々から疎まれ、さげすまれ、のけ者にされた。


 天使が人々のために行動したわけではない。

 同じように。

 堕天使が人々に悪事を働いた事がないにもかかわらず。


「私はぁ、この世界にとっていらない存在なんですかぁ?」


 だから、泣き崩れる彼女に再び出会った時に、僕は誓ったんだ。




 世界中がお前を悪だと言っても

 僕はお前を絶対に必要とする



 と。











「私はぁ。りょーた君に助けられて幸せですぅ」


 道を歩いていて、落ちていた堕天使を介抱したら、妙になつかれた。


「だーりんって呼んでもいいですかぁ?」


 距離の詰め方がおかしいし、なれなれしい。


 でも、ついうっかり助けた義務は果たさなくちゃ、と思って。


 落とし物・種別・堕天使を交番か病院に届けることにしたのだ。


「だーりんは私を見捨てるんですかぁ。いやですよぅ。だってあの人たち正義の側にいるのに、ぜんぜんお仕事しないじゃないですかぁ」


 でも、堕天使に猛烈に講義をされて断念。


 本当はいけないけど、再び道に落としとこうかな、と思った。


「いやですぅ、捨てないでくださぁい。私にあんな事しておいて!」


 人聞きの悪い事を。


 往生際の悪い真似をする堕天使の姿を見て嘆息。


 再び捨てられないように、とても必死な様子であった。


 仕方ないから、どこかの公園か神社の隅でこっそり世話をする事にきめた。


「私はだーりんのペットじゃないですよぅ」








 堕天使の落とし物を拾った、数日後。


 いつものように、お世話グッズを持って神社に出かけていると、天使に出会った。


 周りには多くの人が集まっている。


「みんなーっ! いつも応援してくれてありがとーっ!」


 妙に大声出してると思ったら、テレビ局の撮影スタッフみたいなものいる。


 あの天使は、アイドルとか芸人とかなのだろうか。


 旅番組の企画で、町中をめぐっているらしい。


 しばらくこの辺に滞在するようだ。

 天使が笑ったり、何かを話したりするたびに、人々に笑顔があふれた。


 天使は、世界中の人々から愛される存在。


 目をひきつけてやまない、無視できない存在。


 視線の先にいる天使はキラキラと輝いている。

 まるで人から愛されるために生まれてきたかのようだ。

 人々が注目するのも無理がなかった。


 人垣の間からながめていたものの、そのうち飽きてしまったので神社を目指す事にする。


 たぶん、遅れたらあいつがうるさいだろうし。







 堕天使は、人目を気にしてびくびくしながら隠れていた。


 神社の後ろ。

 そこに使われていない小屋があるから、紹介したのだ。


 そこは埃っぽいし汚れてる。


 でも、堕天使は寝床がある事に満足そうだった。


「だーりんっ。今日もお話聞かせてくださいなっ」


 僕は堕天使相手に、今日あったことをつらつらと話す。


 この行動に特に意味はない。


 なんとなく、そんな習慣ができただけ。


 堕天使は町の様子も世界の事も、他の人の事もどうでもいいようだった。


 それでも僕の話を聞くのは、それが人と一緒にいられる唯一の時間だからだ。


「だーりんはその天使の事が好きなんですかぁ?」

「別に。綺麗な人だとは思ったけど」

「えへへっ、そうですかぁ」


 嬉しそうに、何でもない話を聞く堕天使。


 こんな事をしているとしられたら、僕は皆から石を投げられるだろう。


 でも、ずるずるとまた繰り返していた。







 ある日、神社に行くと堕天使の姿が見当たらなくなっていた。


 代わりに、大人達が大勢うろついている。


 親切な彼らは、心配そうな顔をして僕に忠告してくれた。


「この辺に堕天使がうろついているようだから、早く帰りなさい」


 けど僕は帰らなかった。


 神社の周辺を探していると、廃棄された石材置き場を見つけた。


 積み重なった石材の隙間から「しくしく」と鳴き声が聞こえてくる。


