第93話 修羅場な妹だけど、どうしたものかと。

「はつねーさん、ごそうだんが」


 と、小学生のプール監視補助なボランティア、なついてくれている女の子が話かけてくれる。

 夏休みなのに人がそれなりに居る小学校のプールサイド。


「ノノちゃん、何です?」


 野々原ノノネ、これが舌足らずな小さな女の子の名前だ。


「どうしたらおとなになれるんです?」

「……へ?」


 最近、処女じゃなくなった私としてはその質問に面を喰らった。

 相手は小学二年生、スク水には膨らみもない子供だ。


「はつねーさん、おむねおおきくなってるし、ぬけがへってるから。

 だからはつあねぇさんにかったのでは?」


 私のスク水姿、その胸を指し示してくるノノちゃん。

 青少年に毒じゃないかと姉ぇに朝言われたが確かにと今日、自覚した。高学年の男子生徒はおろか、女子からもチラチラと視線を感じるからだ。

 最近、またブラがきつい……流石に扱いが一般店に無くなるサイズになってきた。


「胸はその食べてるから……だよ?

 姉ぇもまだ同じサイズだし」


 誠一さんに揉まれて大きくなるのはこれからだ。

 そう考えると、サラシに今から慣れた方が楽かもしれない……姉ぇと相談しよう……。


「で、理由聞いていいかな?」

「……じつはあのあと、おいついたらかれがおとなのじょせいにろうらくされてまして」

「話を聞いて貰ってるとか漏れてたけど、その人かな?」

「うん……そのひとのめ、はつねーさんがかれしさんみるめとおなじだった……。

 ひのくんも、なんだかモジモジしてたんだお……あやしい……」


 つまり、少女なりの嫉妬だ、可愛いなぁ……。

 日野弟君に目を向けてみるといつものように見えるが、


「……」


 私の視線に気づくとぷいっと明後日の方向に顔を背ける。

 因果応報とはいえ、


「悲しいなぁ……」


 私のことを好いてくれていただけにひとおしだ。 


「そしたら先ず、好きだと伝えるの。

 後だしは負けるから……」


 後出しで奪った私に説得力なんかないわけですけど、と内心で突っ込んでおく。

 悩む。


「うーん、既成事実してしまうとか……」

「きせいじじゆ?」

「と、それは無しで」


 流石に、小学生同士はダメだ。

 体が出来ていない状況での性行為は危険だと姉ぇから聞いている。


「ちなみに最近の反応は?」

「いもうとみたいにあしらわれる……」

「近すぎるのね……」


 幼馴染みモノラブコメのあるあるである。


「だから、おとなになってみかえしたいの!」

「なるほど」


 確かに方向性としては間違っていない。

 後、パターンとしては何かが切っ掛けで意識するとかだが、それは偶然が強すぎる。

 吊り橋するにも、私の痴漢や姉ぇのオジサンみたいな都合が良い存在はそうそう居ない。

 私たちだって危なかったのに、小さい女の子にさせるのもダメだ。

 私なんかは、特に誠一さんに助けられたのは偶然に起因する部分が強いし、そうでなければ『痴漢に飼われていた』可能性すらある。

 身震い。


「はつねーさん?

 おなかいたい?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと思い出してただけだから」


 そうでなくても、私は性依存になりかけてしまった。

 今は誠一さんと姉ぇのおかげで自信を得、大分落ち着いたが、性癖がこじれた自覚はある。

 性犯罪は良くない、うん。

 さておき、


「私も彼に距離を置かれてるからなあ」


 と、一人宛があることを思い出す。


「日野君のお兄さんなら、手伝わせれるかな……」

「みつるおにーさん?

