第95話 幼女と私だけど、なにか?

「はつあねぇさん、なにしてるの……?」


 流石にバレた。

 ここは燦ちゃんがボランティアで通う小学校のプール。

 そんな所に私はスク水で居る。

 初音・燦、つまり妹に成り代わって午前のボランティアに参加している。


「色々あって、あなたと話にきたのよ」

「いろいろ……?」


 理由は、目の前の女の子だ。

 小首を傾げて私を見てくるノノちゃん。確かに小動物を思わせる可愛さがあり、成長すると美少女になることは間違いないだろう。

 クルリとした眼元なんか、とても良い。

 黄色い水泳帽も似合っており、黒い髪がちょこっと出てるのも良い。


「は⁈

 あのくろいおかおのひとのすぱい⁈」


 つまり、マリちんのことだろう。

 絶滅危惧種に近い、山姥である。


「ちょっと違う。

 今日はね、あなたの事を知りに来たの」

「あたしの?」


 小首を傾げる仕草も可愛い。

 うん、燦ちゃんの代わりに妹に欲しい。

 いや、燦ちゃんは燦ちゃんで可愛いので、追加で欲しいわね、うん。


「……なんかくろいおーらがみえます?」

「は⁈」


 甘く引かれていることに気づき、正気に戻る。

 最近思うに、私、レズ気でもあるのかもしれない。

 うーん、ノーマルなんだけど、可愛いモノを愛でるという気持ちの延長だからセーフだと思いたい。


「ちょっとね、彼氏に言われてね……」


 しつけられたケツ穴が痛い。


「かれしさん?

 はつあねぇさん、はつねーさんにまけたのでは?」

「……姉に勝てる妹などいないのだよ」

「ぇ、はつねーさんまけちゃったの……?

 ひのくんとられちゃう……」


 目元に水をためて、ヒクヒクと泣くのを抑えようとする。

 何処にあの燦ちゃんに恐れる必要があるかな……、いやあるか……。

 確かに私も半分彼氏盗られてるし、恐ろしいのは確かだ。

 そんなことを考えている間に、今にも泣きそうになるノノちゃん。

 あー、どうしよ……何だかんだ、小さい子は好きだけど、苦手だ。

 オジサン達と違って回答が判らない。

 どうしたものかと考え、仕方ないと切り出す。


「……実は私たち二人とも同じ彼氏なのよ?」

「へ?」

「内緒にして貰っていいかな?」

「うん、ないしょー。

 ふこうになったしまいはいなかったの。

 ふこうになったノノもいなかったの!」


 笑顔に戻ってくれる。

 イイ子だ。


「で、はつあねぇさんはノノのなにがしりたいのー?」

「うーん」


 何を知ればいいのだろう。

 しどー君は相手の推しを知ることで、世界が開けるとは言っていた。


「確かにノノちゃんカワイイけど」

「えへー。

 はつあねぇさんすきー」


 うん、可愛い。

 プールの中で抱き着いてくるので、抱きつき返してしまう。


「ノノのみかたになってくれたらもっとすきだお?」

「ごめんねー、友達は裏切れないの」

「うー」


 強く私の胸元に頭を押し込んでくる。


「はつねーさんより、すたいるいい……。

 これがおんなのみりょく……」

「あの子はちょっと油断しすぎなのよ……」

「それはいつもー、なにごともー」


 小さい子にこんだけ言われるとか、何をしているんだろうか、あの妹は。


「日野弟君のこと好きなんだよね?」

「うん!」


 少女にする質問でも無い気がするが、これは聞かなければいけない気がした。


「それってラブって意味で?

 ライクじゃなくて」

「どういういみ?」


 改めて聞かれ、言葉にするのは難しい。


「うーんと……アイスクリーム好き?」

「すきー」

「その好きと弟君の好きって比べて、どう違う?」


 質問を質問で返している、卑怯な言い回しだ。

 とはいえ、本人の好きと言うのは、本人にしか判らないので、自覚してもらう必要がある。


「ぜんぜんちがうよー?

