第66話 過去へ一区切りですが、なにか?
「おひさしー、はつねん」
と、河原町のイタリアンレストランのチェーン店で待ち合わせた相手が声を掛けてくる。
中学時代からの付き合いだが、相変わらずメイクで肌を濃くし、目元にもラメが見えるし、指先もギラギラにデコレーションしている。
髪の毛は白く長いがボサボサで典型的な
「相変わらず、ハデね。
マリちん。
あ、私、ドリバーだけで」
「うちはーミラノ風ドリア追加でー」
名前は
なお、フルネームはお互いに知らない。
「はつねんは相変わらず地味ー、でもきれー。
いやまあ、わたしゃ素がブスだかんねー」
「そんなことは無いでしょ」
「いやみかなー?」
「マジバナシよ。
一度すっぴん観てるし……ってすっぴん話は厳禁だったわね」
「そうそう、今はマリだから、すっぴんの話はやめたまえー」
相変わらずの間延びした話し方だ。
何ヵ月もあってないからか、懐かしみを感じてしまう。
元気そうで何よりだ。
「で、最近どうなんー?
遊びにもこないしー。
みんな心配してたわよー」
「援交やめたわよ、彼氏出来たから。
彼氏専用ビッチよ」
「え、マジでー?
あんなに色々な男の情けない顔が楽しいってたのに?」
「彼だけで満足しちゃってね?」
「のろけかー!」
正直に答えると、マリは驚いたように私を観てきて嘆息一つ。
「処女失うとかいきまいてたけどー、誰とやったん?」
「モチロン、今の彼氏。
今までの経験上でも一番にデカイわよ?」
「チン堕ちしちゃたのかー。
しつけられたのかー」
「いや、真面目に恋愛よ?」
とはいえ、しどー君のがフィットしすぎているので他に考えられないのは事実だが。
「チンポに?」
「いや、本人に」
「それは明日、雪かなー。
結構よさげなおじさんとかにもなびかなかったのにー」
「世の中、金じゃないって事よ」
と言っても、しどー君も金持ちだが、という言葉は飲み込む。
しどー君が優良物件過ぎるのが悪い。
さておき、
「ちょくちょく連絡してたけど、リアルは色々忙しいのもあって会えなかったのはゴメン」
「いいよ、いいよ。
はつねんの家、家計厳しいの知ってるしー。
援交しなくて大丈夫なん、逆に。
確か、ストーカーに邪魔されて稼げてなかったとか聞いてたけど」
ストーカーとはしどー君のことだ。
そのストーカーに養われているとは言えない。
それだけ聞けば明らかにヤバい案件で、犯罪に巻き込まれたとしか想像がつかない。
「何とかね。
それに援交は最後危ない目にあったからもう潮時かとね」
「あー、警察沙汰言ってたねー。
稼げる仕事紹介しよーか?
マリ的に安全牌な人ー」
「大丈夫大丈夫。
今のバイトが待遇いいから」
「どこどこ?
遊びにいくよー」
返答に窮する私。
素直に言えるような状況ではない。
「……金持ちの家のメイド」
嘘は言ってない。
マリちんの視線が眼を見開き、そして頷きながら、
「あぁ、成る程、お客さんの中にそういう需要があったのね?
エッチは?」
「仕事よ、仕事。
キャバクラの延長みたいなモノで、援交を辞めると言うのが条件。
料理して、掃除して、身の回りの世話をする感じ」
「また、道楽な人もいたもんだねー」
いやまぁ、道楽というか酔狂というか……私が好きで、援助交際を止めようとした結果なのは事実だし。
「しかし、相変わらず変な所で真面目なー。
そこがおじさん達に受けてたんだろうけどー。
何だかんだ、良い学校入ってるし」
「抜きはしてたからどうだろうとは思うけどね?
で、マリちんは処女切ったの?」
「ふふふ……」
「まだなのね。
まぁ、焦ることではないわよ」
「これが非処女の余裕かー!
くそー!
このビッチー!」
「マリちんもビッチでしょうに……。
しかも現役。
ただ、女子高生ってだけで売れるとは思うけど?」
「そういう対象に見れないって言われるー……顔のメイクとかでー……。
ヌキはいいけど、そういう対象に見れないと。
性欲だけのお猿おじさんは危ないから回避だし」
「懸命ね」
私が踏みそうだった地雷だけに、しみじみと同意してしまう。
「やっぱりメイクやめたら?
山姥はもといガングロ系も流行らんでしょ」
「うう……。
すっぴんはやだー」
「なら諦めなさいな」
突っ伏しながらドリアをつついていくマリちん。それを傍目に、コーヒーをすする。
さておき、
「で、本題」
「あぁ、はつねんのドッペルゲンガー?
似すぎて笑うー」
「妹よ、妹。
真面目っこだからこっちの世界に引き込まないように」
「ほいほい」
「私と間違えて援交なんてさせたらマジで殺すからね?
というか、私が引退してることを流しといてよ?
今日の目的はそれよ」
「了解ー完了ー」
ポチポチとスマホを操作するマリちんが、そう言うので安心だろう。
何だかんだ、頼りになる仲間で仲介なんかもしてくれていた。
「まあ、ある意味安心した。
これは茉莉としてね?」
安堵を込めながらも寂しそうな感じで言われる。
「……茉莉も辞めたら?」
ふと私はそう言うが、彼女は首を振って、
「マリは、居場所がここしかないからねー。
パイセンに誘われて入ったけど、満足してるし」
「なら、仕方ないか」
人生の選択肢に突っ込めるほど、責任を持てないのだ。
それこそやるならマジメガネみたいにとことんまで責任を負うべきであろう。
彼だって、私でなければやらなかっただろうしとプロポーズを思い出すと、しどー君に会いたくなる。
「さて、私は行くわ。
あんまり時間が取れないけど、遊びなら付き合うから連絡頂戴な」
「ういういー、夏休みはなんかやるだろしー。
んじゃ、サラダバー……もといさらばだー」
と、ドリンクバーの代金を置いて入り口へ。
そして振り返らないまま、マリちんに向けて手を振ってから出ていく。
「……一区切りか」
ふと、こぼれてしまった言葉。
短くない間の付き合いが変わってしまうのが寂しくないと言えば嘘になる。
私がリアルで会うのを長引かせていたのは、そういうことだろう。
とはいえ、妹のため、また私自身のため、いずれはしなければならなかったことだ。
「割りきり割りきり……」
そう自分に言い聞かせながら、私の居場所へ戻る。
すると、リビングで私の好きな人と大切な妹が膝枕な状態で呑気そうに寝ていた。
「ふふっ」
私はそんな様子に笑みを浮かべながら二人にタオルケットを被せる。
そしてしどー君が作ると言っていたカレーを味わうのだった。
それは幸せの味がした。
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