 はつねーさんにふられたとかいってたけど……?」

「普通に会話してるから大丈夫ですよ」


 主に誠一さんとのノロケ話をラインしたりしている。

 この前のデート話なんかは、特に食い付きがよかった。

 尚、流石に初体験の話は伏せた、私にだって分別はある。 


「まあ、友達に落ち着いたんです」

「なるほどー」


 流石に彼の趣味の話は伏せる。

 小学生には毒だ。


「とりあえず、みつるおにーさんにきいてみます。

 かれのこうどうがおかしくないか」

「情報は無いよりはある方がいいからね……」


 そして、プールの時間が終わり、夕暮れ時となり、


「れっつすとーきんぐたいむ!」

「何で私まで?」

「それは俺も聞きたい」


 と、ノノちゃんに誘われるがまま、日野弟君の後をつける三人。

 そう日野さん(兄)が追加されている。

 私と同じで制服姿だ。


「……なんで日野さんが?」

「はつねーさんのみずぎしゃしんでつりました」

「ノノちゃん、その写真は削除で」

「もともとうそらよ?」


 日野さんが床に突っ伏す。


「で、みつるおにーさん、かれがへんなの!」

「まあ、確かに。

 俺がいるのも部活帰り、いつも通り弟迎えに来たからだ。

 先に帰ってくれと言われたのは……女でも出来たか?」

「やだあ!」


 ペシッと足を叩かれているデリカシーの欠片もない日野さんである。

 小学校のある西院の駅から京阪で四条河原町へ。

 地下鉄から地上。

 そして風情ある狭い路地にお洒落な食べ物屋が立ち並ぶ先斗町ぽんとちょう通りへ入っていく。

 川床のお店の入り口が立ち並んでおり、着物な外人さんが居たりと割りと観光地化しているので危険はすくないが、それでも小学生が一人で夕闇な時間に出歩く場所ではない。


「あ、外人さんに話しかけられてるぞ」

「あいてはがいじん……!」

「道を聞かれただけみたいだ、俺を殴るな、ノノ……」


 そんなこんなで、開けた場所に出る。

 公園だ。

 すると弟君が小走りになり、一つの影に近づいていく。

 観光客と夕闇に紛れるように様子を伺えば、


「やっほー☆」


 何か見たことのある女性がいた。

 顔を髪と同じく黒くし、ラメを顔に入れた特徴的な化粧をしている。

 胸は私に比べれば少なく、背も若干低い。


「って、あれ、初音さんを姉御と間違えた人じゃ……」

「マリさんだったかな?」

「あのひとです、このまえ、あったひと!」


 正直に言えばあまり良い印象が無い人だ。この人との出会いが、あの同級生のトリガーだとも感じているのは少なからず有る。


「ごめんねー、こんな時間しか会えなくてー」

「いえ、いつもありがとうございます。

 僕も話を聞いてもらいたいので」


 っと公園の奥へと、


「てをつないでる……!」


 入っていくのを観て、ノノちゃんが愕然とする。

 うーん、どうするか。

 姉ぇに化けて話を聞くのもありかと思うが、流石に髪型を変えているのでバレるだろうと思い直す。


「いく!」


 女の顔をしてノノちゃんが走り出す。

 私たちもその後ろを追いかける。


「……ひのくん!」

「ノノ?!」


 そして修羅場を作り出すかのように、逆の手を掴む少女。


「だめだよー、しらないひとについていっちゃー!」

「知らない人じゃないよ。

 マリさんていう僕の友達だよ!

 ノノもこの前、会ってるよ!」

「しらないのー、こんなまっくろかおのひと!」


 ヤイノヤイノと二人がやりあうのをどうしたものかと見ていたマリさんの目線がこっちへ。


「あれ、はつねんの妹……燦ちゃんだっけ?

 それとそっちがマジメガネ?

 ばんわー」

「こんばんは。

 とりあえず、こんなのと誠一さんを一緒にしないで下さい」

「あはは、確かにー、はつねんもこんなのに熱をあげたりしないよねー。

 私と会った時にも居たのに、女の前に出れなかったしー?

 へたれー」

「こんなの……へたれ……」


 日野さんが地面に突っ伏すが、自業自得だと思って欲しい。


「で、ノノちゃんおひさしー」

「……うー!」

「嫌われちゃったかなー?

 でも、仕方ないかなー?」


 意味深な発言を弟君へ向けながらだ。

 そんな発言先の、


「……はつねーさん、とお兄ちゃん……」


 弟君が私達を驚いた目で見てきた。


「ほら、帰るぞ。

 晩御飯に間に合わなくなる」

「先帰ってて、お兄ちゃんに言ったでしょ!

 話聞いて貰うだけだし、大丈夫だから」

「ダメだ。

 その人が何者かは知らないが、こんな所にこんな時間に呼び出すヤツがマトモな訳無い。

 それに顔を黒く塗り潰しているのも胡散臭い」


 正論だ。

 珍しい。


「ひどーい。

 とはいえ、確かにそうねー。

 私はマトモじゃないかもねー」


 自嘲しながら、マリさんの表情が笑う。


「じゃあ、少年、今日は帰ろっかー。

 相談はまた今度、受けるよー」

「「へ……?」」


 マリさんが手をあっさり離すと、日野兄弟がお互いに目を見開く。

 こんなにスラッと用件が飲まれるとは思わなかったのだろう。


「そこのお兄さんとやらも、今度、改めて話そっか?」

「……判った」

「じゃあ、ちゃんと帰るんだぞー、少年」


 と、手を振って繁華街に去っていった。

 弟君はそれを名残り惜しそうに背中を見つめていた。


「……むー」


 そしてそんな様子に少女は頬を膨らませて、その腕に絡み付くのであった。

 どうしたものかと。

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