 ひのくんみてるとねー、どきどきするのー!」

「ほほう?」

「ぎゅーっとしてほしくなって、ほかのひととはなしてるのみるとなきたくなるのー」


 眼をきらめかせ、頬を赤らめる。

 うーん、これは……


「ノノちゃん、御免なさい」

「ふえ?」

「昨日ね、燦ちゃんと話してた時、ノノちゃんは憧れとかを誤解してるんじゃないかと、決め付けちゃってね?」


 うん、予想とか想定まではいいけど、それを事実として押し付けたらいけない。

 ケジメだ。

 ビッチはちゃんとケジメを通すモノだ。

 キョトンとした眼で私を観てくるが、その小さな子は笑顔になって、


「えへー」


 っと、私を許してくれる。


「じゃぁ、はつあねぇさん……ひとつおせーて?」

「答えられることなら」

「なんで、ひのくん、あのくろいかおのひととあったとき、モジモジしてたの?」


 答えられない。

 流石にこんないたいけな子に、マリちんがやった性癖破壊行為なぞ言えるモノではない。

 私だって性知識への目覚めは中学生からだ。


「……くすぐったんだって」


 嘘ではない。


「うそじゃない……でも、ほんとじゃない……?」


 ひえ。

 私も感情が顔に出やすいタイプである、読まれたようだ。


「お胸をね、くすぐったのよ?」

「おむねー?

 ひのくんがあのひとのー?」


 ペタンと自分のモノに手を当てるノノちゃん。

 ヤバい事をしている気がする。


「ノノ、ない……。

 はつねーさんやはつあねぇさんみたいなおおきなのも、あのくろいかおのひとみたいなほんのりもない……。

 やっぱりおとなにならなきゃ?」

「えっとね、弟君の胸をくすぐったのよ、マリちんは。

 コショコショコショって」

「くすぐったい?」

「そうくすぐったいの。

 揉むとそっちに集中しちゃうから、指で触るか触らないかのタッチで……って、今の話忘れて!」


 完全にテクニックの話になってしまっていることに気づき、慌てて訂正するが、


「なるほどー」


 納得してしまっている。

 やらかした臭い……。


「……初姉あねぇさんですよね?」


 自己嫌悪してる中、振りむくと日野弟君。

 ちょっと、予想外である。


「おひさー、元気してた?」

「はい、お陰様で。

 この前は豚まん有難うございました」

「うん、いい子ね?」


 ペコリと頭を下げてくれる。

 行儀が正しい子は好きだ。

 とはいえ、話を誤魔化すにはいいタイミングだ。


「ちょい聞いていい?

 燦ちゃん避けてるのは何故?

 失恋の経緯は聞いてるし、酷い振られ方したらしいけど……」

「……」

「言いたくないなら別に良いわよ?

 どうせ、マリちんに聞くし」

「……まだ、僕ははつねーさんのことが好きなんです……。

 マリさんにはそれを聞いて貰ってるんです。

 どうすれば、そこから癒されるのか。

 あと、何だかんだ話していると落ち着くんです」


 あぁ、成程。

 惚気半分なマリちんから聞いてる限りでは、彼が話しかけている理由がぼやけていた訳だが、ようやく納得出来た。

 つまり、心の隙間を埋める行為をマリちんに求めているのだ。

 旨いタイミングで、出会ったらしい。


「うー!

 おはなしならノノがきくよー!」

「ノノに心配かけるのは嫌だし、それに……」


 顔を赤らめて眼をそらす。

 ……あ、胸の話だなっと直観めいたモノが働く。

 人に言えないのは確かだ。


「うー、ノノはひのくんのことがすきなんだよ!」

「ありがとう。

 僕も好きだよ?」

「ライクじゃないのー! ラブなのー!」


 おっと、この子、さっき私から聞いたことを応用しておる。

 何だかんだ女なのであろう。


「はは……。

 ノノはそのままでいてね?」

「やだー!

 あのくろいかおのひとのとこにいかないでー!」

「なんで、そんなにマリさんのこと嫌いなの?」

「だって、あのひと、ひのくんのことたべようとしてるんだもん!」


 うん、それ正解。

 女の勘て怖い。

 多分、燦ちゃんに対して嫉妬が湧かないのは、燦ちゃんから日野君に感情が向ていないことが判っているんだろう。


「食べるって……あの人の姿、山姥っていうらしんだけど、ホントに食べたりしないよ?」


 確かに山姥とは、山に住んでいる人喰いである。

 美しい見た目で騙し、旅人に一夜の宿を与え、その旅人を食べてしまう逸話がある。

 マリちんの場合は、見た目を誤魔化してるし、性的に食べようとしているので、面白い比喩だ。


「……ノノ!

 なにを!」

「こんなことされたのわすれられないんだよ!

 ノノがわすれさせてあげるの!」


 っとノノちゃんは飛びかかり、後ろから弟君に張り付きながら、胸をくすぐってる。

 ……やらかした感が半端ない……。

 そう私は苦笑いを浮かべながら、二人を引きはがすのだった。


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