「ううっ。だーりん。だーりん。怖いよぅ」


 僕は堕天使に話しかけようとした。


 どうやって声をかけるか分からないままに。


 けれど、そこに大人達がやってくる。


「おーい、早く帰りなさいと言っただろう。この辺には堕天使がいるんだから」


 僕はまずいと思った。

 けれど、とっさにどうすればいいのかわからなくて棒立ちになってしまった。


 やがて、その場にやってきた大人が、僕の手をつかんだ。


「さあ、帰ろう。こんなところにいたら危ない。送っていくよ」


 僕は抗う事ができなくて、そのまま連れていかれてしまった。


 堕天使はどう思っていただろう。


 その夜、僕の携帯に、この町に隠れていた堕天使が見つかったと地域のニュースメールが届いた。


 堕天使がこの町内をうろついています。場所は○○町〇〇付近。手負いのため、危険。要注意。見かけた際は近寄らないように。


 その夜は眠れなかった。


 次の日。僕は神社を訪れたけど、大人達が見張っていて、近づくこともできなかった。


 きっとあいつはこんな町にはもう近づかない。


 あの人懐こい堕天使には、二度と会えないだろう。






 けれど僕は幸運だったのか、悲運だったのか。


「私はぁ、この世界にとっていらない存在なんですかぁ?」

「当たり前だろ!」


 その現場に遭遇した。


「薄汚い堕天使め! 石を投げろ! 俺達のアイドルに近づくな!」

「あっちいけ! さっさとどっか行けよ。視界に入るな!」

「ああん、皆さん駄目ですよっ! いくら堕天使相手でも乱暴な事はよくないです!」


 複数の人間が、あの堕天使をかこって石を投げたり、蹴ったりしていた。


 テレビカメラをもった奴とか天使もいる。

 あのカメラは、今放送してるんだろうか。


 僕はその場に立ち尽くした。


 人垣の向こうで、堕天使がこちらに気付く。


「あっ、だーり」


 けれど、何も言わずにうなだれた。


 助けを求めればよかったのに。


 あいつはそうしなかった。


 堕天使と一緒にいたんなんて事がばれたら、僕までひどい目にあわされるから。


「ほらっ、さっさと向こう行けっていってんだろ!」

「堕天使の分際で、天使と同じ羽なんかはやしてんじゃねぇ!」

「きゃあっ、いたいっ! やめて!」


 人間たちは堕天使の羽をつかんでむしりはじめた。


 堕天使は悲鳴をあげて、必死にその場からにげようとするけど、囲っている人間が殴り倒した。


「なんだその目は。堕天使のくせに、哀れっぽい顔をするんじゃねぇ。お前はなぶられて当然の生き物なんだよ!俺達と似た見た目をしやがって。堕天使なら堕天使らしく醜くいればいいものを。こんな髪は燃やしてやる!」

「俺達と同じような体をしてるなんて、信じられない! 手足ももいでやろう!」

「ひっ、いっ、いやぁぁぁっ!」


 僕は我慢できずに飛び出した。


「やめろ!」


 そして、倒れていたそいつの腕をとって立たせる。

 なんだよ。まだ元気じゃないか。

 その動きは予想よりも早かった。


 なんであんなとこで倒れてたんだよ。


 反撃でもすればよかったのに、その羽で飛んで逃げればよかったのに。


「だーりん。どうして? だって私は堕天使なのに」

「そんなの知るか! 天使だとか堕天使だとかそんなの僕には関係ない!」

「死んで、虐められて当然なのに!」

「そんなのあいつらの意見で僕の意見じゃないじゃないか!」

「じゃあ、じゃあだーりんは。私は、生きてても良いって言うんですか!?」


 返事をするかわりに、一人を突き飛ばして人垣にあなをあける。

 堕天使の手をつかんで走り出した。


「当たり前だろ! 世界中がお前を不必要だと言っても、僕はお前を必要としてるんだ!」





 天使だ堕天使だ、全員だ悪人だ?そんなの知るか。僕の目の前にいるのは、ただの一人の女の子だ。





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