燦ちゃん、初めての○○○○。

第86話 逢引前な妹だけど、どうしよう

「燦、明日、デートしよう」


 夏祭りの後、七月は最終週にさしかかった日曜、暑い日が続いている。

 なのでその言葉が熱中症の前兆かと私、初音・燦は耳を疑った。

 今まで畏まってデートだと申し込まれたことは無く、いつもは私が誘うか、遊びに行くというのが前提で話が進む。


「あ、ついに?」


 姉ぇが単語帳を放り投げてリビングのソファーから起き上がってくる。

 ついに、とは何の話だろう。


「そうだ。

 僕も覚悟を決めたし、有言実行しないと気持ち悪いんだ」

「マジメガネねー。

 そういう所も好きなんだけど」

「何より、僕がモノにしたいのもある」

「プロポーズした彼女にそう言えるのはしどー君だけよね……きっと。

 私としてはやっとか……と、安心もしてるけど。

 燦ちゃん、気を抜くと変な風に散らしちゃいそうだしね?」


 バカにされている台詞かと思うが、姉ぇの私を観る視線は心配そのものだ。

 いつもの妹に対する姉だ。


「まあ、タイミングもいいだろうし……って測ってた?」

「勿論だ。

 ちゃんと排卵周期も管理している」

「生でする気、満々ね?

 しどー君のスケベー」

「?

 初音の初めても生だったろ?」

「……生でしたいじゃなくて、生ですべきと考えてるのね。

 いつも通りのマジメガネね?」


 私だけ除け者にされている感じがし、


「……何の話?」


 質問を投げると姉ぇが私の言葉に眼を丸めて、


「燦ちゃんの処女を散らすって話」


 ……?

 つまり……?


「初体験?」

「そうだ」


 思考が止まった。

 そして次に湧き上がるのは嬉しさだ。

 誠一さんに、私も彼のだと言われているが、ついに正真正銘そうなる日が来たのだ。


「えへへ……」


 笑みがこぼれてしまう。

 ピルはちゃんと姉ぇの指導の元飲んで準備は出来ている。


「燦ちゃん、キモイ。

 涎垂れてるわよ」

「あ、はっ⁈」


 言われ、欲に溺れそうな私を抑える。

 性依存症モドキの症状は最近、軽くなってきている。

 これに関しては周りの協力や、誠一さんのお陰でコントロールが出来るようになってきた。

 時折、軽い発情が出るが、姉ぇも同じくらいのは出るので常人の反応だろう。


「ぇっと、ぇっと」


 頭が追い付き始めて、どうしようかと混乱が始まる。

 先ずは深呼吸、そして自分の冷静スイッチである、頭を手で撫でようとし、

 

「ほら、落ち着け」


 誠一さんが優しく撫でてくれていた。


「わふっ……」


 出会った時より短くなった私の毛ではあるが、彼に触られるとやはり落ち着くし、気持ちがいい。

 嬉しくなる。

 私は本当に誠一さんが居てくれて幸せに感じる。


「燦ちゃん、ホント犬よね」


 そんな姉ぇは自称、兎らしい。

 寂しくて死んでしまうとかそんな話だが、隣でエロい事をしているのを観てる限り、発情という意味でもピッタシだとひそかに思っている。

 本人に言ったらどうなるかは密かに興味がある。


「いいもん、私、誠一さんの雌犬でも」

「……しどー君、自分で雌とか言ってるけどへーき?」

「大丈夫だろ。

 ちゃんと僕も躾をするし」

「そういう意味じゃない……いや、ある意味あってる?」


 姉ぇが頭を抱え始める。


「あまり悩むとストレスたまるよ?」

「燦ちゃんが悩ませてんのよ!」


 過保護すぎる気がするが、姉ぇとしては私の事が大切だからこそだ。

 素直にありがたいと思える。


「私も初めてに付き合った方がいいかなぁ」

「こればかりは二人でやらしてくれ、頼む。

 燦の思い出にしっかりしてあげたいんだ」


 誠一さんが姉ぇを真摯に観て言う。

 しばらく、二人は視線をぶつけ合う。

 姉ぇが深くため息を漏らして笑みを浮かべて、


「……判ったわよ。

 でも、約束。

 燦ちゃんに優しくしてあげてね?

 信用信頼してる上で、絶対の念押しよ?」

「勿論だとも」

「私の時みたいに逃げそうになったら、ちゃんと捕まえてよ?

 燦ちゃんも元陸上部だから、ちゃんとよ?」

「勿論だとも」

「よろし。

 しどー君、妹の初めてをたっぷり楽しんできなさいな!

 自分のモノだと刻み込んであげて!」


 流石の言い回しに、誠一さんも苦笑いを浮かべる。

 とはいえ、


「大丈夫だ。

 燦はちゃんと僕のモノにする。

 爪の先から、身体の奥までだ」

 

 こうストレートに言い返すのが誠一さんだ。

 何というか、日野さん辺りが聞いたら発狂しつつ、喜びそうな発言だ。


「えへへ……」


 当然、そしてそんな発言に私も嬉しくなり、彼に抱きついてしまう。

 体のほてりを覚えながら、口元が綻んでいる。

 でも、少し前の時に比べたらやはり緩やかだし、性に焦っている感じも無い。

 ただただ、誠一さんへの気持ちが溢れ出そうなだけだ。

 この人のモノになりたい、と。


「燦ちゃん」


 姉ぇがそんな私を観て言う。

 真剣な眼差しで貫かれそうだ。


「ここからが始まりだからね?

 ちゃんと覚悟決めなよ?」

「……うん」


 普通の道から外れる。

 そして彼のモノになるのは終わりではなく、始まりだ。

 これらを覚悟しろと言われているのだろう。

 口では何度も言ってたけど、実際になっていくのだ。


「大丈夫。

 私は最初から決めてるから」

「よろし。

 燦ちゃん、そしたらちゃんと楽しみなさい。

 きっと、私と一緒で幸せになれるから」


 そう姉ぇが笑みを浮かべてくれる。


「姉ぇ、ありがとう。

 誠一さんを……姉ぇのしどーさんを私にも……」


 どう言えばいいのか言い淀む。

 分けると言うのもおかしい。


「私にも?」


 ニヤニヤと、私を観てくる姉ぇ。


「ううん。

 姉ぇと誠一さんと一緒にこれからを過ごしていけるようにしてくれて。

 ……こうだよね」

「よろし。

 私は燦ちゃんのことも大好きだもん。

 しどー君を支えて一緒に盛り上げていこうね?

 私も燦ちゃんを支えるし、燦ちゃんも私を支えてね?」

「うん」


 姉ぇが柔らかく私たちに抱きついてくれた。

 そして三人でしばらく、笑いあったのであった。

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